八木坂中修学旅行 後編
長い修学旅行も、終わりがやってきます。
修学旅行2日目、紗奈達4班は主にバスを使って京都を巡っていた。
咲楽「京都って結構バス移動なんだね……。」
紗奈「そうだね。電車移動がメインの東京と比べたら、バスで乗り換えっていうのはすごく新鮮。」
彼方「でも、バス停はいろんな名所のすぐ目の前だから、そういう意味では便利かも?」
至って自然に会話をする紗奈達を見て、柳井が隙を見て話しかけてきた。
柳井「――なんか、吹っ切れたみたいだね。」
紗奈「昨日あの後いろいろ話し合ってね。心配してくれてありがとう。」
柳井「ううん。昨日も言ったけど、せっかくの修学旅行、楽しまなきゃ損だからね。」
ちなみに牧もちょっと慣れてきたのか、口数は少なくても昨日ほど距離を取られることはなくなったようだ。
紗奈「次の清水寺で今日は最後だね。お土産もそこで買うんだよね?」
咲楽「うん、じゃあいこっか。」
清水寺までの移動中は雨が降っていたようだが、バスを降りる頃には止んでいた。
清水寺を見て回った4班は、途中で5班と合流したため、男女でそれぞれお土産を見て、あとで合流しようということになった。――のだが、その後なぜか集合場所の駐車場で牧と紗奈の2人が居合わせたのだった。
紗奈「牧くん、みんなはどうしたの?」
牧「あ……えっと。」
牧は紗奈から視線を外すと、たどたどしく返事をした。
牧「僕はもう、お土産買って。みんな……まだお土産見てる。――そっちは?」
紗奈「こっちも似たような感じだけど、私はそこにあるアイスクリームを買いに来たんだ。」
牧「アイスクリーム……ああ、あそこにあるやつ?」
牧が駐車場から少し離れたところにあるアイスクリーム屋を指差す。割と有名なこともあり、結構人だかりができている。
紗奈「うん。咲楽と彼方に『私たちがお土産見てる間にアイスクリーム買ってきてくれない?』って頼まれちゃって。」
牧「……荷物、持ってようか?」
紗奈はお土産を片手に持っているので、そのまま買いに行くと両手が塞がってしまう。
いつもの癖で『大丈夫』と断りかけた紗奈だったが、『牧なりに距離を縮めようとしている』と柳井から聞いたことを思い出した。
紗奈「ありがとう、助かるよ。」
そう言って荷物を牧に預けた紗奈は、ちょうどよく人並みが減ったタイミングを逃さず、アイスクリーム屋に向かった。
入れ替わりで柳井と咲楽、彼方が合流する。
柳井「牧、お土産別のところでも買ってたの?」
牧「いや、これは都築さんのだよ。アイスクリーム買いに行くってさ。」
咲楽「あーあたし達が頼んだやつか。なんかごめん、それはあたしが持つよ。」
牧「ううん、大丈夫。――みんなどうかしたの?」
咲楽に対して自然と返事をした牧を見て、3人とも驚いてしまった。その後ろからアイスクリームを買った紗奈が戻ってくる。
紗奈「あ、もう来てたんだ、お待たせ。……わあ、綺麗だね〜。」
紗奈の視線の先、駐車場から見渡せる空に、光のカーテンが差し込んでいた。
咲楽「ほんとだ。……紗奈、ありがと。」
咲楽と彼方は紗奈からアイスクリームを受け取ると、牧に対して驚いていたことも忘れて、アイスを食べながら光のカーテンを眺めていた。
紗奈「牧くん、荷物預かってくれてありがとう。」
牧「……っ!あ、うん……。」
光のカーテンに目を奪われて紗奈が横に来ていたことに気づかなかった牧は、いつも以上のオーバーリアクションをしてしまい、そのことを恥ずかしがって目を逸らしてしまった。そんな牧の様子を見て、『ひとまず一歩前進したかな』と柳井は感じていた。
京都を巡り、再び宿に戻ってきた紗奈達は、入浴、夕食、伝統体験を終え、部屋で休んでいた。
紡「今日の恋バナは長くなりそうだし、早く始めちゃおっか。」
好葉「ただ恋バナするっていうのもいいけど、せっかくだからババ抜きしながらにしない?」
紡「いいね、やろ!」
好葉の提案に、紡が真っ先に賛同する。トランプを分配すると、紗奈の元にジョーカーがやってきた。
紡「じゃあジョーカー持ってる人から自分の好きな人を言ってこう!」
彼方「いや、それ最初にジョーカーの持ち主バレちゃうから面白くないでしょ。」
紡「……確かに。じゃあ1番枚数が多い人――紗奈ちゃんからかな。」
彼方の鋭いツッコミはあったものの、ジョーカーを持っている人はペアができにくいというのが影響したのか、結局紗奈から話すことになったようだ。
紗奈「好きな人ねえ……。」
風波「そうだ、昨日の話を聞いて気になったんだけど……、紗奈って男の子と女の子、どっちが好きなの?」
『どっち』という表現はあまり適切でないが、要は『身体が変わったことで性的対象も変わったのかどうか』を知りたいのだろう。会話の進行とともに、ジョーカーが紗奈の手元を離れてゲームが動き始める。
紗奈「うーん、この体になってから恋愛感情を抱いたことはないけど……女子、かなあ?――というより、男子を好きになっている自分が想像できない。」
好葉「そうなんだ〜。どんな感じの人がタイプなの?」
紗奈「スポーティで聡明で……優しい声の人、かな?」
風波「優しい声?」
紗奈が挙げた特徴に、風波が引っ掛かりを覚えたようだ。
その隣では、ポーカーフェイスを知らない紡がいかにもジョーカーを引いたような顔をしている。紡のやらかしを見逃した好葉が、そのジョーカーを引きながら紗奈を追及する。
好葉「なんかやけに具体的だねえ。もしかして……好きな人、いたとか?」
紗奈「……ん、まあいたよ。その人には高校の卒業式の後に告白して振られたけど。……あれ、卒業して――どれくらい後だったっけ……?」
彼方「あ、私あがり。」
紗奈は告白のシーンを思い返して悶絶しそうな気持ちになっていたが、それと同時にその日付を思い出せないのが不思議だった。そんな紗奈を横目に、好葉からの心理戦を制した彼方が一抜けした。
彼方「ちなみにその人、私たちの中だったら誰に似てる?」
紗奈「うーん、性格は好葉、運動神経は咲楽、見た目は……似てる人いないけど、強いて言えば私かなあ?」
咲楽「この流れで紡の名前が出ないことあるんだ。」
紡「え、そんなにおかしい?――あ……あ。」
会話の流れに気を取られて無意識に選んだカードがジョーカーだったようだ。もちろん、全員1回目の『あ』を聞き逃すわけもなく、テンポよくババ抜きは進行し――紡が負けた。
紗奈「じゃあ、次は負けた紡の好きな人ね」
トランプを切って配り直し、恋バナも仕切り直しとなった。その調子で盛り上がっていき――昨日同様先生が来て引き戸をノックするまで、誰もその気配に気づかなかったのは言うまでもない。
修学旅行3日目、宿を発つと、班ごとにタクシーで京都巡りとなった。
牧も自然と班の会話に入ってくるようになったのもあり、1日目とは打ってかわって、とてもいい雰囲気になっていた。
慈照寺の庭園にて、彼方と紗奈は他の班員とやや離れて行動していた。
慈照寺には3班も来ていたのだが、その班員である岸谷が写真を撮りたいからと咲楽達を引き留めたのだ。どうやら岸谷は修学旅行でクラス全員と写真を撮るつもりらしく、柳井を通じてレア枠の牧、タイミングを逃した咲楽を呼ぶことに成功した、というわけだ。
紗奈達は先ほど二条城で咲楽がトイレに行っている間に写真を撮っている上、彼方が『話がある』と紗奈を誘ったため、2人して人の少ない方へ移動した。
紗奈「で、どうしたの?彼方。」
彼方「紗奈はさ、多摩北高校に行きたいと思う?」
紗奈「え?」
彼方「私は紗奈を多摩北高校に誘ったけど、行くかどうかは紗奈が決めることじゃん。それで実際、紗奈がどうしたいのかについて、知らないなって思って。黒幕のこともそうだし、それ以外のことも。」
紗奈「あー、正直どっちでもいいんだよね。多摩北高校は学力的には受験すれば受かるだろうし、いい高校だったのも知ってる。でも『都築紗奈』として、多摩北高校に進学することが必要なのかどうかはよく分からない。――黒幕のことも、私としては興味ないけど、黒幕が求めてるなら行ってもいいかな〜くらいには思ってるよ。……でも、もし『佐村夏希』がいたらどうしようって不安はあるかも。『本物の自分』に会ったらどんな顔すればいいか分からないし。」
紗奈は質問に対して率直に返事をしたが、彼方は少しズレたところに引っかかったようだ。
彼方「佐村夏希って同い年だったんだ……。」
紗奈は一昨日『2020年』に『男子高校生』だったという事実しか話していないので、彼方は佐村夏希が同世代かどうかについて知らなかった。てっきり黒幕から話を聞いていると思っていた紗奈は、意外そうに返事をする。
紗奈「そうだよ。だから私の精神年齢はみんなより4つ上ってことになるんだけど――ま、こうして同級生なわけだし、あんまり関係ないね。」
彼方「そう……かな?」
年齢とは何を基準にするものなのか、よく分からなくなった彼方だった。
紗奈「彼方は、行きたい高校とか決まってるの?」
彼方「私も多摩北高校行こうかな。美術部あるし、人に勧めといて自分だけ行かないっていうのも変な話だからね。」
紗奈「彼方、成績大丈夫なの?」
彼方は普段から授業をサボり気味なので、あまり勉強ができないのではないかと思われている。そのため、進学校である多摩北高校に受かるだけの成績と学力があるとは思われていないだろう。
だが、彼方が地頭はよく、勉強をすれば点を取れることは紗奈も知っていたので、紗奈は『学力』ではなく『成績』が気になったのである。
彼方「私、実は成績悪くないんだよ?授業中は昼寝してることもあるけど、提出物とテストはちゃんとやってるから。それに推薦ならともかく、一般はそこまで内申点重要じゃないから、点数さえ取れれば大丈夫。」
紗奈「へえ、成績良かったんだ。ちょっと意外。」
彼方「わざとそう見えないようにしてたからね。できればみんなには内緒にしてもらえると助かるんだけど……。」
紗奈「なんで?――もちろん、知られたくないなら言いふらしたりしないけど。」
彼方「まあ、色々あってね。……私は優等生でいたくないんだ。」
『そういえば、本音トークで彼方は黒幕関連の話をしたから、自分の話はしてなかったな』と紗奈は思い返した。
紗奈「……ふーん、分かった。本音トークは一昨日の夜で終わっちゃったし、詮索しないでおくよ。」
彼方「うん、ありがと。2人で多摩北高校に進学したら、いつか話すかも。」
咲楽「お待たせ、そろそろ移動する時間だし、行こっか。」
写真を撮り終えた咲楽達が紗奈達と合流した。4班は、修学旅行最後の見学予定となっている北野天満宮へと移動し始めた。
その後、北野天満宮で合格祈願のお守りを買った紗奈達は、京都駅の集合に余裕を持って間に合い、班行動を終えた。帰りの新幹線では修学旅行を振り返りながら、紡との約束通りトランプで盛り上がった。
こうして今年の八木坂中修学旅行は、紗奈達に大きな変化をもたらしてその幕を閉じるのだった。
修学旅行が終わり、紗奈達は日常に戻ります。しかし、高校受験は着々と近づいていき、一緒にいられる時間は……。
人物紹介【クラスメイト】ー陸上部
男子は内海真誠、相田邦広、牧豹真の3人。
女子は根津真希、速水紡の2人。
内海は中距離が得意で、やや長髪。相田は投擲種目が得意で、どっしりとしていて足は遅い。牧は短距離がやや得意で、女子と話すのが苦手。
根津はクールで眠たげな目をしているが、行動は積極的で足も速い。紡は長距離が得意な体力お化けで、天真爛漫な性格。普段から隠し事などは一切ないため、心理ゲームや駆け引きが苦手。