第六手
朝七時半。
「いってらっしゃーい」
「いってらー」
月影と水那が玄関で学校へ行く木也、金華、土壱の三人を見送る。
「さてと、私は食器洗いと部屋の掃除するね」
「ああ。じゃあ俺はトイレ掃除と風呂掃除するわ」
そうして毎日それぞれの家事をし、どちらか片方が終わっていなければ終わった方はそちらの手伝いをして協力して生活している。
*
十三時半。
さっさと家事を終わらせ昼食も済ませた月影は物が散らかり放題の自室でうちわを扇ぎながら自分の時間を過ごしていた。
「このAVはダメだな。本番が始まるのは約一時間後。パッケージと映像の女優の顔がなんか違う。おまけに演技も下手。映像はぼやけてるし、音も悪い。レビューの評価は星一つにしておくか」
その時、バンッ! という音と共にドアが勢いよく開く。
「ちょっとお兄!」
「なんだ。またノックもなしに」
「今日買い出しに……ってこの部屋相変わらず臭いし汚っ!! 少しは自分の部屋の掃除くらいしてよ!!」
「いいんだよコレで。散らかってた方が落ち着くんだ俺は。女が入ってくるわけでもあるめー」
「私がその『女』なんですけどー!!」
「そうだったな。で、何の用だい」
「今日一緒に買い出しに行く約束してたでしょー!!」
水那が顔を真っ赤にし、ほっぺを膨らませて怒っている。
「あ、今日だったか。わりぃわりぃ、すっかり忘れてた」
月影がそんな水那を見てさりげなくうちわで扇ぐ。
「もうしっかりしてよ」
「はー、仕事の依頼も無いしすぐ行くか」
そんなこんなで月影と水那は近くの商店街まで買い出しに出発した。
*
十四時頃。
二人は商店街へ着いた。
すると、月影が口を開く。
「で、今日の晩飯はどうするよ」
「今日はカレーにしようと思って」
「良いねえ。それじゃ早速材料買いに行こうぜ」
「うん」
二人が材料を買いに行こうとするとすぐにガシャン!! という大きな音がした。
音のした方を見ると、大きな木製のハンマーを背中にかけた巨体の男が何やらミステリアスな格好をし、口元を布で隠した如何にも占い師といった女性に詰め寄っている。
「俺様のハンマーを捨てろとはどういう事だ!!」
「その大槌はガタが来ているので交換した方がいいと言ったのです。おそらく長く使いすぎたのでしょう。今すぐにでも壊れますよ。因みに私の占いは必ず当たります」
「つまらねえ冗談ほざきやがって!! テメェのその頭をこのハンマーでかち割って潰れたトマトにしてやろうか、ああ!?」
「やめとけよ。そんなことしたらこの世界から一人お嬢さ……お姉……べっぴん姉ちゃん……え?」
「ちゃんと言葉は頭の中で決めてから発言した方がいいわよ」
割って入る月影の発言に水那がツッコむ。
「何だテメェは!?」
「別にただの通りすがりだけどね。一人のか弱い女性相手に詰め寄りすぎなんだよ。そんなんじゃモテねーぞ。因みに俺はモテたことないけどね」
「よくわからねーこと言いやがって!! 外野はすっこんでろ!!」
「そういうわけにはいかねーんだよ。目の前で誰かが傷つけられてるのを黙って見過ごすならそれこそ人間終わりだ」
「だったらどうするんだ?」
「俺が相手になってやるよ」
「ほう。だったら……」
ドオンッ!!
巨漢の男が大きなハンマーを月影の立っている目の前の位置で振り下ろし地面に叩きつける。
「……相手になってもらおうじゃねーか」
「……ちょっと待て! まさかここで戦おうってんじゃ……」
巨漢の男が問答無用でハンマーをブンブン振り回す。
「人の話を聞けえええええええええええええええええええええ!!」
月影が急いでその場から離れ、巨漢の男がそれを追いかけ始めた。
「あの人、大丈夫なのですか!?」
「大丈夫! お兄は強いから!」
*
月影が路地裏へ逃げ込みしばらく走るが、行き止まりに突き当たる。
「へっへっへっ! もう逃げられねーぜ!」
「勘違いすんな。俺がここまで誘い込んだんだよ。関係ない人を巻き込むわけにはいかないからな」
「強がってんじゃねえええええええええええ!! これで終わりだ!!」
巨漢の男がハンマーを振り下ろす瞬間、月影が自分の履いていたサンダルを相手の顔に飛ばして視界を奪う。
「ぬわっ!?」
その時、月影が首からぶら下げているクリスタルの様なネックレスが黒く光りだす。
「ギア発動!」
そう言うと、月影の白い髪が黒く変色し、右腕に黒いオーラが纏わりついた。
「はっ! どんな手品を使ったか知らないが、これで終わりだあああああああああああああああ!!」
巨漢の男が再びハンマーを振り下ろす。
それに対して、月影がパンチを放つ。
バキャアッ!
月影の放ったパンチでハンマーの頭を砕いた。
「なっぬぃいいいいいいいいいいいいいいいいい!! 俺様のハンマーがああああああああああ!!」
「だからさっきのべっぴん姉ちゃんが言ったろ、ガタが来てるってな。次は俺の番だ」
月影が巨漢の男に近づく。
「チェックメイト! 『ラッシュ』!!」
ドドドッ!
放った数発のパンチが巨漢の男に直撃する。
「がはっ!!」
巨漢の男はその場に倒れた。
*
「ありがとうございました!」
占い師が月影にお礼を言う。
「別にいいよ。無事で何よりだ」
「お礼と言ってはなんですが、貴方を占って差し上げます」
「いや占いとか信じてないし別にいいよ」
「でも……」
「俺はただの『通りすがり』だ。……行くぞ、水那」
「うん!」
その場を後にする月影と水那の背中に占い師が深く頭を下げる。
「お兄、今日は良い事したね!」
「フッ、そうだな」
月影が清々しく晴れる空を見上げた。