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体育祭

さあ、体育祭が始まります。午前の個人種目はあっという間に終わったようで……?

 八木坂中学校体育祭が始まり、数時間が経った。多くの個人種目と2年生の団体種目を終えた現在、紗奈のクラスである2組は全体成績を4クラス中3位で、午前の最終種目である全員リレーを迎えている。


 全員リレーはすでに始まっており、どのクラスもバトンを4人目に繋いだところだ。差はほとんどないが、2組の現在の走者である小林は2位を走っている。出だしは好調だ。

 紗奈「この全員リレーの順位次第では巻き返しもありそうだし、頑張らなきゃね。」

 小林から田中にバトンが渡るが、バトンパスで順位が入れ替わる。2位に入れ替わった4組は5人目も男子なので、これは仕方がないことだ。

 紡「うん。他のクラスの方が全体的に足が速いけど、うちのクラスの作戦なら1位もあり得るからね。――智美ちゃん頑張れ〜!」

 

 

 全員リレーの作戦というと、基本的にどのクラスでも共通していることがある。

 例えば欠員などの人数合わせで1人が複数回走る場合、なるべくその人を序盤と終盤に配置する。

 ――八木坂中の体育祭では、午後の最終種目である選抜リレーに出るメンバー(男女各4人)及び補欠(男女各1人)は、全員リレーで複数回走ることができないルールになっている。そのため、2回走る人はどのクラスも5番目に足が速い男子だったりする。

 他にも男女で連続した走順になっているなら男子がなるべく多くテイクオーバーゾーンを走ったり、最終盤に足の速い男子を固めてアンカーは2番目に足の速い男子が務めたりする。2番目というのは、先ほどと同じく体育祭のルールで、選抜リレーのアンカーと全員リレーのアンカーは別の人にする必要があるからである。

 

 全クラス共通している作戦があるように、もちろんクラスごとに異なる作戦もある。

 2組の作戦は――特徴的な走順である。走順決めの話し合いの際、担任のアドバイスを基にして2つの軸を決めた。

 まず、序盤以外はほぼタイム順で遅い人から並べる。タイム順を崩して全体的に順位を落とさない走順にするクラスもあるが、2組では前半を捨てて後半に巻き返す作戦を取った。

 平均的なタイムが遅い2組で他のクラスと競り合う作戦を取ると、抜かし合いが増えてタイムが落ちる上に地力で負ける――ということが起きかねない。

 次に、1つ飛ばしになるべく仲のいい人を置く。一般的には仲のいい人は連続して置き、バトンパスをスムーズにすることが多い。ではなぜ1つ飛ばしなのか。それは――。


 

 紗奈が作戦を思い返している間に、2組は最下位で10人目の岸谷へとバトンが渡されていた。

 紗奈「ピコ、そろそろだね。」

 紗奈は待機列の先頭で応援している新井に声をかける。ピコとは新井菜乃(あらいなの)のニックネームである。単位のナノから連想してピコになったらしく、小学生の頃からそう呼ばれているという。紗奈はクラスに馴染んできた頃、周囲に影響されて新井のことをピコと呼ぶようになった。

 ピコ「うん。――なるべく離されないように頑張ってくるよ。」

 紗奈「まあ最下位なのは作戦のうちなんだし、あんまり気負わないで、ね?いってらっしゃい!」

 

 新井の走順は12番目、紗奈の順番は14番目である。全員リレーではアンカーを除いてそれぞれ半周、約100メートルを走るため、待機列は奇数番と偶数番で反対側になる。

 2つ目の軸――1つ飛ばしに仲のいい人を置くのは、待機中の緊張を和らげるため、ということだ。

 そして紗奈の後ろには――珍しく緊張している咲楽の姿があった。

 紡「咲楽ちゃん、大丈夫?」

 咲楽「うん、別に。選抜もあるし大したことじゃないよ。」

 咲楽の後ろ――18番目の走者である紡が咲楽に声をかけるが、返事が上の空である。紗奈の辺りが全員リレーの折り返しなため、後半組はこれ以上離されるわけにはいかない――というプレッシャーがあるのだろうか。

 咲楽自身も分かっているとおり、全員リレーより選抜リレーの方が比重は大きい。全員リレーの中盤ということを考えると、なおさら緊張する役どころではないが、こういった緊張には理屈など関係なく囚われてしまうものだ。

 

 紗奈はどう声をかけるか迷ったが、こういう時は『他人の言葉を借りるよりも、素直な自分の言葉が1番心に響く』というのがお決まりである。紗奈はとぼけるように笑みを浮かべると――。

 紗奈「咲楽、私多分こけると思うから、私の分まで頑張って順位上げてね?」

 ――と煽った。もちろん咲楽はそんなことを言われると思っておらず、きょとんとした顔をする。

 紡は紗奈の意図が分かったようで、合わせてくる。

 紡「そうだね。わたしもきっとこけるから、それでも抜かされないように順位上げといてね。」

 咲楽「2人ともこけたら、あたし1人じゃカバーできないって。」

 咲楽は笑いながらそう答えた。どうやら緊張は紛れたようである。

 紗奈「じゃ、私はこけないように全力で走ってくるよ。」

 紡「え、ずるい。ここで裏切るの?」

 咲楽「真面目に2人ともこけないでよ?」

 紡「バトンパスもミスらないように、ね。」

 紗奈「うん、順位上げてくる。」

 紗奈はそう言うと、テイクオーバーゾーンに向かった。

 3位の1組とは3mほどしか差が開いていない。1組の早めのバトンパスを見送ると、紗奈は前の走者である七嶋から遅めのバトンを受け取り、宣言通りこけないように全力で走り出した――。



 午後の種目はあっという間に終わり、閉会式、片付けと進んだ。夕暮れの優しい涼しさと微睡むような夕闇が広がり、体育祭の終わりを感じさせる空気が各教室に漂っている。

 

 全員リレーは紗奈が3位に浮上したのち、抜きつ抜かれつの接戦になり、結果は2位の4組と僅差で3位だった。

 学年種目である筏流しは男子が1位で繋ぐと、そのまま2位の1組と大差をつけて1位になった。

 選抜リレーは男女ともに2位だったが、個人種目や他学年の結果も合わせて、2組の全体成績は3位で体育祭の幕は閉じた。

 

 さすがに体育祭後にやる部活はないようで、どのクラスも体操着のままの生徒が体育祭を振り返って話し込んでいる。紗奈たちも例にもれず、いつものメンバーで話していた。

 紗奈「結局、私たち誰も全員リレーでこけなかったね。」

 咲楽「それどころか3人とも4位から3位になってたよね。あそこら辺からうちのクラスずっとどこかと競ってたけど。」

 紡「でも結果3位だったし、1位取れたの個人種目と筏だけだよ〜。」

 好葉「ま、1位の1組が強かったからね。あのクラス全体的に足速い人集まってるし、しょうがないよ。」

 風波「風波たちは二人三脚1位だったし、紡も1000m1位だった。3年は検討してたと思う。」

 彼方「誰が悪いって話ならやめよ。勝負っていうのはどこかが勝つしどこかが負ける。――大人数がかかわるものなら特に、終わった後に責任を押し付けあうのはなしでしょ。」

 紗奈「彼方どうしたの、急にいいこと言っちゃって。ま、たしかにその通りだね。」

 好葉「話変わるけどさ、誰か告った人とか告られた人とかいないの?」

 彼方がいい話をしたと思ったら、好葉が急に恋愛話にシフトさせてしまった。

 

 咲楽「活躍した組は何かあったんじゃない?」

 紡「紗奈ちゃんの筏を含めたら1位取ってないの、手を抜いてた彼方ちゃんだけだけどね。」

 彼方「え、ワタシテナンカヌイテナイヨ。」

 紡「いや、50m走の後息上がってなかったじゃん。まあ1位の子選抜出てもおかしくないくらい足速かったから全力出しても順位変わらなかっただろうけど……。」

 風波「さっきのかっこいい話が台無しだね。」

 彼方がいろんなところで手を抜いたりサボったりしていることは、彼方の友人なら分かることだった。周囲から見ればそういう人物にしか見えないが、間近で見ると賢さが滲み出ているし、サボり方も計算ずくなのだ。

 好葉「それで、どうなの?なにかあった?」

 咲楽「別にないかな。」

 紗奈「私も。」

 紡「うん、なかったね。」

 好葉「え〜、つまんないの。」

 風波「好葉はこの間告られてたじゃん。」

 好葉「あ、あの話はなし!体育祭とは関係ないし。」

 自分から話を持ち出した好葉だが、自分の話をされるのは予想外だったようで、表情を一変させて慌てている。

 紡「何それ気になる。風波ちゃん、教えておしえて。」

 風波「うーん、好葉がダメっていうなら教えない。」

 紡「え〜、つまんないの。」

 廊下の方が徐々に騒がしくなってくる。どうやら先生が各クラスに帰宅を催促して回っているようだ。

 紗奈「もうこんな時間だね。好葉が話したくないっていうならしょうがないし、私たちも帰ろうか。」

 紗奈たちはジャージを着ると、荷物をまとめて夕暮れに沈む教室を後にした。下校する生徒たちの背中は、達成感と喪失感が垣間見えるようであった。

次回、夏がやってきます。紗奈達は夏をどう迎え、どう過ごすのだろうか……?


人物紹介【クラスメイト】ー文化部

吹奏楽部:太田茉莉愛おおたまりあ。ぽっちゃり体型で自信がない。運動神経はよくないが体力がある。

美術部:岸谷三菜きしたにみつな宮内彼方みやうちかなた。岸谷は三つ編み両お下げで、丸眼鏡をかけている。普段は大人しいが、やりたいことのためなら意外な行動力を発揮する。彼方はサボり魔で有名だが、印象に残るサボり方をするだけで頻度は少ない。

合唱部:森嶋愛歌もりしまあいか。ゆるふわ系ショートボブ。優しく温和で、怒らせてもかわいいらしい。

情報部:新井菜乃あらいなの。あだ名は『ピコ』であり、その名の通りどんなことでも細かく調べる。八木坂中内で起こった事件はだいたい知っている学年屈指の情報通(情報部とは関係ないただの趣味)。

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