表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/28

だって悪逆王女ですからね!①

 眩しいかもしれないと思ったが、外はせっかく気持ちいいぐらいに晴れ渡っている。

 分厚いカーテンを開き、窓も目いっぱい開けて部屋の空気を入れ替えた。消毒薬の匂いが薄くなり、やわらかな風が鼻孔をくすぐる。


「……う……」


「あら。起こしちゃった?」


 長いまつ毛に縁取られた目が、ゆっくりと開いた。アイスブルーの瞳がぼんやり瞬き、私を認めた途端にはっと力を取り戻す。


「主!……ぃっ」


「怪我人は大人しく寝てなさい! しばらく安静にって、お医者様だって厳命してるんだからね?」


 起き上がろうとしたアレンを叱りつけ、両手でベッドに押さえつけてやった。

 水差しから水を注ぎ、吸口をアレンの唇に当ててやる。アレンは味わうように目を閉じた。


「ライナー、は……?」


 弱々しいかすれ声に、私は眉をひそめて彼の顔を覗き込む。

 まだ微熱はあるものの、顔色はさほど悪くない。三日も寝っぱなしだったのだから睡眠は充分……とくれば、まずは消化のいいものを食べさせなくては。


 うわの空で扉に向かいかけ、すがるように私を見上げるアレンに気が付いた。仕方なく足を止め、肩をすくめてみせる。


「ライナーなら牢にいるわ。まるで悲劇の主人公のように、どっぷり己に浸っている最中よ。……そんなことより、何か食べられそう?」


「そんなことより、主に怪我は?」


「そうだわ! そんなことより、本当にごめんなさい! アレンが大怪我をしたのは、私をかばったせいだものね。一番にお礼を言わなきゃいけなかったのに!」


 そんなことより、と互いに応酬しながら、にぎやかに頭を下げる。

 アレンの頬がゆるみ、私はベッドの傍らに椅子を引き寄せ座った。手を伸ばし、瞳と同じアイスブルーの髪を撫でる。


「すぐにお医者様を呼んでくるから、大人しく待っていてね。厨房に命じて、美味しいスープも用意してもらうわ」


「……あなたさえいれば、他には何もいりません」


「まあ。私じゃお腹はふくれなくってよ」


 赤くなった顔を背け、ツンと顎を反らした。アレンが小さく含み笑いする。


 私はまた彼の髪を撫で、アレンは幸せそうに目を閉じた。


「……ね、アレン。私、アレンには本当に助けてもらったわ」


「…………」


 そっと囁きかけると、アレンはうっすら目を開けた。私の手から逃れるように、苦しげにかぶりを振る。


「いいえ。わたしの告白を聞いていたのなら、おわかりでしょう? わたしは二度もあなたを守りきれず――」


「過去の女の話はしないでくれる? 不愉快だわ!」


 ぴしゃりと遮ってやれば、アレンが絶句した。その唖然とした表情に噴き出しそうになりながらも、しいて怒ったようにアレンを睨みつける。


「今は私の話をしているのよ。私が今生きているのは、誰が何と言おうとあなたのお陰なの。……と、いうわけで! あなたの大好きな悪逆王女様が、ご褒美に何でも望みを叶えてあげるわ!」


 さ、言ってみなさい。


 偉そうに促すと、アレンはぽかんとした。

 しばし唇を引き結んで考え込み、ややあってためらいがちに口を開く。


「……何でも、ですか?」


「ええ。何でもよ」


 鷹揚に頷く私に、アレンがごくりと喉仏を上下させた。

 痛みに顔をしかめながらも身を起こそうとするので、私は慌てて彼の体を支える。けれど、アレンは小さく首を振って頭を垂れた。


「わたしの願いはたった一つです。――どうか我が主、リディア殿下。今生では天寿を全うしてください」


 予想外の願いに、私は目を丸くする。

 アレンは苦しげにあえぐと、私の手をきつく握り締めた。


「どうか当たり前に年を重ね、やがて老いて、子や孫に囲まれて……幸せな気持ちで、眠るように安らかに生を終えてください。そして願わくば、わたしにそれを見届けさせてほしい……っ」


 小さく咳き込み、それでもアレンは言葉を止めない。


「一番近くにいさせてくれだなんて、おこがましいことは到底言えません。それでも、わたしをあなたの従者でいさせてくれるのならば……。わたしは今度こそ、最後まであなたの側にいたいんだ……!」


「アレン……」


 体を折って苦しむアレンの背中を撫でて、私はもう一度彼をベッドに横たわらせた。

 荒い呼吸が落ち着くのを待ってから、私は微笑んでアレンを見下ろす。力なく落ちた手を取り、手の甲をぽんぽんと優しく叩いた。


「……うん。あなたの望みはわかったわ」


「主……!」


 顔を輝かせるアレンに、にっこりと頷きかける。


「嫌よ。絶対にお断り」


「…………は?」


 アレンの顔が凍りついた。


 私はアレンの手をぽいと放って、椅子から腰を上げる。アレンが慌てたように私に手を伸ばした。


「いや、何でも聞いてくれるって……!」


「私、嘘つきなの。きっと私の従者に似たんだわ」


 いたずらっぽく片目をつぶり、黄金の髪をかき上げる。


「そんな願いは叶えてあげない。だって私はもう二度と、私が死ぬところをあなたに見せるつもりはないんだから。私はね、今生では絶対あなたより長生きしてやるって決めてるの!」


 枕の横に手をつき、覆いかぶさるようにアレンの顔を覗き込んだ。熱に潤んだ、アイスブルーの瞳が頼りなく揺れる。


「……だからその代わり、今度は私があなたの最期を看取ってあげる。悪逆王女……いえ、きっとその頃には『悪逆女王』ね。あなたがこの世で最後に目にするのは、年を取ってなお最高に美しい私の顔よ」


「……っ」


 アレンが息を呑む。


 食い入るように私を見上げ、泣き出しそうに顔を歪ませた。

 閉じ込められた私の腕の中からは逃れられないのに、それでも抵抗するように精いっぱい顔を背ける。


「どうかな……。わたしも年老いて、目が悪くなってるかもしれませんよ。あなたの顔なんて、もう見えなくなってるかも」


「なら耳元で高笑いしてやるわ」


 間髪入れずに遮って、ぱっとアレンから体を離した。

 ベッドの縁に腰掛けて、さらさらした髪に指を絡ませる。


「ああ、耳が遠くなってても無駄よ? 容赦なく耳たぶを引っ張って、あなたが息を引き取るその瞬間まで、明るく楽しく高笑いし続けてやるわ」


「ふ……っ、くくっ。何ですか、それっ」


 アレンがこらえきれないように笑い出した。

 笑っているのに、その瞳からは涙があふれて止まらない。袖で乱暴にぬぐおうとするので、私は腕を掴んで引き止めた。


「……側に、いるだけじゃ足りないわ」


 指をすべらせ、濡れたアレンの頬を撫でる。


「あなたは私の一番近くにいるの。後ろでも前でもなく、あなたがいるべきは私の隣。嫌だと言っても、逃してなんかあげないわ」


「…………」


 アレンが静かに目を閉じた。

 歯を食いしばって嗚咽をこらえ、体を小さく震わせる。涙が一筋、頬を流れた。


 レースのカーテンを揺らし、やわらかな風が吹き抜ける。

 私はそっと顔を寄せ、固く閉じたまぶたに口づけをひとつ落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ