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だって悪逆王女ですからね!②

「リディア殿下! 広間を飾る花はこちらでよろしいでしょうか!」


「晩餐メニューの最終確認をお願いいたします!」


「殿下、ご覧ください! 他国から祝いの品が大量に届いております!」


「はいはい、今すぐ全部確認するわ!」


 今夜開かれるパーティの準備のため、広間は使用人でごった返していた。

 私も立ち止まる暇もなく走り通しで、まったく目の回るような忙しさだ。


(……ま、仕方ないけどね!)


 準備段階からしっかり関わりたい、と願い出たのは自分なのだ。


 何せパーティの主役は私だし、しかも今日は私の人生にとって何より大切な日。気合いも入ろうというものだ。


「うん、完璧ね! デザート類も充実しているわ。あ、お酒は私から提供する分もあるのよ。後で運ばせるわね!」


 パーティを開く以上、せっかく来てくれた参加者だって大いにもてなしたい。招く側も招かれる側も、全員が一生忘れられなくなるような、最高に楽しいパーティにしなければ!


 走る私の後ろを、アレンが優雅な足さばきでついて回る。


「主。もしや主提供の酒というのは……」


「ええ。お父様から没収したお高いお酒よ」


 澄まして頷けば、アレンが生真面目な顔で首肯した。が、口元だけぴくぴく動いている。


「笑ってるでしょ」


「いいえ、決して」


 声をひそめて囁き合っていると、「リディア殿下!」とまたも呼び止められた。

 振り向けば、泣き出しそうな顔で侍女達が走ってくる。


「そろそろお召し替えをなさいませ~! 女性のお支度には時間がかかるのですよ!」


「あ……っ。そうでした!」


 今日は時計の針の進みがやけに早い。

 おろおろと周りを見回す私を、アレンが笑って促した。


「どうぞ、行ってください主。残りはわたしがしっかり監督しておきますから」


「アレン……。そうよね、あなただって今日の主役だものね!」


 笑って彼の肩を叩き、早く早くと急かす侍女達に合流して駆け出した。



 ◇



「――ライナー叔父様!」


 大きく手を振って叫ぶと、長身の男がはっとしたように振り返った。


 ためらいながらも足を止めた彼は、王族らしからぬ質素な旅装に身を包んでいる。その手にあるのは、いかにも丈夫そうな使い古したトランク。


 ドレスの裾を揺らして駆け寄ると、ライナーは控えめな笑みを浮かべた。


「やあ、リディア。見送りに来てくれたのかい? もうパーティも始まる頃合いだろうに」


「ええ、だからあまり時間は取れないのだけど」


「主がどうしてもとおっしゃるもので」


 抜かりなく付いてきたアレンが、ぶすりと不機嫌そうに吐き捨てる。

 ライナーはちょっとだけ首をすくめ、アレンを無視して私に向き直った。


「パーティの招待を断ってすまなかったね。……だが、その、笑顔で祝福できる気が全くしなかったんだ……」


「可愛い姪の誕生日なのに?」


 答えがわかりつつも意地悪く尋ねると、予想通りライナーは大仰に目を剥いた。


「違うっ! もちろん君の誕生日なら祝えるとも、当然だろう!? 僕が言っているのはそうじゃなく!!」


 ものすごい剣幕に、アレンがあからさまに顔をしかめた。

 私の肩を抱き、かばうように胸に引き寄せる。ライナーが憎々しげにアレンを睨みつけた。


「馴れ馴れしくリディアに触れるな! まだ正式に婚約を発表したわけじゃないんだろう!?」


「残念ながら、後一時間も経たないうちに公表されますので。……それに、とっくにレオン陛下のお許しはいただいておりますし?」


「兄上も兄上だ! こんな男との婚約を認めるなどと!!」


 いらいらと髪を掻きむしるライナーに噴き出してしまう。

 無言で睨み合う二人の間に、笑いながら割って入った。


「お父様だってお母様とは身分違いの恋愛結婚ですもの、文句は言わせないわ。それに、ね」


 手を差し伸べると、アレンがうやうやしく私の手を握った。

 二人手を繋ぎ、ライナーににっこりと微笑みかける。


「私達が結婚すれば、王家にも魔法使いの血が入るのよ、って言って説得したの。それでお父様の心も動いたみたい」


「くっ、兄上め……!」


 ライナーが悔しげに唇を噛んだ。……ま、実際は言うほど簡単じゃなかったんだけどね。


 本当はアレンと二人がかりで、強情なお父様を死ぬ気で説き伏せたのだ。

 可愛い娘の泣き落としに、許さないなら駈け落ちするわという脅し。そして最終的には祖先の呪いが復活したことにして、何やかんやと言いくるめてしまった。


 都合の悪い事実は黙っておくことにして、私は澄まし顔でドレスの裾をつまむ。


「ねえ、見てこのドレス! ライナー叔父様のくださったドレスを元に、デザイナーが考案してくれたのよ。刺繍はあれほど凝っていないけど、レースで作った蝶が素敵でしょう?」


 胸元に施された花の刺繍に止まるように、レースの蝶々がふんわり揺れている。

 ドレスの色は、アレンの髪と瞳と同じアイスブルー。髪飾りは大輪の白薔薇を大胆にあしらってみた。


 ライナーが感極まったように目を潤ませる。


「ああ。色は気に食わないが、君によく似合っているよ……。十八歳の誕生日、本当におめでとう。リディア」


「ふふっ。ありがとう、叔父様」


 私もくすぐったく頷いた。


 ライナーは今日、王城を出る。

 王立病院の責任者は退き、これから一医者として辺境の村々を回るのだそうだ。医者も薬も足りない土地で、患者を救うために奔走するのだという。


「これはね、自分との勝負なんだよリディア。悪心に負けず、国のため人のために尽くすこと。きっとそれこそが、僕が償いとして為すべきことなんだ……!」


 力を込めて宣言するのに、アレンがつまらなそうに鼻を鳴らす。


「ま、せいぜい足掻くことですね。辺境ではきっと苦労の連続で、己の力不足に心折れそうになる日もあるでしょうが」


「し、失敬なッ! 自慢ではないがこの僕は、隣国にいた時から全ての患者を救ってきたんだ! 助けられなかった者などこれまで一人もいない!」


 まくし立てるライナーを冷たく眺め、アレンがやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。


「それは単に王族のあなたのプライドを傷つけないよう、周りが気を回していただけでしょう。治る見込みのある患者だけを診ていれば、それは誰も手遅れになりっこありませんよね」


「……!」


 ライナーがみるみる顔色を失った。

 よろけかけ、危ういところで踏みとどまる。


「そ、そんな……! だが、言われてみれば確かに……?」


「もお、叔父様! 今からそんなに考えたって仕方ないでしょう!?」


 パンと高らかに手を打ち、弱気になりかけたライナーに喝を入れる。

 余計なことを言うアレンをきゅっと睨みつけ、「大丈夫!」とライナーの背を叩いた。


「先達から言わせてもらえばね、問題は一つずつ潰していけばいいの! 悩みすぎずに行動あるのみ!」


「リディア……!」


 パッと顔を輝かせ、ライナーは取り落としたカバンをいそいそと掴む。

 ひとつ空咳をして、気恥ずかしそうに私に手を差し出した。


「それではもう行くよ。これからの僕の生き方、どうか遠くから見守っていてほしい」


「ええ。覚えていてね、ライナー叔父様。私達はいつだって自分自身と戦っているの。どれだけ離れたとしても、私とあなたはずうっと戦友なのよ」


 ぎゅっとこぶしを握れば、ライナーも笑って私の真似をした。

 二つの固く結ばれたこぶしが、コンと音を立ててぶつかる。こぶしを触れ合わせたまま、二人不敵に頷き合った。


「はいそこまでー!」


 途端に後ろから腕を引かれ、強引に引き離される。


「我々もそろそろ広間に向かわなくては。それでは永遠におさらばですライナー殿下、遠くの空よりご活躍をお祈りしますご機嫌よう」


「雑!!」


 アレンはわめくライナーに軽く手を振って、私を強制連行していった。廊下を進む彼の横顔はどこか不機嫌で、私はくすりと笑って頬をつつく。


「仏頂面になっていましてよ、婚約者様」


「広間に入ればちゃんと笑いますよ、婚約者様」


 広間に続く扉はざわめいていた。


 今日の主役である私達は、招待客が全員揃ったところで華々しく登場することになっている。まだもう少し時間はありそうで、私はそわそわと足踏みした。


「あああ、緊張するわ……! 生まれて初めての婚約発表……!」


「……婚約発表より何より先に」


 アレンが苦笑して、私の手を取る。


「喜びましょう、我が主。今日でとうとう十八になったのですよ! それがわたしにとっては、あなたと婚約できたこと以上に感慨深い」


「ええっ、つまりは婚約の方が軽いってこと!?」


 驚く私に、アレンは「もちろん」としかつめらしく頷いた。

 私の腰に手を当て、軽々と抱き上げる。私は悲鳴を上げてアレンの首にすがりついた。


 くつくつと笑いながら、アレンがあやすように私を揺らす。


「あなたがこうして生きて、笑って、わたしの側にいてくれる……。それがわたしにとっての何よりの幸せなのですよ、我が最愛なる悪逆王女様」


「あら。だったら……」


 アレンの頬に手を当てて、アイスブルーの瞳をじっと見つめた。


「アレンの幸せは確約されたってことね。だって私は、死ぬまであなたの側にいてあげるんだから!」


「それはそれは。恐悦至極に存じます」


 大真面目に見つめ合い、ややあって同時に噴き出した。

 緊張なんかどこかに吹っ飛んでしまって、私は大笑いしながらアレンに抱き着いた。耳元に唇を寄せ、秘めやかに囁きかける。


「世界で一番愛しているわ。アレン、私だけの魔法使い――……」



――了――

最後までお読みいただきありがとうございました!

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