舞坂神社の夏祭り
夏休みも終わりに近づき、紗奈達は夏祭りに行くようです。
夏休みも終盤になり、紗奈達は夏祭りに行くため集まろうとしていた。
最初は『みんな浴衣で夏祭りに行こう』という話だった。しかし彼方が浴衣を持っておらず、咲楽が彼方に便乗してしまったため、浴衣は自由ということになった。
夏祭りがある舞坂神社周辺は混雑しているだろうからと、待ち合わせ場所は少し離れた公園の前になっている。紗奈は元々、行動が時間ギリギリになるタイプだが、『紗奈として恥ずかしくない行動をしなければ』という気負いか、はたまた友人と行事を楽しむという久々の行為に気分が上がっているのか――集合時間の10分前に着こうとしていた。
そこには、浴衣姿の風波と好葉、そして私服姿の紡が待っていた。浴衣は色違いになっているが、どちらにも水色とピンク色が使われており、いつも通り髪型で双子を見分けるしかなかった。
紗奈「あ、もう来てたんだ。お待たせ。」
紡「ううん、そんな待ってないよ。わたしが来たの5分前くらいだし。」
風波?「風波と好葉は今来たところ。」
好葉?「紗奈は浴衣じゃなくて私服で来たんだね。」
紗奈「う……ん。動きやすい方がいいと思ったんだけど……ん?」
紡「どうしたの、紗奈?」
紗奈「う〜ん、なんか――なんか変な感じがするなあ……。」
紗奈は桜木姉妹の姿を見て違和感を覚えていた。何に引っかかったのか、じっくり観察しながら考え始める。
風波と好葉は水色地にピンク色、ピンク色地に水色の、色違いの浴衣を着ている。いつものように好葉がピンク色の髪留めで髪を結び、風波は水色の髪留めを手首にかけている。
いつもと違うのは髪留めがヘアゴムではなくシュシュであることと、いつも左腕にある風波の髪留めが、腕時計のせいで右腕に移っていることだろうか。
好葉?「咲楽達、まだ来ないね。」
好葉が後ろを向きながらそう言う。――その行為で、紗奈は2人の違和感の正体に気がついたのだった。
紗奈「あ、分かった。風波と好葉――入れ替わってるでしょ。」
紡「え、嘘⁉︎」
風波「気付かれちゃったか……。紗奈……なんで分かったの?」
好葉「見抜かれちゃったか〜。紗奈ちゃん、なんで分かったの?」
紡は気づいていなかったが、紗奈の予想通り2人は入れ替わっていたようだ。想像より早く企みがバレてしまった2人は、思わず発言がシンクロする。
紗奈「やっぱり。まず、風波の髪が心なしかウェーブかかってる気がしたんだよね。それから、好葉が後ろを向いた時に、首筋にほくろがなかった。」
最初に紗奈が違和感を持ったのは、髪の質感のせいだったようだ。
紗奈「この2つだけだったら気のせいか見間違いかなと思ったかもしれないんだけど……、好葉はいつも私たちのことを『ちゃん』づけで呼んでるじゃん?――風波と違って呼び捨てじゃなくて、さ。」
風波の格好をした好葉が、下ろした髪を避けながら首筋のほくろを手探りで探している。
好葉「好葉って首筋にほくろあるんだ……知らなかった。」
紗奈「自分じゃ見えないし、しょうがないよ。私が知ったのも、たまたま席替えで好葉の真後ろの席になったからだし。」
2人は一卵性の双子で見た目はそっくりだが、ほくろは後天的な要因でできるものもあるらしい。日常的に髪をくくっていて紫外線の影響を多めに受ける好葉にはあったが、運動時以外は髪を下ろしている風波にはなかった、といったところだろうか。
隣では好葉の格好をした風波が、非常に風波らしい様子で落ち込んでいる。
風波「いつもの癖で呼び捨てにしちゃった……。ごめん好葉。」
好葉「でも紡ちゃんには気づかれなかったみたいだし、半分は成功かな?」
紡「う〜ん悔しい。ていうか見抜けなくてごめんね?」
もし呼び方が合っていれば、紗奈でも見抜けていなかったほどには完璧な入れ替わりだったが、真面目に謝るところが紡らしい。
――そうこうしているうちに10分が経ち、ようやく咲楽が彼方を連れてやってきた。
咲楽「ごめんお待たせ。途中で彼方と会ったから一緒に来たんだけど、人混みに気づいた途端『帰る』って言い出して、説得してたら遅れた。」
彼方「遅れてごめん。――人混みは苦手だから、なるべく避けて行きたい……。」
2人は別々の理由で少しテンションが低いようだ。
ともあれ全員揃ったので、2人が合流するまでの出来事を話しながら、紗奈達は夏祭りに向かうのだった。
その後、屋台を一通り楽しんだ紗奈達は、舞坂神社の境内の中でも人が少ない場所に移動していた。
――あのあと、風波と好葉は移動しながら入れ替わった格好を戻した。
神社に着くと屋台はすでに賑わっており、ちらほら同級生も見かけた。神輿は日が出ているうちに出番を終えているが、日が暮れ始めたこの時間になっても人は増え続けているようだ。
人混みが苦手な彼方のために場所確保勢と食べ物確保勢に分かれ、一通り食事を楽しんだ。そのあとは入れ替わりで射的などに興じ、これまた一通り楽しんだのち、今は再び集まってかき氷を食べながら談笑している。
咲楽「いや、まさかスーパーボール掬いを出禁になるとは思わなかったね。」
紗奈「あれはちょっと取りすぎたね……。でもそのあとにやった金魚掬いはいい勝負だった。」
紡「結局紗奈ちゃんとの接戦の末に咲楽ちゃんが勝ったけど、わたしが最初に負けたのはポイが悪いよね。」
咲楽「まだ紡ゴネてるの?ポイの状態を見極めるのも実力のうちでしょ。」
彼方「――で、その金魚は私がもらっちゃっていいんだ。」
彼方の手首には、金魚が入っている袋が提げられている。
咲楽「さっきも言ったけど、うちはペットの面倒見る人いないから。彼方、金魚飼いたかったんでしょ?」
彼方「うん。金魚掬いはやってもできなかっただろうし、助かった。ありがと。」
咲楽が掬った2匹は彼方がもらい受け、紗奈が掬った1匹はその場で返している。
咲楽「それにしても風波と好葉の射的やばかったよ。2人して全く同じタイミングで当てたり外したりするんだもん。動画に撮っておけばよかった。」
紡「わたしそれ見たかった。もう1回やってくれない?」
好葉「うーん。狙ってやったわけじゃないし……。」
風波「ほしい景品は全部取れたからもういいかな。」
紡「そっか……。じゃ、来年の楽しみにしとこ。」
咲楽「来年か、その頃には別々の高校に行ってるんだろうね……。」
紗奈「そうだね……。でも夏休み中だし、多分集まれるよ。もし夏祭りがダメでも、別のどこかに行こ?」
紡「うん……。」
来年はもう『同じクラスの友達』ではない、という事実を認識してしまい、紗奈達の間に夏祭りから隔絶されたかのような寂しい雰囲気が漂う。
紗奈「あーなんかしんみりしちゃったね。最後に彼方の輪投げ見たら帰ろっか?」
彼方「急に無茶振りするじゃん……めんどくさ。――まあ人減ってきたし、1回くらいならいいよ。」
その後彼方はまぐれかはたまた実力か、3投全て成功させて景品をもらい、紗奈達は帰路についた。
紡たちと分かれ、家が近い紗奈と彼方は一緒に帰っていた。少しでも長く一緒に帰ろうと、紗奈はやや遠回りの道を通って帰路を彼方に寄せており、神楽池の近くまで来ていた。
紗奈「……それでさ、その時ついでに調べたんだけど、舞坂と八木坂ってどっちも米に坂で『米坂』っていう地名が由来なんだって。」
彼方「そうなんだ、知らなかった。……そうだ、今度郷土資料館行ってみよ。何か創作のヒントが得られるかも。」
紗奈「いいんじゃない?――もしかした伝承に関するものもあるかな……?」
水無川の土手には遊歩道と街灯が整備されているため明るいが、すでに日が落ちていることもあり、木が茂っている神楽池の周辺は輪をかけて暗くなっている。
紗奈「そうだ彼方、この辺で黒いワンピースをよく着る女の子とか知らない?」
彼方「知らないけど――その子がどうかしたの?」
紗奈「――じゃああれ幽霊だったのかな……。」
彼方「え何急に怖いこと言わないで。」
言葉だけ見るとビビっているような発言をしている彼方だが、表情ひとつ変えずにいつも通り棒読みで返している。
紗奈「うーん彼方に怪談話の類は通用しないか〜。」
彼方「そうだね。紡とかにしたらいい反応するんじゃない?」
紗奈「今度試してみようか。」
彼方「実際に呼び出して再現してみる?」
紗奈「できるの?」
彼方「黒いワンピースなら持ってるからね。柄じゃないからあんまり着ないけど。」
紗奈「そうなんだ……。それ彼方が黒いワンピースの少女ってオチ、ない?」
彼方「どうだろうね?――ところで紗奈は多摩北高校に進学するの?」
和やかだった会話が、夜風に当てられたように冷えていく。
なぜ彼方はそのことを知っているのか。どこまで知っているのか、なぜ隠していたのか。そして――彼方は黒幕なのか。
紗奈の中に数多の疑念が生まれるが、紗奈はひとまず動揺を表に出さないよう慎重に返事をする。
紗奈「どうだろ、まだ決めてないけど……どうして?」
彼方「私は多摩北高校に行くよ。――ちゃんと知っておくべきことがあると思ってるから。……紗奈がどうするかは紗奈の自由だけど、私は紗奈も多摩北に進学した方がいいと思う、とは言っておくよ。」
紗奈「そう――彼方がそういうなら、真剣に考えてみるよ。」
紗奈の中で彼方が黒いワンピースの正体、そして黒幕である可能性が急浮上した瞬間であった。
不思議な言動をする彼方。彼方は果たして黒幕なのでしょうか?
次回、修学旅行が始まります。紗奈の秘密が明らかに……?
人物紹介【クラスメイト】ー野球部・サッカー部
2組唯一の野球部、大倉将也。性格はいいがモテず、悩んでいるが、半分は坊主頭のせいである。
サッカー部は3人で、熱海宏人、黒瀬頼太、津田鷹道。
熱海はあまり足が速くないもののイケメンで、モテるが鈍感で気づかないことも多い。黒瀬は俊足でイケメンだが、暗い性格をしている。津田は2組男子の中で一番背が低く、恋愛に興味がない。