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いざ敵地へ!③

「さあアレン、好きなだけお飲みなさい。優しいご主人様が許してさしあげてよ」


 ソファにふんぞり返って告げれば、アレンは無言でテーブルに視線を落とした。所狭しと並ぶのは、あらゆる銘柄、あらゆる年代の大量の酒瓶――……


 アレンが噴き出しそうな顔を上げる。


「あのですね、主。突っ込みどころは多々ありますが、こんな大量の酒を一体どこから」


「お父様の部屋から没収したの。ああ、一度にじゃないわよ。何度叱ってもこっそり溜め込むものだから、最終的にこれだけ増えてしまって」


 お酒は食事の時に一杯まで、なおかつ週に一度は休肝日を作ること。

 お父様にはそう約束させているが、それでも彼はせっせと自室に酒を持ち込む。まるで木の実を溜め込むリスのようないじましさだ。


「取り上げると毎回大泣きされるのよね~……。『だってだってぇ、美しい瓶を眺めるのもお父様の趣味なんだもん~!』とか、子供かって駄々までこねるし」


 ため息をつけば、アレンは笑って瓶を一本取り上げた。瓶の表面を指で撫で、明かりにかざしてしげしげと見つめる。


「そのご趣味は、同好の士としてわからないでもないですがね」


「あら! アレンってばお酒好きだったの? それじゃあ早速、酔い潰れるまで飲むといいわ!」


 喜び勇んでグラスを用意するが、アレンはきっぱりとかぶりを振った。


「駄目です。無事にあなたの十八の誕生日が過ぎるその日まで、わたしは一瞬たりとも油断するつもりはないのですから。酔い潰れるなどもってのほか」


「大丈夫よ! 私は飲まないから!」


「だ、め、で、す」


 くうっ。

 この強情従者め!


 むくれつつ、次なる手を腕組みして考え込む。

 今の私はエメラルドグリーンのドレスを脱ぎ捨て、ゆったりとした部屋着のドレスに着替えていた。あの美しいドレスが視界から消えた瞬間、正直言ってせいせいした。


 酒瓶を全てテーブルから片付けて、アレンが温かいお茶を淹れてくれる。小さな砂糖菓子も添え、私の前に給仕した。


「主。パーティでさぞかしお疲れでしょうに、どうして突然酒盛りなんです? 夜更かしは美容の大敵ですよ」


 向かいのソファに腰掛けながら、アレンが探るような視線を私に向ける。


「……ライナーと、一体何の話をされたのです?」


「…………」


 私はふっとアレンから目を逸らす。

 ライナーとの会話を教えるつもりはなかった。話したところで、アレンがますますライナーへの悪感情を募らせるだけだからだ。


(……それよりも)


 もうこうなったら小細工はせず、正攻法で行こう。

 私はアレンの方にぐっと身を乗り出した。


「アレン。本当はお酒で口をなめらかにしてから聞き出すつもりだったけど、まあいいわ。あのね、私はあなたに聞きたいことがあるの」


 アレンの顔が強ばった。

 けれど私は構わず、揺れるアイスブルーの瞳を睨みつける。


「アレンがライナーを敵対視する、その理由が知りたいの。あなたは、ライナーが私に危害を加えると思っているのでしょう? それはどうして? だって、今の私はライナーに断罪される理由なんてないのに」


 畳み掛けるように尋ねると、アレンはみるみる顔色を悪くした。


「何か私に隠していることがあるでしょう。ライナーが私の敵だという揺るぎない確証を、あなたは一体どこから得たの? お願いだから全部正直に話してちょうだい」


「……、す……」


 アレンの口から微かに声が漏れる。

 聞き取れなくて、私は立ち上がって彼の隣に腰を下ろした。耳を傾ける仕草をすると、アレンは胡乱な目を私に向けた。


「アレン?」


「嫌です。絶っっっ対に、教えない」


 ……はああん?


 目が吊り上がるのが自分でもわかった。

 アレンが拗ねたように顔を背けたので、私は彼の襟元を荒々しく引っ掴む。


「私、あなたとは運命共同体だと思ってたんだけど!? 隠し事なんてしていいと思ってるわけ!?」


「…………」


「だんまりしないっ! 何なのよそのふくれっ面はっ!?」


 がっくんがっくん揺さぶるのに、アレンは器用に頬をぷっくり膨らませていた。この男も子供かっ!


「もおおっ! 話してくれなきゃ警戒しようがないでしょお!? 少なくとも今のライナー叔父様は、まだ何も悪いことはしてないのよ!」


 アレンがキッと私を見る。


「これから絶対するんです! 人間の性根はそう簡単に変わるものじゃない。どんな手を使ってもあの男は排除しますから、主はただあいつに気を許さないでいてくれれば」


「嫌よ! 教えてくれないならライナーと仲良くなってやる! 毎日毎晩あいつに抱き着いて、リディアねぇ叔父様だぁい好きなの!って全身全霊で懐いてやるわ!」


「はああっ!? ふっざけるな、そんなの許せるわけがないだろう!!」


 珍しくアレンの口調が乱れていた。


 二人激しく息を乱しながら睨み合う。ややあって、アレンが逃げるように目を伏せた。


「……隠し事をしていたことに関しては謝ります。ですが本当に、今はまだ話せないのです」


 苦しげに声を詰まらせる。


「もう少し……、もう少しだけ、待ってください。あなたが無事に十八を迎えたその後に、必ず全てを話すと約束しますから」


「……わかったわ」


 仕方なく私は頷いた。


 納得したわけでは全くない。けれどアレンがあまりに辛そうだったから、そう答えざるを得なかったのだ。


 きつく膝を握りしめる彼の手をそっと取ると、アレンの肩が跳ねた。

 アイスブルーの瞳を見つめ、私は深く頷きかける。


「あなたが話してくれるまで待っててあげる。……その代わり」


 放り投げるように手を離し、勢いよく立ち上がった。


「私は私で好きに動かせてもらうわ! 私の華麗な話術でライナーを翻弄し、彼の化けの皮を剥がしてやりましてよ! ホーッホホホホホ!!」


「ええええっ!?」


 アレンが絶叫する。

 挑戦的に彼を見下ろせば、アレンはしばし眉根を寄せて考え込んだ。やがて考えがまとまったのか、決然と顔を上げる。


「承知しました、主。わたしはわたしで調べたいことがあります。今なら我らが多少距離を取ったとしても、ライナーは不審がらないでしょう。……君はアレン・クロノスに騙されている、目を覚ませ、などと吹き込んできたんですよね。どうせあの男のことだから」


 うぐっ。

 きっちり見抜かれてるし!


「幸い、今あの男の目はわたしに向いている。主はわたしとあの男のどちらを信じるべきか、迷って心揺れている振りをしてください。その演技を続けているうちは、あの男の当面の敵はわたしになる」


「でも……、それじゃあ逆にアレンが危険になるんじゃない?」


 慌ててすがりつく私を、アレンは穏やかに見つめた。私の手を取り、両手で包み込むように握ってくれる。


「わたしは絶対に負けません。あなたを必ず、平穏な未来に送ってみせる。あなたは十八の誕生日を盛大に祝い、その先も幸せな日々が続いていくのです」


「その時は……もちろん、アレンも一緒よね? その先もずっとずうっと、私の側にいてくれるのよね?」


 気圧(けお)されながらも確かめると、アレンの表情が一瞬だけ凍った気がした。


 けれどすぐに、何事もなかったかのように笑みを浮かべる。


「――ええ。約束しますよ、我が主」

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