体育祭に向けて
体育祭の種目決めが終わり、とうとう練習が始まります。
体育祭の全体練習が始まった。午後の2時間合体での授業時間の後半、つまり6時間目はクラス練習の時間に当てられている。初回ということもあって、どのクラスもまずは筏流しの練習を始めたようだ。
体育祭が近づくにつれ初夏の陽気も近づき、陽が傾く時間でも日中の暖かさが少し残っている。
紡「これは……紗奈ちゃんだね。」
好葉「反対の人いる?」
咲楽「いないよね。」
全員が賛成のようだった。何があったかというと――。
紗奈「あっ……。」
そう小さく呟いた紗奈の足元に筏はなく、紗奈は筏から落ちた。事態に気付いたクラスメイトが駆け寄る。
田中「都築さん、大丈夫?」
咲楽「紗奈、足挫いてない?」
紗奈「うん、大丈夫だよ。ちゃんと着地したから。」
30分ほど前。筏流しの船頭を決め、流れを確認する分ために、とりあえず2回やろうということになった。
筏の作り方と動きをざっくり全員に共有し、いざ練習が始まる。
1回目は智美が船頭として筏の上に乗る。ゆっくりだったが無事に1往復することができた。
筏流しの船頭は木の棒を支えにするやり方と人の手を支えにするやり方がある。
八木坂中では体育祭のルールとして、『木の棒を支えにして、補助役1人が反対側から落ちそうな時にサポートをする』という方針を採用している。不慣れな人でもある程度やれるようにするためだろう。
智美は全くの初心者だったが、特に練習を重ねなくても、すぐにきちんと船頭をこなせていた。
そして問題の紗奈だが……、筏から落ちた。――それも前から。
これがどういうことかというと、『久々だから慎重にやろう』と足元を注視しながら筏の上を進んだ結果、筏が間に合っていないことに気づかず足を踏み外した、ということである。――つまり、慣れているが故に速すぎたのだ。
咄嗟にジャンプして両足で着地した紗奈だったが、筏を作っているクラスメイトには何が起こったか見えていなかった人もいたようだ。補助役をしていた彼方が起きたことを説明し、先ほどの反応に至る。
――ちなみに、彼方は面倒だからとこの役を買って出たが、筏役と違ってサボれないということに気づいているのだろうか……?
何はともあれ、紗奈が船頭役に最適だというのは誰の目にも明らかだったので、満場一致で紗奈に決定した。一応補欠として、智美も時々練習することになった。
彼方「そうだ、紗奈は船頭慣れてるみたいだし、筏のみんなに何かアドバイスとかない?」
彼方が、まるで紗奈に船頭経験があることを知っているかのようなことを言い出した。実際あるにはあるのだが、変に怪しまれないようにと、紗奈は念の為に言い訳を考えてから口を開いた。
紗奈「そうだね……。まず、私がやるなら間隔はもっと広い方がいいかな。一歩の速さってあんまり変わらないから、歩幅を広げられれば他のクラスより速く進むと思う。」
根津「へえ。筏流しって隣との間隔を広げたらダメっていうイメージがあったけど、そうじゃないんだね。」
紗奈「うん。その分、一人一人が次の筏を作るために結構走らなきゃいけないんだけど、大丈夫かな?」
紡「ま、その辺はやりながら調整すればいいんじゃないかな。他にはある?」
紗奈「うーん。……筏を作る並び順が、背の順を半分にして折り返す感じだとやりやすいんだけど――言葉にするの難しいな……。」
紗奈はそう呟き、ジェスチャーで伝えられないかと考えるがいい案は思い浮かばない。
紡「えっと、背の高い人と低い人が交互になる感じ?」
咲楽「一旦2列の背の順で並んで、U字型に番号を振って並び直すってことじゃないの?」
紗奈「咲楽の方だね。筏の高さがなだらかになる方が、お互いに負担が少ないんだよね。」
紡「なるほど〜。」
筏を作った時の高さが、低→高→高→低→低(2周目)→……と続いていく。そうすることで船頭は高さ調節で足に来る負担が減り、筏側も高低差で背中にかかる力を減らすことができる、ということだ。
紗奈は伝わらなければ諦める心持ちでこのことをざっくり説明したが、意外にもあっさり理解してもらえたようだ。
好葉「よし、じゃあ今のを踏まえてもう一度やってみよう!」
好葉の掛け声により、練習が再開した。紗奈も今度は落ちないように気をつけてやっているようだ。
6時間目の時間が終了すると、一度集合して授業を終わりにしたあと、各自解散となった。部活がない生徒は、そのまま残って放課後練習をしていいことになっている。
紗奈「彼方、放課後に筏流しの練習をするときもあると思うけど、なんで補助役引き受けたの?てっきり面倒くさいからってサボれる筏役をやると思ってた。」
彼方「なんでって……、だって紗奈が私――の前で怪我をするのは嫌だし。」
紗奈「え、あ……ありがと。」
紗奈は一瞬だけ謎の沈黙があったことに気づいていたが、意外にピュアな彼方の返答に動揺してしまってそれどころではなかった。紗奈が言葉を継ぐ前に、後ろから声をかけられる。
岸谷「ねえ都築さん、あっちでハードル走の練習しない?今、陸上部の人がハードル出してくれるって。」
紗奈「そうなの?じゃあ練習しようかな。教えてくれてありがとう、すぐ行くよ。」
彼方「怪我しないように気をつけてね、紗奈。」
紗奈「うん、一応ハードルの向き確認してから走るようにするよ。」
彼方「そういうこと……?――でもあるか。」
さっき彼方に動揺させられたお返しと言わんばかりにボケを入れた紗奈は、多少心配そうな彼方を置いてハードル走の練習に向かった。
放課後練習を終え、紗奈は更衣室で制服に着替えていた。
紗奈は当然、入浴の際は鏡に反射した自分の着替え姿――というか裸すら見ているし、もう体育の前後の着替えなど何回も経験している。だが、紗奈にはまだ他の女子の着替えを無心で流せるほどの慣れはなかった。棚の方を向いてさっさと着替えると、早々に更衣室を出てしまう。
紡「紗奈ちゃんていつも着替え早いよね。」
咲楽「汗拭いて着替えるだけの紗奈と違って、紡は色々やってるから遅いんでしょ?」
紡「運動部はいつも汗かくから、これくらいはケアしないとダメなんだって。」
咲楽「あたしも運動部なんだけど。」
紡「咲楽ちゃん、これ使う?」
咲楽「いや、やっぱいい。」
そう断ると、紡を待たずに咲楽も更衣室を出た。
更衣室の外では、紗奈と彼方が話しながら待っていたようだ。
咲楽「あれ、彼方いま更衣室使ってた?」
紗奈「ううん、私が更衣室の外に出てから校舎に戻ってきたよ。外で運動着の上から制服着たんだって。」
彼方「うん、面倒くさい。帰ったらすぐお風呂入るし。」
咲楽「ええ……。そのこと紡に聞かれたら色々言われそう。」
彼方「じゃあ黙っとく。みんな揃ったらさっさと帰りたいし。」
紗奈達はいつも途中まで一緒に帰っているが、部活がない人だけで集まって帰るということにしている。今日はテニス部の活動があるため、桜木姉妹がいない。
紡「みんなお待たせ。なんの話してたの?」
紗奈「彼方が制服の――校章付けてないよねって話。」
紗奈はちょっと揶揄うように、今彼方が言わずにいようとした話をするつもりだった。しかし、彼方の『ほんとに面倒くさくなりそうだからやめて』という視線を感じ取って話題を変えた。
たった数週間だが、体育祭練習などもあっていろんな人と距離が縮まっていくのを、紗奈は実感していた。
――少しして場面は変わり、テニス部の部活が終わった後。好葉は他クラスの男子からの手紙をもらって、校舎裏に呼ばれていた。
好葉の特徴のひとつであるピンクのヘアゴムで髪をひとつに結んだ部活終わりの少女が、その男子からの真剣な告白を聞き終えると、申し訳なさそうに「えっと……。」と呟き――。
好葉「ごめんね、好葉と風波を見分けられない人とは……付き合えないかな。」
校舎の影に隠れていた、水色のヘアゴムで髪をひとつに結んだ――好葉が言葉を引き継いだ。
ある男子「え、だってそのヘアゴム……。」
好葉「風波に頼んで入れ替わってたの。試すようなことして、本当にごめんね。だけど……好葉は『双子の明るい方』じゃなくて『桜木好葉』を好きな人と付き合いたいから。」
ある男子「そ……そうだよな。こっちこそ間違えたりしてごめん。好葉ちゃん――風波ちゃんも。……じゃあ、気をつけて帰ってね。」
好葉「うん、じゃあね……。」
好葉の思惑通り見事に振られてしまった男子は、悔しそうに俯きながら帰っていった。
2人は髪をほどき、好葉はピンクのヘアゴムで髪を結び直し、風波は水色のヘアゴムを手首に通した。
好葉「風波、ごめんね。また利用して。」
風波「別にいいけど……風波はあの男子、ちゃんと好葉のこと好きだったと思うよ?」
好葉「……うん、好葉もそう思う。ちゃんと好きになってくれたんだっていうのは、さっきの告白で十分分かるよ?でも……やっぱり違う。好葉は間違いなく好葉だけを好きになってくれる人と付き合いたいし、風波にもそういう人と付き合ってほしい。――あ、もちろん風波がどんな人を選ぶかは風波の自由だけどね。」
風波は、いつも好葉を人見知りしてしまう時の盾に使っているから、好葉に利用されることに関してはお互い様だと思っていた。そして好葉の考えに共感してしまっているので、何も言い返すことができない。……ただ、好葉にはちゃんとそういう人が現れるといいな――と願うだけだった。
紗奈とクラスメイトの仲が順調に縮まっています。次回、体育祭開催。
人物紹介【クラスメイト】ーテニス部
男子は霜村恭助、水川優也、柳井青の3人。
女子は石野舞衣香、桜木好葉、桜木風波の3人。
霜村は高身長で眼鏡をかけており、やや根暗。柳井も眼鏡をかけており、誰とでもフランクに話せて、ボケやツッコミをすることも多い。水川は好青年でモテるが、実は彼女がいる。
石野は遺伝と日焼けの両方が原因でやや褐色系の肌をしており、外向的。桜木姉妹は双子らしい息のあったダブルスを組んでいる。