八木坂中での新生活
都築紗奈となった少女は、中学校に通うことに。中学生としての生活が始まります。
紗奈として新しい人生が始まってから数週間後が経った。転入生として八木坂中学校3年2組に入った紗奈は、順調に新生活を謳歌していた。
本人に自覚はないが、紗奈はやや顔立ちがよく、リーダー向きの人柄をしている。転校生というステータスもあってか、クラスメイトと打ち解けるのが早かった。
そして、最近ではよく一緒にいる友達が何人かできているようだ。この休み時間も、友達と雑談に耽っている。
咲楽「紗奈、昨日のドラマ見た?」
紗奈「うん見たよ、あれ面白いよね。」
紡「あ、それわたしも見た。これからどうなっていくんだろう?」
咲楽「やっぱ隠れて見てた人が絡んでくるんじゃない?意味深な感じだったし。……紗奈はどう思う?」
紗奈「あ、私は原作読んで展開知ってるから。ネタバレしていいなら教えるけど?」
紡「え〜だめだよ。せめてわたしのいないところでにして?」
咲楽「いやあたしもネタバレは聞きたくないし。言わなくていいよ、てか言わないでよ。」
『原作を読んで知っている』というのは多少嘘が混じっている。4年前に実際にこのドラマを見ていたから先の展開を知っているだけだ。美弥乃がこのドラマにハマって買った原作小説を、紗奈も最近読み始めたところなので、完全に嘘というわけでもないが。
好葉「3人で何の話してるの?」
風波「風波たちにも教えて。」
彼方「……」
最初にドラマの話をしてきたのは郡山咲楽。
高身長で運動神経がよく、バスケ部に入っている。成績と目つきと口があまりよくないこともあって、2年生までは浮いている方だったらしい。
短髪で飾りっ気がなく、ややがさつな性格をしている。
次に話に入ってきたのが速水紡。
一般的な中3女子体型でありながら、学年1の持久力を持つ体力おばけな陸上部員で、咲楽ほどではないが成績は良くない。誰にでも気兼ねなく話しかけるコミュ力の持ち主で、浮いていた咲楽や転校生の紗奈とすぐ仲良くなった。
ショートボブで表情豊か。
あとから話しかけてきたのは桜木好葉と桜木風波。
ポニーテールでムードメーカーな好葉が妹、ロングヘアーで物静かな風波が姉の双子である。
ソフトテニス部に入り運動はそこそこで成績がいい方の2人は、今年初めて同じクラスになったらしい。運動する時は風波も髪を結ぶので見分けがつきにくいが、好葉はピンク、風波は水色で、それぞれ靴とヘアゴムを統一しているので、間違える人は少ないようだ。
そして横でそれをぼんやり聞いているのが宮内彼方。
一匹狼気質で積極的に会話には参加してこないが、このメンツでいるのは嫌いじゃない様子。授業中は昼寝をしていることが多いため、咲楽達には成績が悪いと思われている。
なぜか時々紗奈の様子を気にかけている――と、紗奈は感じている。
美術部に入っており、華奢で体力はあまりない。
紗奈「そういえばそろそろ体育祭の時期だけど、何の競技やるか決めた?」
紡「わたしは1000m走かな。他にやりたがる人いないだろうし、どうせやるなら勝ちたいからね。」
咲楽「紡はいいよね〜、得意分野があって。あたしはどれもそこそこだから、余ったやつにしよっかな。」
風波「風波は好葉と一緒に二人三脚。」
好葉「足はそんなに速くないけど、ノーミス狙って頑張るよ。……ね、彼方ちゃんはもう決めた?」
彼方「50m走がいい。負けても目立たないし、疲れないから。」
紡「うーん、まあそういう決め方もありなのかな。紗奈ちゃんは?」
紗奈「私は――まだ決めてないけど、咲楽と一緒で余り物になりそう。一応……。」
話の途中で予鈴がなる。盛り上がっていると時間の進みを忘れてしまうものだ。
紗奈「……種目のやりたい順番は何となく決めてるよ。――次数学だっけ、移動しないと。」
数日後、体育祭の種目決めの日――。
好葉「じゃあ、大倉くんと都築さんがハードル走で、個人種目は全員決まりですね。」
水川「次に学年種目ですが、3年生は筏流しなので船頭――つまり上に乗る人を決めます。……でも、実際にやってから決めた方がいいと思うので、今は男女それぞれ2、3人くらい候補を決めておいてください。選抜リレーの走者も男女別なので一緒に決めましょう。」
好葉「じゃあ男子前、女子後ろで集まって別々に話し合いましょう。」
男子は水川、女子は好葉、どちらも体育祭実行委員が仕切っていく。
好葉「筏流しの船頭、やりたい人いる?」
藤園「普通、体重軽い人がやるよね。」
鈴木「じゃあウチらはないかな。」
松林「そだね。」
早々にバレー部の3人が辞退した。体格がいいので妥当だろうという雰囲気が漂う。同じ理由で咲楽を含め3人が辞退し、さらに運動が苦手だという理由で彼方を含め4人が辞退した。残るは紗奈を含め6人。
好葉「好葉たちは委員の仕事が被るかもしれないから、できればやらない方がいいかな……。」
石野「ごめん、たぶん選抜走ることになるから、正直こっちは遠慮したい。」
根津「わたしも。」
桜木姉妹、そして2組の女子で足が速い方の石野と根津も辞退する。となると……?
「残るは田中さんと都築さんだね。2人ともどう?」
田中「あ、うん大丈夫だよ。」
田中智美は二つ返事で了承したが、あまり自信はなさそうだ。
紗奈「私も大丈夫。」
この雰囲気の中で断るという行為は紗奈にとってハードルが高かった。そもそも筏流しの船頭をやった経験のある紗奈は、『転校生の自分が代表みたいなことをするのはどうなのか』という引け目を感じていただけで、船頭という役割自体には自信があったのだが。
好葉「じゃあ、次の練習の時にそれぞれ船頭をやってもらって、多数決で決定だね。じゃあ次は選抜リレー……。」
選抜リレーは足の速い順で決める、というのは大体どこの学校も同じようだ。特に反対意見が出ることもなく、選抜リレーのメンバーが決まり、好葉が用紙に記入していく。
好葉「メンバーは石野さん、郡山さん、鈴木さん、根津さん、補欠が私――桜木好葉っと。男子はもう話し合い終わったみたいだし、走順は後で決めよっか。」
男子は人数が少ないからか、かなりスムーズに決まったようだ。全員着席し、今度は全員リレーの走順の話し合いが始まる。思いの外とんとん拍子に決まってしまったせいで、紗奈にはまだ船頭をやるという実感がなかった。
次回、体育祭に向けて、練習が進んでいきます。
人物紹介【クラスメイト】ーバレー部
鈴木華凛、藤園桐花、松林栄瑠の3人は、女子バレーボール部の部員。学校生活での態度が良くないことで有名で、教師が手を焼いているとか。
鈴木は3人の中ではリーダー格で、ギャルのような雰囲気がある。2人の意見に同意しつつ、面倒ごとは回避するバランス感覚の持ち主。
藤園は短気で性格がキツく、先生や友人以外に対して態度が悪い。体格がいいこともあり、咲楽同様、苦手意識を持たれていることが多い。
松林は他の2人に比べて成績がいい。頭の回転が早く反論が得意なため、教師たちが強く注意しにくい要因になっている。