脱・悪逆王女を目指すため①
決して一人を贔屓せず、デザイナーから幅広くドレスを買い付ける。
これは服飾費を節約できるだけでなく、城下での話題作りにもなった。デザイナーは次々新しい流行を生み出して、民衆も先を争って私のファッションの真似をした。
お陰で経済が活性化するし、私の評判も上がる。まさにいい事ずくめだった。
「絶好調ね! もう誰にも私を『悪逆王女』だなんて呼ばせないわっ」
鼻息荒く宣言すると、背後からパチパチとやる気のない拍手が聞こえてきた。
「さすがです、主ー。我が愛しの悪逆王女様ー」
「呼ぶなって言ってるでしょーが!」
慇懃無礼な従者から逃げるべく、私はマナー違反と知りつつ廊下を駆け抜ける。しかし、アレンはすぐさま長い足を優雅にさばいて追いついてきた。
こちらは全速力で走っているというのに、アレンは普通に歩いてこれである。ぐぐぐ、私だってだいぶ背が伸びたつもりなのにっ。
――死を宣告されたあの日から、早いもので今日でもう一年になる。
品行方正清らか王女、アレンの要望に応えて時々悪逆王女……を演じるのにそれはそれは忙しく、日々は飛ぶように過ぎていった。
(まあ、忙しすぎるせいで余計なことを考えずに済むのはありがたいけど)
刻々と迫る死への残り日数。
大丈夫まだ二年もある、と言い聞かせても、怖いものは怖い。最初の日以降は未来を夢見ることもないけれど、時々不意打ちのように処刑台の幻に囚われてしまう。
胸がつかえて、気付けば私の足は止まっていた。
「……主」
気遣わしげな声が聞こえ、はっとする。
いつの間にか私を追い越していたアレンが、アイスブルーの瞳を苦悩するように歪めていた。
「あ……っ。ごめんなさい、何でもないわ」
「主……」
慌てて笑顔でかぶりを振るが、アレンは構わず私の手を取った。大きな手で包み込まれ、不覚にも胸がときめく。いやいやいや!
(落ち着きなさい、私っ。だって、どうせこの後に続くのは――!)
アレンがきりっとした顔を私に向けた。
「主。高笑いが聞きたいです」
ほらねーーー!!
最近、この男はいつもこうなのだ。
ちょっとでも私が悪逆王女らしくない振る舞いをすると、すぐに高笑いを強要してくる。なんでよ!
それでも私はこの男に恩がある。
不本意ながらも腰に手を当て、思いっきり首を反らした。
「ホーッホッホッホ!」
「素敵! 主かっこいい!」
「ホーッホホホホホ!!」
「さすが! 眩しすぎるそのお姿!」
「ホーッホホホホホゲホゲホゲホ!!!」
「おい、またやってるぜ……」
「しッ、見て見ぬふりをするのよ」
ちょうど通りがかった使用人がそそくさと逃げていった。うん。もうね、慣れたから平気。
途中から演技を忘れて本気で笑ってしまうのもいつものこと。
ぜーはー息をつく私の背中を、アレンが嬉しげに撫でてくれる。なんだか体がぽかぽかしてきた。
不思議と気分まで上向いてきて、私は勢いよくこぶしを突き上げる。
「よぉし、部屋に戻るわよ! 悪逆王女脱却のため、新たな計画を二人で練るの!」
私から手を離したアレンが、うやうやしくお辞儀した。
「仰せのままに。我が主」
◇
「昨日の誕生日パーティはね、我ながら大成功だったと思うの」
「そうですね。例年とは比べ物にならないほど簡素だったと思います。その割に工夫が凝らされていて、飽きることなく楽しめました」
そう、昨日は私の十六歳の誕生日だった。
渋る親馬鹿お父様を説得し、予算を大幅に削減。それでもお色直しは三回したし(遊びを取り入れた奇抜な衣装は大好評だった!)、招待客に振る舞う料理にも決して手を抜かなかった。
「皆様大満足でお帰りいただけたと思いますよ。パーティ用のドレスをデザイナー達に選抜で競わせたのも名案でしたね」
そう、お色直ししたドレスは国内で大々的に公募をかけたもの。腕に自信のあるデザイナー達がこぞって参加してくれた。
国民も固唾を呑んで結果を見守り、城内も城下も大層なお祭り騒ぎとなった。
「ふふっ。我が国のドレス、最近は国外でも結構有名になってきてるみたいなのよ。これからの時代、輸出にも力を入れなきゃね?」
「お、さすがは次期女王陛下ですね。では今後は家庭教師に頼んで、経済学の講義をもっと増やしてもらうことにしましょう」
「えーっ! お勉強は嫌いよ!」
途端に不機嫌になる私を、アレンがすかさず「知的な主かっこいい!」と囃し立てた。あらそう?
「仕方ないわね。でもアレンも付き合うのよ!」
「勿論。声援ならばお任せください」
「じゃなくて一緒に勉強するのっ!」
わあわあ騒ぎながら、これからについて話し合う。
以前の『私』――処刑されてしまった悪逆王女は、勉強なんかそっちのけで毎日遊び呆けていたらしい。
だから今の私は、未来を変えるために懸命に勉学に励んでいる。
厳格な家庭教師と過ごす時間は正直もの凄く苦痛なのだけれど、いつだってアレンが一緒にいてくれた。授業が終わった後は美味しいお茶とお菓子を用意して、大げさなぐらい褒めちぎってくれた。
(……だから、私は頑張れてる……)
不覚にも鼻の奥がツンとして、私は慌てて目尻をぬぐう。幸いアレンは何も気付いていないようなので、呼吸を整え彼に笑顔を向けた。
「勉強はこれから頑張るとして、私、他にも何かしたいわ。悪逆王女にならないため、今の私にできる精いっぱいのこと。国民の皆が喜んでくれること」
「なるほど。そうですね……」
アレンが整った眉をひそめて考え込む。
……本当に黙ってさえいれば、この男はとんでもない美形なのだ。そう、黙ってさえいれば。
お茶を楽しみつつ観賞していると、ややあってアレンが何かを思いついたように手を打った。
「アレン?」
「ファッションを通じた国民人気の獲得、そして経済効果。次期女王としての知識と教養。今、これに付け足すとするならば――」
するならば?
私はわくわくして次の言葉を待つ。
たっぷり焦らしてから、アレンがにやりと笑った。私の黄金の髪に指を絡め、毛先に軽くキスをする。
「慈善事業をするべきです、我が主」




