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悪逆王女、悪を斬る!①

 そうして迎えた、バザー当日。


 庭に子供達を集め、にこにこ笑顔のチェスター院長がパンと手を叩いた。


「はい、それでは今から恒例のバザーを始めます。まずはリディア殿下から皆さんに、嬉しいお知らせがあるそうですよ」


 院長に名指しされ、脇で見物していた私は優雅に礼を取る。ちなみに今着ているのは、黒白の縦縞の目立たないドレス。王女が来ていると知られたら国民が殺到してしまうので、あくまで今日はお忍びなのだ。


「皆さん、おはようございます。頑張る皆さんを応援するため、本日の昼食はわたくしが手配させていただきましたわ。……これが実はね、城下町で大人気の食堂らしいのよ? いつも行列が絶えないそうなんだけど、今回だけって無理を言ってお願いしたの」


 最後だけ秘密めかして囁くと、子供達がごくりと唾を飲み込んだ。恐る恐る顔を見合わせてから、わあっと凄まじい歓声が弾ける。


(……よかった、喜んでくれたみたいね)


 大興奮の子どもたちを見て、私はほっと胸を撫で下ろす。


 本当は、城のシェフに腕を振るってもらうつもりだった。

 けれど即座にアレンから却下されてしまったのだ。普段と違う豪華すぎる料理は、子供達のためになりません、と。


『分不相応で二度と口にできない料理など、あの子達にとって毒となるだけです。それよりも将来真面目に働けば行けるような、手の届く価格帯の店に頼みましょう』


 店には直接アレンが出向いてくれた。

 注文主が私であることは隠し、孤児院の子供達への差し入れだとお願いすると、店主も喜んで引き受けてくれたという。もちろん私とアレンの分も数に入っているので、今日のお昼は私も楽しみにしていたりする。


「さあ、それでは開門します! お客さんを楽しくもてなして、また来たいと思っていただけるバザーにしましょうっ」


『はあいっ』


 子供達の元気いっぱいの声を合図に、チェスター院長が正面の門を開く。並んで待っていてくれたお客さんが、どっと殺到した。


「おや、綺麗なハンカチだねぇ」


「あたしが古着から作ったの! それからねぇ、こっちの小袋もかわいいでしょ?」


「この椅子、踏み台にちょうど良さそう」


「おっきなキャベツだこと」


「生みたて卵もあるよー! ちょっと小さいけど味はおいしいんだっ」


 途端にわいわい賑やかになる。


 手慣れた子供達に交じって、私もにこにこと愛嬌を振りまいた。場違いな私を見て、お客さんが訝しそうに眉をひそめる。


「ごきげんよう、本日はバザーのお手伝いに参りましたの。ちなみにこれが、わたくしの手作りしたお人形」


「…………」


 無理やり手の中に押し付けたら、そっと台に戻された。ですよねー。


 めげずに呼び込みを続けていると、だんだんとお客さんも私の存在に慣れてきたらしく、気軽に話しかけてくれるようになった。どうやら貴族令嬢の酔狂とでも思われているらしい。


「後日新聞を読んで驚くでしょうね」


 私の背後にぴったりと控えたアレンが、おかしそうに含み笑いする。


「でも、なんだかもう新聞はどうでもよくなってきたわ。バザーの準備もそうだけど、お客さんとお話するのもとっても楽しいんだもの」


 初めての経験に私はうきうきしていた。バザーは昼過ぎには終わるそうだが、この分だとあっという間に時間が経つに違いない。


「ね、アレン。そういえばデザートを用意してなかったわよね。頑張った子供達へのご褒美に、甘い物も食べさせてあげたいわ」


「お使いですか? 駄目です、わたしは主のお側から離れませんよ」


「んん……、なら護衛に頼む?」


 普段はアレンと二人で気軽に行動しているが、さすがに今日は人出が多いので護衛が付いてきたのだ。院の内外で目立たぬよう控えているはずだから、ちょっと抜けてお菓子屋さんに走ってもらおう。


「ってそれじゃあ護衛の意味がないでしょう。それも却下です、主」


「アレンのけち」


「けちで結構」


 互いに一歩も引かず言い争っていると、ドレスの裾をつんと引かれた。振り向くと、目をきらきらさせたメイがいた。


「お姫さま。手下がお使いに行ってきます!」


「あら、本当!?……って、いけません。可愛い手下に何かあったら大変だもの」


 いかめしく首を振ったところで、仏頂面のシンがぶらぶらとこちらに歩いてくる。ふんと鼻を鳴らし、「オレが行ってやってもいいけど?」と偉そうに立候補してくれた。


「オレ、この院で一番年上だからさ。お使いなんか慣れてるし、通りの向こうにドーナツ屋があるのだって知ってんだ」


 匂いしか嗅いだことないけどね、と小声で付け足す。なるほどなるほど。


 後ろのアレンに目顔で命じると、アレンはすぐさま懐の財布からお札を数枚抜き出した。


「じゃあ、シンにお願いするわね。……よかったら荷物持ちに手下をお貸しするけど?」


「う、うんっ。あたしも手伝うよ!」


 一生懸命に言うメイに、シンが顔を赤くする。小さく頷いたのを確認し、私は笑ってメイの背中を押した。二人は仲良く外へと駆け出していく。


「微笑ましいわ」


「負けてますね、主」


「やかましいわ!」


 一言多い従者に蹴りを入れた。



 ◇



「……で、わたくしは亡きお祖父様の遺志を継ぎ、孤児院の運営を手助けしたいと思いましたの」


「なるほど……! 素晴らしい志ですねっ」


「はいー。リディア殿下は、子供達からもあっという間に慕われたんですよー」


 終盤に差し掛かったバザーを眺めつつ、チェスター院長と共に新聞記者の取材を受ける。適度に褒めそやしてくれる院長は、アレンの言う通り案外したたかな人物なのかもしれない。


「はい、ありがとうございましたっ。これで取材は終わりです。せっかくですから自分もバザーで買い物をして帰りますね」


「ではこちらなんていかが? わたくしの作った人形ですの」


「…………」


 丁重にお断りされた。くっ、このままでは売れ残ってしまう可能性も!?


 悔しがっていると、大きな紙袋を抱えたメイとシンが戻ってきた。子供達がわっと喜んで二人に駆け寄る。


「えへへ。ちゃんと人数分買ってきたからね」


「今日もすっげーいい匂いだった!」


 得意気な二人にくすりと笑い、私はアレンの腕を引く。


「品物もほとんど売れたみたいだし、取材も無事に終わったし。そろそろ片付けてお昼にして大丈夫そうね?」


「…………」


「アレン?」


 アレンの横顔がなぜか険しくなっていた。

 不安になって彼の視線を追うが、別段変わった様子はない。買い物を終えたお客さん達が満足気に去っていく後ろ姿だけが見えた。


「はい、それではそろそろ本日のバザーは終了いたします~! 皆さん、買い忘れはありませんかぁ!?」


 チェスター院長が声を張り上げる。

 それを潮にお客さんは三々五々と散り始め、子供達も元気にそれを見送った。


 庭には関係者だけが残り、子供達はうきうきと商品を置いていた台をくっつけ合う。どうやらこのままここで食べるらしい。


「ごはん! ごはん!」


「ドーナツも~!」


「……主」


 長身を屈め、アレンが私の耳に唇を寄せた。


「少しばかり席を外させてください。護衛が付いているから大丈夫とは思いますが、わたしが戻るまでここから離れないように」


「……何かあったの?」


 不安にかられて尋ねるが、アレンは微笑して首を横に振る。


「後で説明します。……とにかく主は、メイと一緒にここにいてください」


 ……メイ?


 それ以上聞く暇もなく、アレンは孤児院の外へと足早に出て行ってしまった。それを見て子供達がわらわらと私に寄ってくる。


「お姫さま、下僕行っちゃったの?」


「下僕のクセに駄目なヤツ! しょうがないからオレらといるといいよ!」


「……ふふっ、ありがとう」


 疑問はいったん頭から追い出して、子供達お待ちかねの昼食を取ることにした。

 食堂の店員はどうやら鍋ごと配達してくれたようで、ごろごろ具だくさんのシチューや巨大なチキン、こんがり焼けたベーコンとチーズのパイなど、見た目にも楽しい料理が並んで子供達は大歓声を上げる。


「さあ、たくさん召し上がれ! 私の無責任な下僕が帰ってくるまでに、ぜーんぶ食べ尽くしちゃいましょう!」


『はあいッ!!』


 冗談のつもりだったのだが、子供達の食欲は予想以上に旺盛だった。

 次々に皿が空になり、アレンが戻るまでに本当に料理はほぼなくなってしまった。あからさまにショックを受けた顔をするアレンに、私は思わず噴き出してしまう。


「ごめんなさい、アレン。つい私も食べすぎちゃった」


「注文したのはわたしなんですけどね」


 珍しく拗ねたように顔を背けた。食べすぎて笑いすぎてお腹が痛くなってくる。


 苦しむ私を見て、アレンはようやく頬をゆるめた。


「……主。今日、これからのことについて、ひとつ提案があるのですが――……」


 続くアレンの言葉に、私は目を丸くした。

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