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八木坂中修学旅行 前編

いよいよ修学旅行が始まります。なんだか様子がおかしい紗奈と彼方。一体どうなるのか。

3話に渡り、ボリューミーな展開になります。

 夏休みはあっという間に終わり、9月がやってきた。休み明けの授業が行われたのも束の間、3年生は修学旅行への準備を終え、ついにその日が訪れる。


 朝6時を回ろうとしている八木坂駅の北口ロータリー、その外れには八木坂中学校の生徒が集まり始めていた。

 彼方「おはよう、紗奈。」

 紗奈「おはよう彼方、今日は早いんだね。」

 彼方「まあ、修学旅行の朝だし、遅れるわけにはいかないから。」

 夏祭りの一件以降、紗奈は彼方を黒幕ではないかと疑っていることが原因で、彼方に対して少しギクシャクした態度で接していた。紗奈自身はなるべく普段通りになるよう努めているが、『普段通りになるよう努めている』ことは彼方だけでなく咲楽にも気づかれていた。

 咲楽「紗奈、彼方、おはよう。全員、集合時間までに集まったね。」

 咲楽は同じ行動班の牧・柳井と共にすでにロータリーに集合していた。2人が到着して全員揃った2組4班は、担当教諭に出欠を確認してもらい、駅の改札口へ向かった。修学旅行の始まりである。


 

 電車で移動中、男子は男子、女子は女子同士で話していた。牧が女子――特に態度の強い女子が苦手で、咲楽に一切視線を合わさずに、柳井とだけ会話を続けることしかできなかったからである。

 それを知っている柳井、そして察した女子3人も、牧に合わせて『自然な中学生の男女班行動での会話』を作り上げている。ちなみに咲楽は男子から苦手意識を持たれるのはよくあることなので、特に状況を変化させるつもりはないようだ。

 

 移動後、全体行動に切り替わって新幹線に乗ると、班ごとに新幹線の5列シートに座る。廊下を挟んで男女で2分されるため、紗奈達は5班の紡たちとトランプなどで遊んでいた。


 途中、紡と彼方がトイレに行ったタイミングで、咲楽が紗奈に耳打ちしてきた。

 咲楽「紗奈って彼方とケンカしてるの?」

 紗奈「え、別にしてないけど……なんで?」

 咲楽「夏休み終わってからお互いにそっけなくない?あたしには避けてるように見えるんだけど。」

 紗奈「う〜ん、そうかな?……特に避けてるつもりはないんだけど。」

 口ではそう言いつつも、心当たりがある紗奈は咲楽と目を合わせることができなかった。咲楽は紗奈が目を逸らしているのを見て、『何かあったのは間違いないが、友人関係が壊れるようなことではない』と推察し、とりあえず様子を見ることにした。

 咲楽「ま、ケンカしてないならいいや。――何かあったら相談乗るから言ってよ。」

 紗奈「うん、ほんとに大丈夫だよ。」

 紡「ん、2人ともどうしたの?」

 トイレに行っていた2人が戻ってきた。

 咲楽「この後どういう流れなのか紗奈と確認してた。」

 紗奈「……うん。新幹線の後は特急で奈良まで行くんだって。私、私鉄特急乗ったことないから楽しみなんだよね。」

 咲楽「あたしは奈良の鹿の方が楽しみ。」

 彼方「全然興味持ってもらえないお寺や神社がかわいそうだね。」

 咲楽が上手く話を変えてくれたので紗奈も便乗したが、咲楽に気を遣わせているのは申し訳ないと思っていた。


 

 その後、特急に乗り換えて奈良に着いた八木坂中の生徒は、集合写真を撮った後、班行動となった。

 牧は未だに女子3人と距離をとって行動していたが、柳井が積極的に解説役を買ってくれたので班行動としては形になっていた。寺社を複数巡ったあと、奈良駅の確認時間まで少しの間、奈良公園で時間を潰すことにした。

 

 柳井「都築さん、ちょっと話があるんだけどいいかな?」

 牧がトイレに行き、彼方と咲楽が鹿せんべいを買いたいと言ったタイミングで柳井に引き止められた。2人を買いに行かせ、紗奈は柳井と3人を待ちながら話をする。

 紗奈「どうしたの?」

 柳井「えっと……女子3人って喧嘩中だったりしないよね?」

 紗奈「え、ケンカしてるように見える?」

 咲楽だけでなく柳井にも言われた以上、相当態度に出ているのだろうか、と紗奈は反省する。

 柳井「仲違いしてそうって感じじゃないけど、ちょっとぎこちない気がしてさ。都築さんってもっとフレンドリーに話すタイプだと思ってたし、今日は郡山さんや宮内さんともそんなに話してないから……。」

 紗奈「う〜ん、そんなつもりはないんだけど……。咲楽にも似たようなこと言われたけど、別に何もないんだよね。何かあるとすれば、今日朝早かったからちょっと寝不足なことくらいかな。――そんなに変な感じする?」

 柳井「まあ、多少は。でも気にする必要がないならよかった。せっかくの修学旅行を楽しめないのはもったいないからね。」

 紗奈には思い当たる節がもちろんあるが、他人には関係ないことだということは最低限察してもらう必要があった。柳井が言葉を素直に受け取ってくれたので、紗奈としては一安心ということになる。

 

 柳井「そうだ。牧なんだけど、悪気があるわけじゃないから、温かい目で見てやってほしいんだ。特に郡山さんのことは露骨に避けちゃってるから、そう伝えといてくれる?」

 紗奈「一応伝えておくけど……多分咲楽は気にしてないよ?『嫌われてるならともかく、苦手意識持たれるのはしょっちゅうだからもう慣れた』って前に言ってたし。」

 柳井「ありがとう。ま、念の為だよ。無意識に気に病んでしまうこともあるだろうしさ。」

 そう話し込んでいるうちに、鹿せんべいが入っていたと思われる紙を持った彼方と咲楽が戻ってきた。

 咲楽「紗奈ごめん、鹿せんべいすぐ食べられちゃった。」

 紗奈「見てたよ、すごい勢いだったね。」

 咲楽「ていうかあれ絶対買うの待ってるよ。受け取った途端、『自分たちが食べるのは当然』みたいな顔で首伸ばしてきたし。」

 鹿の話をしているうちに牧も戻ってきたので、紗奈達4班は奈良駅に移動し、京都へと向かうのだった。


 

 ――紗奈達は京都の宿に着いた後、夕食や入浴を終え、就寝の準備をしていた。

 

 班長・室長会議が終わって部屋に戻ると、紗奈以外の室員は就寝の準備を整え円形に座っていた。

 紗奈も含め全員、下の階にあった自動販売機で飲み物を買っている。紗奈はミルク入りと迷って買ったブラックコーヒー、咲楽はコーラ、紡はいつも通りミネラルウォーター、桜木姉妹はジュース、彼方は緑茶である。

 咲楽「あ、紗奈お疲れ。今からお楽しみタイムなんだけどさ……。」

 紡「恋バナと本音トークとトランプ大会、どれがいい?」

 そう聞いてきた紡はトランプを持っているので、おそらくトランプ大会派なのだろう。

 本音トークは『何かあるなら話して』という咲楽からの念押しだと想像がつく。消去法で恋バナは桜木姉妹だろう。

 ちなみに彼方はこういう時、話題を出さず聞き手に回るのがいつものことである。

 紗奈「うーん、トランプは今朝新幹線でやったし、多分帰りの新幹線でもやるから置いとくとして……恋バナは2日目の夜の方がテンション上がりそうだし、今夜は本音トークにしない?」

 彼方「賛成。」

 紡「秘密の本音トーク、開始だね。」

 満場一致で本音トークになった。紡は帰りの新幹線でやる予定になったトランプの方が楽しみなようだが。


 咲楽「じゃああたし、気になることがあるんだけどさ。――今日紗奈と彼方がなんか気まずそうにしてたけど、なんで?」

 咲楽は全く遠慮せず本題に入る。もちろん紗奈も答える気があるから、本音トークにしたのである。

 ――ただ、いきなりだったので、内心少したじろいでしまった。

 紗奈「……その説明をする前に、みんなに話しておかなきゃいけないことがあるんだ。」

 紗奈はそう前置きすると、目を閉じてゆっくり深呼吸をする。もう戻れない、覚悟を決めないと。進みたくない、失うのは怖い。2つの相反する心情が、紗奈の心を不安の渦中に閉じ込め続ける。


 

 紗奈は全身から力が抜けて、気が遠くなるような感覚を抑えられなかった。だが、いつまでもそうしてはいられない。義務感で以って、震える口を開いた。

 紗奈「実はさ、私って……元々は都築紗奈じゃない――全く別の人間だったの。佐村夏希っていう男子高校生で、2020年まで生きてた。」

 唐突な話だったが、紗奈が『本音トークの場でふざけたことを言う人間ではない』ということは、全員が分かっていた。そのため、当然誰も茶化すことはしなかったが、唖然としてしまって反応することもできなかった。

 咲楽「……どういうこと?」

 夏希「詳しいことは分からないけど、『誰か』が()を女子にして、4年前に送り込んだんだと思う。――信じてもらえないだろうし、気持ち悪いって思うかもしれないけど……本当のことなんだ。」

 

 その自然な口調の変化に、誰も()()()()()()()()()()ということに違和感を持てなかった。

 夏希「だから本当は、今女子部屋(ここ)にいるべきじゃないと思ってるし、このことを隠してみんなと友達になったのは申し訳ないと思ってる。……でも、俺が()()()()()()()()()()()()()()()()()に過ぎないなら、もし体を返すことになった時、本人が円滑に人生を歩めるように、最低限『都築紗奈』として振る舞う必要があると思ったんだ。……本当にごめん。」

 さっきまでの明るい雰囲気は完全に消え失せ、冷房の微かな音と静かな空気が漂っていた。紗奈は今まで見せたことのない罪悪感や後悔に塗れた表情をしており、咲楽達もそんな紗奈を見て重い表情になる。

 紗奈の続く言葉もなければ、咲楽達の返す言葉もなく、沈黙が部屋を覆い尽くす。それぞれが自分の感情を整理するように、そして自分なりの答えを出すために、深く考え込んでいる。

 

 

 彼方「……でも、それって()()()()()()()()()であって、事実がそうだとは限らないんじゃない?」

 沈黙を割って彼方が言葉を発する。そもそも『紗奈と彼方がおかしい』という話が発端なので、自然と全員が彼方の発言の続きを待つ。

 彼方「つまり、『都築紗奈』という人間を演じる必要があると思ってるのは『佐村夏希』であって、その『誰か』はそんな必要ないと思ってるかもしれない。紗奈の考えすぎかもよ?」

 紗奈「え……?」

 自身の行動や過去に対して反応されると身構えていた紗奈は、彼方の思わぬ方向からの発言に思考が追いつかなかった。


 紗奈が彼方の発言を飲み込みきる前に、次々と言葉が重ねられていく。

 紡「確かに。紗奈ちゃ――じゃなくて、夏希くんがそう思ってるだけかもしれないよね。」

 好葉「それに……私たちにとって紗奈ちゃんは紗奈ちゃんだよ。これまでも、これからも。――あ、別に今の話を否定するってことじゃなくて、好葉達にとっての紗奈ちゃんは『今まで好葉達と過ごしてきた紗奈ちゃんそのもの』だってこと。」

 風波「うん。佐村夏希って人は、風波たちが今紗奈から聞いた子であって、風波達に負い目を感じてるのかもしれない。でも、風波たちと一緒にいる紗奈は、そのままで風波たちの友達なんだよ。」

 咲楽「そうだね。もし仮にこれから先、紗奈が『佐村夏希』に戻るようなことがあっても、あたし達の目の前にいる今の紗奈が、今あたし達の友達であることは変わらないし、今まで過ごしてきた時間を嘘だとも思わない。――今の話を聞いた上で、あたし達に誠実に向き合ってくれる紗奈は、あたしにとって一番の親友だと改めて思った。」

 『佐村夏希』の話をすれば元のままではいられない。そう覚悟して話をした紗奈にとって、これほど意外で、これほど嬉しい言葉はなかった。

 その言葉を噛み締めて、ようやくみんなの言葉が心に染み渡ってきた紗奈は、おもむろに言葉を発した。

 紗奈「そっか、そうなんだ……。()、『紗奈』としてみんなと一緒にいていいんだ。――みんな、ありがとう。」

 紗奈の予想とは裏腹に、みんなは紗奈のことを『都築紗奈』としてこれからも受け入れる姿勢を示した。そのことを実感してきた紗奈は、戸惑いのような安堵のような、不思議な気持ちを感じていた。

 

 

 咲楽「で、それがどう紗奈と彼方が気まずそうにしてたっていう話に繋がるわけ?」

 咲楽が聞こうと思っていた話はまだ終わっておらず、一区切りついたところで話を戻した。その疑問に返事をしたのは、紗奈ではなかった。

 彼方「それは私から話すよ。――夏祭りの日、紗奈と帰ってる時、黒いワンピースの少女の話になったの。佐村夏希が紗奈になった日、近くで見かけたっていうね。その時、私は紗奈に『誰か』しか知らないはずの、多摩北高校の話を持ち出したの。」

 咲楽「多摩北高校ってあの進学校の?」

 彼方「そう、佐村夏希が通っていた高校。佐村夏希を紗奈に変えたっていう『誰か』――もとい黒幕が、紗奈に真相を説明する交換条件として提示したのが、その多摩北高校への進学なの。」

 

 紡「なんでそれを彼方ちゃんが知ってるの?」

 彼方「私は黒幕から『紗奈が多摩北高校に進学するよう促してほしい」って頼まれてたの。佐村夏希の話も一通り聞いてるし、私は私の役割を果たしたまで。紗奈は私を黒幕だと疑い始めてぎこちなくなってる――んだと思うけど、私は紗奈に疑われるのは自然なことだし、どのみち多摩北高校に進学すれば黒幕が説明してくれるだろうってスルーしてた。……そのせいで咲楽に気を遣わせてたのはごめん。」

 みんなに説明していた彼方が、咲楽の方に向き直って頭を下げる。

 咲楽「別に、気を遣ってたわけじゃないけど……。」

 咲楽はそう言ったが、話が見えてようやく安堵したのは事実だった。


 紗奈とは違い必要のない荷物を背負っていた彼方は、その荷を下ろしたことでスッキリしたようだ。

 彼方「誤解も解けたし、私の役目は終わった。黒幕の要望に対してどうするかは紗奈の自由だから、紗奈が自分で決めてね。黒幕が何をしたいのか、紗奈をどうするつもりなのか。そこら辺は全部黒幕が説明してくれるだろうし、多分知らなくても『紗奈』としては生きていけると思う。――私はもう関わる必要ないし、これからはやりたいことをやる。私から言えることはこれで全部だよ。」

 紗奈「うん、分かった……。」

 咲楽「……いろいろ知れてよかった。あ――分かってると思うけど、秘密の本音トークだから今の話も、これからの話も当然口外厳禁だってこと、忘れないでよ。……じゃ、次はあたしの番かな。」

 紗奈と彼方の話を流すでもなく、重く受け止めるわけでもなく、咲楽らしくすんなりと消化してしまったようだ。そして、本音トークは咲楽の番になる。


 修学旅行の夜はまだまだ続く――。

秘密を暴露した紗奈と彼方。本音トーク、そして修学旅行はまだまだ続きます。


人物紹介【クラスメイト】ー帰宅部

都築紗奈。4月に転校してきたため、クラスで唯一部活動に加入していない。元は佐村夏希という男子高校生であり、2020年に生きていたが、黒幕により都築紗奈として生まれ変わる。以降は都築紗奈を演じて生活してきたが、修学旅行でそのことを親友たちに話し、受け入れられる。清楚で真面目なポニーテールで、優等生。

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