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宿敵、現る!?①

 ――それから、日々は目まぐるしい速度で過ぎていき。


 メイやシンを含め、子供達と仲良くなった私は孤児院での慈善事業を継続することにした。


 元気いっぱいで賑やかな子供達との交流は楽しかったし、次期女王として勉強漬けの日々の息抜きとなった。何より孤児院を通して、市井の人々の生活を知ることができるのが大きな収穫だった。


 月一回のバザーにもほぼ毎回協力して、私のウサちゃん人形はバザーの目玉商品となった。……魔除けのご利益があるとか何とか、妙な噂が出回ったせいだと思う。多分。


「主の姿に感銘を受けた貴族達も、こぞって慈善事業に注力しているそうですね」


 アレンの言葉に、私もうきうきと頷いた。


「ええ、とってもいいことよね。城下で奉仕活動をしたり、病院に薬を寄付したり。面白いものだと学校に出張授業に行く、なんていうのもあるみたい」


「なるほど。では主も『悪女講座』なんてやってみてはいかがです?」


「するか!」


 この男は相も変わらず悪逆王女の大ファンだった。


 ソファで優雅に寛ぐ従者にゲンコツを落とし、ドレスの裾を揺らして姿鏡の前に移動する。


 大人びてきた自分自身を、上から下まで睨むようにして見据えた。


「十七歳の誕生日パーティも無事に終わって、残るはあと一年、か……」


 そう、昨日が私の十七歳の誕生日だった。


 鏡に映る私は、あの日夢に見た『悪逆王女』の姿に日に日に近付いていく。焦燥は募るし、恐れる気持ちがないと言ったら嘘になるものの、私に以前ほどの悲壮感はなかった。


 探るように私を見つめる視線を感じて、私は自信たっぷりに笑みを浮かべた。


「大丈夫。あとたったの一年ぐらい、根性で乗り切ってみせるわ! 今の私は、巻き戻る前の私とは全然別の人間だもの。ね、アレンもそう思うでしょ?」


「……そう、ですね」


 なぜか少しだけ間を置いて、アレンが噛み締めるように頷く。

 その態度を不審に思って振り返れば、立ち上がったアレンが厳しい眼差しを私に向けていた。思わず息を呑む私を見据え、静かに口を開く。


「主、どうかゆめゆめ気はゆるめませんよう。――運命に抗うための残り一年、主には特に注意していただきたい人物がいるのです」


 アレンはいつになく真剣な表情をしていた。切羽詰まってる、と言い換えてもいいぐらい。


 不安に襲われそうになりながらも、私はぐっとこらえて背筋を伸ばした。アレンの望む悪逆王女らしく、派手な扇を開いてフンとせせら笑う。


「アレンがそこまで言うなら、よっぽどの重要人物ってことよね。いいわ、言ってみなさい。それは誰なの?」


 あえて偉そうに命じると、アレンはようやく強ばった顔をゆるめた。私に歩み寄り、芝居がかった仕草でお辞儀する。


「では、我らが最大の敵について申し上げます。――その男は幼き頃より『神童』ともてはやされ、頭脳明晰、優秀なだけでなく情に厚い。身分の上下を問わず公明正大で、その高潔な人柄は誰からも慕われ愛される」


「…………」


 ごく、と固唾を呑んでアレンの答えを待った。

 まるで獲物を狙うように、アレンは美しいアイスブルーの瞳を細める。


「レオン陛下の弟君にして、主の叔父上。――ライナー・オーレイン殿下です」


「……え?」


 告げられた予想外の名に、私は悪女演技も忘れてぽかんと呆けてしまった。考え込む私の脳裏に、じわじわと『彼』の面影が蘇る。



 ――ライナー・オーレイン。



 お父様の年の離れた弟で、確か今年で二十五になるのだったか。


 ここ数年は全く会えていないけれど、男性とは思えないくらい綺麗な人だった。いつも穏やかに微笑んで、姪である私のこともすごく可愛がってくれた。


(だけど……)


 じっと唇を噛んで考え込み、慎重にアレンを見上げる。


「ライナー叔父様が私達の敵であるとして、警戒する必要がある? だって今、叔父様は国内にいないじゃない」


 そう。


 我が国きっての秀才と名高かった彼は、十六歳で医療大国である隣国に留学した。そして現在も、隣国で医師としての研鑽を積んでいると聞く。


 しかし、アレンはきっぱりとかぶりを振った。


「正史では、今から三ヶ月ほど後にレオン陛下が病に倒れられるのです。病床の陛下は隣国からライナー殿下を呼び戻され、殿下が代理で政務を執り行うこととなります」


「なぁんだ、だったら問題ないじゃない。お父様は倒れたりしないのだから、叔父様が帰国することもないわ」


 アレンの言葉を私は気楽に遮った。


 お父様が倒れ、そして病死するという恐ろしい未来。


 アレンから聞き出したところによると、未来のお父様の体調不良は、心労によるところが大きかったらしい。

 もちろん心労の最たる原因は、愛娘の悪行三昧と激しい国民批判。悪化の一途を辿る国内景気に、度重なる財政赤字。


 見たくない現実から逃れるため、お父様は毎晩浴びるほど深酒をしていたのだという。


「だからこの二年、私とあなたでお父様の健康改革に力を入れてきたじゃない? お陰で今のお父様は健康そのものだわ」


 日々の食事はシェフに命じて野菜中心の献立に。

 お肉大好きなお父様は最初は子供のように駄々をこねたけれど、可愛い娘に睨まれ今は黙々と食べている。


 そして健康作りには運動も欠かせない。

 お父様と一緒に踊りたいの!とおねだりして、週に数回は強制的にダンスの練習に付き合わせた。その甲斐あって、太り気味だったお父様は見違えるほどすっきりとした体型になった。

 王様って見栄えがいい方が国民も喜ぶから、まさに一石二鳥なのよね~。


 うんうんと頷く私をよそに、アレンは難しい顔を崩さない。


「確かに、今の陛下の健康状態には何ら問題ありません。このままいけば、ライナー殿下が帰国する未来は来ないかもしれない」


 ですが、とアレンは語気を強めた。


「どうか忘れないでください、主。陛下亡き後、喪も明けぬうちにあなたを拘束し投獄したのは、他ならぬライナー殿下だということを。情け容赦なく処刑を命じたのが、あのかただということを」


「…………」


 心臓がどくんと嫌な音を立てる。


 ぎゅっと目をつぶれば、在りし日のライナー叔父様の笑顔が浮かんだ。



『リディア。可愛くて完璧な僕のお姫様』


『君は、世界中の誰からも愛されている』


『君は選ばれた特別な存在なんだよ。君が望めば手に入らぬ物など、この世に一つもありはしない』



 耳に心地よい低い声でそう告げて、砂糖漬けみたいに私を甘やかしてくれた。こうして思い出してみると、結構な叔父馬鹿だったと思う。


(……昔はそれが、可愛い私には当然の賛辞だと思ってたんだけどね)


 鼻高々で威張っていた幼い頃の自分を思い出し、なんとなく赤面してしまう。うん、ライナー叔父様が叔父馬鹿なら、私は単なる勘違い姫だったわね。


 くすくす笑う私を見て、アレンが驚いたように目をしばたたかせた。

 それに気付き、私は「大丈夫」と大きく頷く。


「ライナー叔父様は多分、国のために苦渋の決断をされたのよ。……きっとそうしなければならないほど、未来の私は国にとって害になる存在だったんじゃないかしら」


 静かに告げると、アレンが苦しげに顔を歪めた。はっとして、私は慌てて彼に手を伸ばす。


「も、もちろん今の私は違うけどね! 今の私には叔父様に断罪される理由なんてないんだから、安心して!」


「…………」


 アイスブルーの瞳が揺れた。


 アレンはまるで逃げるようにうつむいて――……伸ばしたままの私の腕を引き寄せる。

 あっと思った時にはもう、力強く抱き留められていた。


「……っ。アレ」


「主。どうか約束してください」


 くぐもった声が頭の上から聞こえる。


「安心なんか絶対にしないで。ライナー・オーレインに気を許さないで。奴は敵です。奴はあなたを、破滅に導く敵なんです……!」


「…………」


(どうしてかな……)


 アレンが、泣いているような気がする。


 いつも腹が立つくらい飄々としているくせに。

 私をからかってばかりいるくせに。


 小刻みに震える腕の中で目をつぶる。

 すっかり体を預け、小さく頷いた。


「……主」


「ん、わかった。約束……じゃなくて、誓ってあげる」


 ようやく少しだけ腕をゆるめてくれたので、私は笑って彼を見上げる。


「ライナー叔父様……いいえ」


 取り落とした扇に目を落とせば、アレンが慌てたように床から扇を拾い上げた。

 鷹揚に受け取って、バッと勢いよく開く。


「ライナーごときが、悪逆王女たるこのわたくしに勝てると思って!? おめおめと帰国してきたが最後、見事返り討ちにしてあげるわ! ホーッホホホホ!!」


 ふんぞり返っての高笑いに、アレンがふはっと噴き出した。

 お腹を抱えて笑い転げて、ややあって息も絶え絶えに拍手する。


「さすが……、それでこそ、我が主、です」


「ふふん。当然よ」


 たとえこの先何が起こったとしても、誰が邪魔してきたとしても。


 ――私は絶対に、あなたと一緒に生き抜いてみせると決めたんだから!

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