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宣戦布告いたしますわ②

「ふう。これで大体回れたかしらね」


「そうですね。お疲れ様でした、主」


 動き出した馬車の中、アレンが優しくねぎらってくれる。

 けれどアイスブルーの瞳がいつもより暗く翳っているのを、私は決して見逃さなかった。


(当然よ。だって……)


 この二年、アレンは片時も離れず側にいてくれた。ふざけながら、からかいながら……精いっぱいの献身を私に捧げてくれたのだから。


 アレンは窓に目を向け、流れていく景色をぼんやりと眺めている。

 その瞳に私を映したくて、私は乱暴に彼の腕を引いた。


「……主?」


「アレン。ご主人様は空腹でしてよ!」


 居丈高に告げると、アレンはぱちぱちと瞬きした。

 表情が動いたのに満足して、「甘い物が食べたーい!」と腹の底から叫んでやる。アレンが思わずといったように噴き出した。


「はいはい。城に帰るまで我慢してくださいませ、我が高慢なる悪逆王女様」


 あやすように言われ、私はツンと顎を上げる。


「い、や。帰りたくない」


 アレンは苦笑したが、これは決して嘘じゃない。


 だって、帰ったら嫌でも『あの男』の顔を見なければならない。

 上辺だけ取り繕ったようなあの笑みも、私を品定めしているようなあの眼差しも、真意が読めずに不気味だった。


 唇を噛む私を、アレンがじっと見つめる。


 アレンの手が私に伸びかけて、迷うように引っ込んだ。すかさずその手を追って、逃がすものかと握り締める。


「お土産を買って、孤児院に顔を出しましょう。子供達と遊べば気分も軽くなるわ。……私も、それからあなたもね」


「…………」


 アレンは答えず、ただ私の手をきつく握り返した。



 ◇



「ごきげんよう、手下の皆さん! 今日も遊びに来ましたわよ!」


「わあっ、お姫さま!!」


「お土産なぁに~!?」


 ころころと子供達が群がってくる。


 笑いながら子供達にクッキーの大箱を渡し、早速お茶を淹れておやつを楽しんだ。

 それからバザーの商品作りの進捗状況を確認し、ついでに子供達の読み書きの勉強も見てあげる。アレンは「護身術」と称し、運動の得意な子供達に身の守り方を教えてやっていた。


 ライナーがやってきて一週間――……久しぶりに見る、アレンの生き生きとした様子に安堵する。


「お疲れですか、リディア殿下ー?」


 ひょいと顔を覗かせたチェスター院長に、「ちょっとね」と肩をすくめてみせた。


「面倒な客人……いいえ。客じゃなくてずうっといるからこそ、警戒しなきゃいけない人物が来たっていうか」


 言葉を濁せば、勉強していたメイが心配そうに眉を下げる。


「お姫さま。シンに頼んでやっつけてもらいましょうか? シン、あれから一生懸命に体を鍛えてるんです」


「ふふっ、ありがとう。シンったら今も熱心にアレンの稽古を受けてるみたいね?」


 後方に視線を向けると、今まさにシンがアレンから投げ飛ばされたところだった。シンはくるんと一回転して見事に着地する。


 すごいすごい、とメイと一緒にはやしたてた。


「……大丈夫よ。私には可愛い手下がいっぱいいるし、生意気で口が悪くて意地悪な下僕だって付いているんだから」


 こうして口に出してみると、改めてお腹の底から力が湧いてくる。

 メイの頭をぐりぐりと撫で、勉強机から腰を上げた。


「今日はありがとう! また近い内に顔を出すわね。チェスター院長、そろそろ失礼させていただきますわ」


「はいはい。いつでもいらしてくださいね、リディア殿下。子供達もとっても喜びますから」


 アレンも呼び寄せ、階下に降りて玄関へと向かう。チェスター院長、メイとシンを含め、子供達もぞろぞろと付いてきた。


 アレンが扉を開いた瞬間、見覚えのある後ろ姿が目に飛び込んでくる。


「……ライナー叔父様?」


 小さく呟くと、男が弾かれたように振り返った。

 私を認めて目を見開き、せかせかと大股で歩み寄ってくる。


「リディア? 君は確か工房を回っているのではなかったかい?」


「ええ。一週間かけて数軒ずつ巡って、先程無事に終えたところですの。今は息抜きがてら、院に遊びに来たところですのよ」


 みるみる顔を険しくするアレンを押し留め、素っ気なく答えた。ライナーは気にしたふうもなく、「ああ」と朗らかに頷く。


「君がこの孤児院に目をかけているのは知っているよ。それで僕も視察に来ようと思い立ったんだ。君が頑張ってくれているお陰か、建物は綺麗に手入れされているし、子供達も心身共に健康のようだね。これを見れば、亡き父上もさぞ喜ばれることだろう」


「…………」


「でもね、リディア」


 不意に声を落とし、たしなめるような口調に変わる。


「ここばかり特別扱いするのは、正直感心しない。贔屓していると見れば不満に思う人々もいるだろう。一国の王女として、相応しい振る舞いとはとても言えないな」


 子供達があからさまにムッとした表情を浮かべた。

 アレンは冷たい眼差しをライナーに向け、チェスター院長はいつもどおり呑気に微笑んでいる。事の成り行きを見守る体勢の大人二人と違い、子供達がわっと一斉に口を開いた。


「ひいきじゃないよ! お姫さまが来るようになって、近所の子だっていっぱい院に遊びに来るようになったんだ!」


「あたし! あたしこの院の子じゃないけど、ちゃんとお姫さまは手下にしてくれたもん!」


「バザーで来る大人のひととも、お姫さまは仲いいんだよ!」


「ふふっ。ありがとう、皆」


 興奮する子供達の頭を撫でて、私はきっぱりとライナーに向き直る。


「ご忠告感謝いたしますわ、叔父様。()()()()()()()、もっと広い視野を持つよう務めなければなりませんわね」


 力を込めて言えば、ライナーはふっと瞳をやわらげた。

 屈んで子供達と目線を合わせ、「ごめんね」と穏やかに謝罪する。


「僕は決して、君達のお姫様をいじめてるわけじゃないんだよ。ただ心配しているだけなのさ。身寄りのない可哀想な子供達を利用している、と受け取る意地の悪い人間だって世間にはいるからね。王族の人気取りの道具に……、いや、これは君達に言う話じゃなかったな」


 慌てたように口をつぐむ男に、頬がカッと熱くなる。

 怒りのまま前に出かけた私を、アレンがさっと制した。


「さすがはライナー殿下です。真実を見抜く目を持っていらっしゃる」


「……は?」


 呆けたように瞬きするライナーに、アレンははっきりとした冷笑を向けた。


「まさにリディア殿下は、この孤児院を人気取りの道具とされているのですよ。――そうだな、皆!?」


 アレンが子供達に呼び掛けると、子供達はすぐさま飛びつくように頷いた。


「そうそう! お姫さまが『ぎぜん』してるのくらい、ここのみんな知ってるんだから!」


「だからボクらはお姫さまと遊べるし、おいしいおやつだってもらえるんだよ!」


 それまで無言でライナーを睨みつけていたシンが、ぼそりと付け加える。


「……オレらが得をして、お姫さまも得をする」


「うん! あたし達がしあわせで、お姫さまもしあわせなの!」


 メイも勢い込んで加勢すると、チェスター院長がうんうんと頷いた。会話を締めくくるように、ポンと高らかに手を打つ。


「はい皆さん、これぞまさしく『一挙両得』という状況ですね。いやあ、リディア殿下のお陰で良い勉強ができましたね~!」


「…………」


 盛大に引きつるライナーの顔を横目に、私はド派手な扇をパッと開いた。


「そういうわけですのよ、ライナー叔父様。ホーッホホホホホ!!」


『ほーっほほほほほ!!』


 手下の女の子軍団も、元気に唱和してくれた。

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