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第十二話 かぼちゃの馬車はないけれど

 鏡の中に、お洋服もお化粧もばっちりの、可愛い女の子が立っている。


 映り込んで困ったようにこちらをみている鏡像が、自分自身だということを上手くまだ噛み砕けなくて、同じ困った顔を返すことしか出来ない葵の後ろで、腕を組んだアスターがうんうんと頷いていた。

 そんな彼の足元では、昨日までは棚の中で飾られているだけだった葵のカプセルトイたちが、えっちらおっちらと布切れや糸切れから裁縫道具まで、あるいは化粧品の片づけを右往左往しながら行っていて、そのせいで自分の部屋だというのに非日常感が強い。


 なんだか、童話の中にいるみたいだ。


「だ、大丈夫かな、これ……」


 葵がよく着ているワンピースは柄もデザインもシンプルなものだが、いま身に着けているのはトップスに大きなフリルがあしらわれたものだ。ウエストのあたりは絞られていて、スカートの裾にもふわふわとフリルが泳いでいる。

 可愛いが、着なれないせいで落ち着かない。

 極めつけに、休みの日だってすることが稀なお化粧もばっちりだ。

 睫毛は上を向いて、大粒のラメがきらめている。チークは頬でとろけて、控えめなアイシャドーがいつもより葵をお姉さんに見せてくれている気がする。それもまた、落ち着かない。口紅だけは色付きリップで代用した。控えめなピンクがのせられた唇だけはいつも通りなのに、今日は葵にとっては他人のように思える。

 鏡と向き合ったままそわそわとしていると、後ろからぽん、と肩に両手を乗せられた。

 乗った手ごと、思わず肩が跳ねる。


「大丈夫。ちゃんと可愛いんだから、自信を持っていいよ」


 鏡越しに、アスターが葵に笑いかけて手を離した。

 ようやく葵も鏡から視線を切ることが出来て、振り向いて元凶を見上げれば、形の良い唇が嬉しそうに吊り上がっているのが見て取れる。


「そうだな、僕の自信の百分の一でいいから持ってくれると、背筋もぴんとしてさらによくなるかも」


 ――灰被りの少女を舞踏会にふさわしく仕立て上げる。


 目の前の魔法使いは葵にそう宣言したとおりの役目を果たした。


 南瓜やハツカネズミの代わりに、魔法をかけられたのは葵の棚に会ったカプセルトイだ。生き物のかたちをしたものは命を吹き込まれて、道具のかたちをしたものはミニチュアと呼ぶには大きくなって、テーブルもクッションも片隅に片付けられた葵の部屋に現れた。

 小人が靴を作るように。鶴が旗を折るように。にぎやかになった葵の部屋で、カプセルトイたちによって瞬く間にフリルのワンピースが出来上がっていく。

 並行して、葵のお化粧はアスターが手ずから行った。「そりゃ僕も自分の美貌をよりよくするために化粧してるからね。人にやるのは初めてだけど」などと言いながら葵が持ってきた化粧ポーチから慣れたように道具を取り出して、初めてと言う割にはすいすいと躊躇いなく葵を彩った。

 化粧の際、何度か顔を支えるように手を添えられて、ちょっとだけ照れてしまったのは葵の中だけの秘密だ。

 それはともかくだ。相変わらず自信がある上に、その自己肯定感の高さは本人も自覚があるらしい。葵は思わず笑ってしまった。


「アスターの自信、百分の一にしても私には多そうだけどなあ」

「足元さえ疎かにならなければ、多いくらいでいいんだよ自信なんてものは」


 ふん、とアスターが鼻を鳴らすも、特に葵が笑ったことに対して気を害した様子はない。


「それでも信じられないなら、」


 すらすらと言葉を並べていたアスターが、ふいに口を噤んだ。

 先ほどまで柔らかく細められていた目は、いまの一瞬で何か痛みを堪えるような険しさを見せ、やがて再び微笑みを浮かべるもその目だけが葵から逸らされる。


「――ん、やっぱり何でもな――」

「信じられるよ」


 アスターの言葉が終わるのを待たず、むしろ被せるように放たれた葵の言葉に、アスターが驚いたように目を丸くした。そんなアスターの前で、葵はくるりと身を翻すと再び鏡と正面から向き合う。

 鏡越しに、頭の先から足元までじっくりと見下ろしていって、それから嬉しそうに葵は振り返ってアスターを見た。


「だって、こんなに素敵にしてもらったし、自分の顔に自信のある魔法使いにカワイイって言ってもらえたんだよ。ねえ、アスター」


 正直、葵は黒沢への感情をまだ持てあましている。かっこよくて優しいバイトの先輩。この人が彼氏だったら幸せになれそうだなとぼんやりとは思うけれど、恋と断言するには淡くて温い気持ち。

 そんな中途半端なまま、お付き合いを申し込んでいいのだろうか。申し込んだとて、先輩はこの気持ちを受け取ってくれるんだろうか。不安という鎖で雁字搦めになっていた足が、いまの葵には軽く感じる。いまならきっと、何でも出来る、気がする。

 いまだ、ぽかんとした顔をしている彼に、葵は笑った。


「ありがとう。私、がんばってみる」


 そうやってアスターを部屋に残して、家を出たのが少し前だ。



 酉の魔法使いシリーズは、まだ入れ替えにはならないらしい。

 安心しつつ、それでも葵は今日も今日とて引くかどうかを悩んでいる。服もメイクもレベルアップしてきたはいいが、行動自体は変わらずいつもの葵だった。

 向日葵が横に立ち並ぶ、ガチャポンのあるいつもの駄菓子屋。


 ここを黒沢との待ち合わせ場所にしたのは、単純にバイト先と最寄り駅の間にここが位置するからだ。


 葵自身はお休みだけれど、黒沢は今日も午前からバイトのシフトが入っている。彼の終わる時間に合わせたとはいえ、もう少し時間をずらすべきだったなあと今更、葵は後悔した。

 毎日最高気温を更新し、毎日が云十年に一度の猛暑日だと天気予報士に口を揃えさせる暑さは今日も健在で、日陰に避難したところで空気が肌を焼いてくる。風に煽られた軒下の風鈴も、清涼効果は期待できなさそうだ。ひまわりも、上を向く元気はまだあれど、今日は流石に暑そうで、広げた大きな葉っぱがちょっとだけしなびている。蝉の声は相変わらずで、まさに夏の盛りだ。汗でメイクが落ちそうで、葵はもう少し保ってくれと内心で祈った。

 今日の目的はこれじゃないと、ガチャポンを回したい欲を何とか押さえつけ、ストロー付きの水筒で水分を取りながら、葵はぼんやりとお店に面した道を見つめた。

 もうほとんど乾いている打ち水のあとを眺めて、あたりの夏の景色を見渡す。


 あのとき、ここで葵の手から百円玉が転がり落ちなければ、葵は、あの魔法使いに会うことも、わざわざ休みの日にここで黒沢と待ち合わせをすることも無かった。


(……あつい)


 今年の夏は、なんだか、どきどきする。


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