死亡フラグは結構です!②
「リ、リリリリリリディア王女殿下ですってぇっ!!?」
「しッ、お静かに。殿下は本日お忍びなのです」
「ああっ、すみっ、じゃなく申し訳ございませんっ!!」
ずいと整った顔を近付けたアレンに、女主人が真っ赤になりながら頭を下げた。その瞳はぽうっと熱を宿して潤んでいる。
「…………」
なんか面白くない。
いくら綺麗な顔をしていたって、その男は悪逆王女の大ファンな変態なのに。
不機嫌に黙り込み、私はところ狭しと下げられた色とりどりのドレスに手を伸ばす。ここは城下町にある一軒のドレス屋だった。
王城から連れ出した私を、アレンはまっすぐここに案内してきた。
身も蓋もない言い方をすれば、この店は庶民が買うには贅沢だけれど、王侯貴族が買うには格式の足りないドレスを取り扱っているらしい。おそらく主な客は平民の富裕層なのだろう。
(信じられない。体のサイズも測らずにドレスを作るだなんて)
既製品を買えば待たずにすぐ手に入るのだろうが、体にぴったりと合わないドレスなんてごめんだった。そんなの高貴な私に相応しくない。
ぶすっとふくれていると、アレンがすっと腰を屈めて私の耳元に唇を寄せた。
「どうです、お眼鏡にかなうドレスはありましたか? この店にあるドレスは全て、今はまだ無名のデザイナー達が手掛けたものなのですよ。自分の店を持たない彼らから、ここの店主が買い付けて販売しているのです」
「え? そうなの?」
囁き返す私に、アレンはしっかりと頷いた。
「気に入ったデザイナーがいれば、王城に呼び出してドレスをオーダーするといい。普段とは比べ物にならないぐらい安く済むはずです」
「な、なるほどっ!」
俄然、やる気が満ちてくる。
まだ世間に見出されていない才能を、この私の審美眼で見つけてみせるのだ。
私は素敵なドレスを安価で手に入れ、デザイナーは姫の注文を受けたということで箔がつく。きっと涙を流して喜び、私を褒め称えてくれるに違いない……!
「すごいわ、脱・悪逆王女への第一歩ねっ」
感動に打ち震えた私は、すぐさま宝探しを開始する。
私は目鼻立ちが派手なので、ドレスも色彩がはっきりしたものがよく似合う。赤、ピンク、青のドレスと次々に選び、片っ端から鏡の前で当ててみた。うんうん、どれも悪くないじゃない。
鼻歌交じりの私を見守るアレンが、突然「あっ!」と大声を上げた。
「主、これなんてどうですか? まるで主のためにあつらえたような素晴らしいドレスですよ!」
「まあ。どれどれ!?」
わくわくと覗き込めば、真っ赤なサテン生地に黒レースで幾重にも装飾された毒々しいドレスだった。この目的意識の欠如した大馬鹿者め。
「嫌よっ、どこからどう見ても悪女になっちゃうじゃない!」
「えー、でもこういうどぎついデザインお好きでしょう? 確かにぃ、着る人は選ぶんだけどぉ、わたくしってば何を着ても似合っちゃうんだものぉ。とか言いそうですよね我が主」
ぐっ!
確かに、確かに夢で見た未来の私は言いそうだった……!
そして今の私もこのドレスを着こなす自信はありますけども、そうじゃないっ!
「地味ドレス、地味ドレス……! 薔薇じゃなくて、かすみ草。慎ましやかに咲き、周囲にほっと安らぎを与える、そんな私になってみせる――そう、これよっ」
血眼になってドレスを探した私は、カッと目を見開いた。高々と掲げるは、淡い水色のシンプルなドレス。装飾といえば、腰を縛る同色のリボンぐらい。
アレンが眉をひそめ、私の髪に手を伸ばす。
「主はせっかく豪華な黄金の髪を持っていらっしゃるのですから、ドレスもそれに見合うものを選ぶべきです。赤がお嫌ならばせめて、この太陽のようなオレンジ色の――」
「却下よ、却下! 髪が豪華だからこそ、ドレスはシンプルなものにすべきなの! 考えてみたら私ってば、髪をちょっと大ぶりに結うだけで派手になっちゃうのよね。……うん、このドレスならむしろ私の魅力を引き立ててくれるはずだわ」
大きく頷き、「これにするわ!」と高らかに宣言した。まだ不満顔のアレンをせっつき、店主にデザイナーの名と住居を確認させる。
「それでは後日、デザイナーを王城に伺わせますので」
ぺこぺこと頭を下げる女主人に、鷹揚に手を振って答えた。アレンを従え店を後にしようとして――……はっと気が付く。
(待って。私、感じ悪くない!?)
リディア姫はとても態度がでかい、ツンと気取ったわがまま王女でした。
……なんて、城下町で悪評を振りまかれたら困るっ!
私は大慌てで回れ右する。
訝しげな視線を向けるアレンは無視して、女主人ににっこりと微笑みかけた。
「今日はありがとう。城下の国民達の生活が知れて、王女としてとっても勉強になりましたわ。ドレスもどれも素敵で――」
「あ、る、じ」
背後のアレンが不穏な気配を発する。ぎくりっ!
恐る恐る振り返ると、アレンはアイスブルーの瞳を細めて私を睨みつけていた。あ、これはもしや……?
(悪逆王女っぽくない振る舞いをするな、ってこと!?)
背中をだらだらと冷や汗が流れる。――ええい、仕方ないわ!
戸惑ったように瞬きする女主人に向き直ると、私は嫌味っぽくため息をついた。
「庶民には随分ともったいないドレスだと感じましたわ。まあ、王女たるこのわたくしには不足ですけれど? とはいえ、それほど悪くはなかったわね、ええ」
女主人の顔が凍りつく。
私は彼女を鼻で笑い、これ見よがしに黄金色の髪をかき上げた。
「せいぜいこれからも精進を続けることね。気が向けば、今後も顔を出してあげないこともなくってよ」
くすくすと小馬鹿にしたように告げれば、怒りのためだろう、彼女は小刻みに震え出した。あわわわ、悪女演技やりすぎちゃった?
救いを求めてアレンの袖を引くが、彼は「最高!」と言いたげに親指を立てるだけだった。この役立たず。
「あ、あのね店主」
「――殿下! ありがとうございますッ!!」
おろおろと女主人の顔を覗き込もうとした瞬間、彼女は私に深々と頭を下げた。ぱっと上げたその顔は上気しており、感極まったように瞳を潤ませる。
「まああ、まああ。王女殿下に『なかなかだ』と褒めていただけるだなんて。『また来たい』とおっしゃっていただけるなんて!」
光栄ですわ! と大興奮でまくし立てた。……あ、そういうふうに変換してくれました?
ぽかんとする私を置き去りに、アレンが重々しく首肯する。
「デザイナー達にも伝えておきなさい。殿下の有り難いお言葉を胸に刻み、これからも切磋琢磨して素晴らしいドレスを制作していくように、と」
「ええ、ええ! 必ずや申し伝えますわ!」
嬉しげな店主に見送られ、私達は表に待たせていた馬車へと乗り込んだ。カタカタと動き出してから、私は向かいに座るアレンを見上げる。
「……今日は、まあまあうまくいったんじゃない? 我ながら程よく悪女で、程よく清らかだったと思うの」
「そうですね。この調子でドレスもじゃんじゃん作らせて、美しくド派手に悪逆王女道を突っ走ってやりましょう」
「そうじゃないっ!」
ちっともわかっていないアレンを怒鳴りつける私であった。
――後日。
デザイナーに注文して、シンプルなドレスを『じゃんじゃん』ではなく『必要数』のみ作らせた。黄金の髪が引き立つようにしたい、という私の要望に、デザイナーは「インスピレーションが刺激されますねっ!」と嬉々として応じてくれた。
そうして完成したドレスはすべて、装飾は少なめながらリボンや花のコサージュで一点を豪華にしたもの。上半身は体にぴったりと合い、足首まで隠すスカートは薄手でふんわり揺れる。
しとやかで品がある、と貴族のみならず城下でも爆発的に流行したという。