悪逆王女、悪を斬る!②
昼食とデザートのドーナツをお腹いっぱい食べ、バザーの片付けを終えてから。
もうじき夕暮れという時刻、孤児院に横付けされた豪華な馬車がゆっくりと去っていく。
――本来ならば、私はこの馬車に乗って帰路につくはずだったのだけれど。
「帰った振りをする必要、ある?」
「ええ。貴族がいると知られれば、奴らが用心する可能性もありますから」
淡々とアレンが答え、メイがびくりと肩を跳ねさせる。院長室に呼び出された彼女は、ひどく強ばった顔をしていた。
孤児院の外に妙な男達がたむろしていた、とアレンから聞かされたせいだ。事務机に座るチェスター院長も、沈み込んだ様子で考え込んでいる。
「……その男達は、本当にメイを追っているんでしょうか」
「確証はありませんがね。門の陰に隠れ、メイの様子を窺っているように見えたのです」
アレンが慎重に告げると、メイは深くうつむいた。その瞳に涙が浮かんでいるのが見えて、私は慌てて彼女の肩を抱き寄せる。
「……お姫さま」
すべすべした眉間に皺を寄せ、メイが苦しげに私を見上げた。
「あたし、心当たり、あります」
「えっ!?」
「借金取り、です。死んだお母さん、お金をたくさん借りてたから……」
メイの言葉に絶句していると、チェスター院長が深々とため息をついた。そうして、いつになく厳しい面持ちで私とアレンを見比べる。
「ここから先は僕が説明します。……メイ、構わないかい?」
メイが小さく頷いた。
それを見て、アレンが私とメイをソファへと誘導する。自身は立ったまま私の後ろに控え、チェスター院長に促すような視線を向けた。
「――メイの母親は体が弱く、細々した手仕事で生計を立てていたそうです。足りない分は借金で補っていましたが、持病が悪化して帰らぬ人となりました」
感情を交えない声で、院長が静かに語り始める。
借家の大家の好意で、簡易ながら葬式は出してもらえたそうだ。その後、メイの身の振り方を決める話し合いをしている最中、突然家に借金取りが押しかけてきたのだという。
「連中は借金の形にメイを花街に売ると通告し、強引にメイを連れ去ろうとしました。大家が必死で止めている間に、メイは裏口から逃げ出したのだそうです」
「……それはそれは。英断でしたね、メイ」
アレンからおどけたように褒められて、メイはようやく少しだけ頬をゆるめた。
「咄嗟だったから……。とにかく遠くへ行かなきゃって思って、家から離れたこっちの街区に逃げてきたんです。それで、親切なパン屋のおじさんにここに連れてきてもらって」
孤児院に来たばかりのメイは、心労と飢えで体が弱りきっていた。そのためチェスター院長はメイを外に出さなかったそうだが、そのお陰で今日まで借金取りに見つからずに済んだのだろう。
「連中はずっとメイを探していたのかもしれないですね。……これは、僕のミスです」
「院長のせいじゃないわ。メイをお使いに出したのは私だもの」
私が口を挟むと、アレンがパンと高らかに両手を合わせた。
「はい、お互い自分を責めるのはやめにしましょうね。……わたしはむしろ、これは良いタイミングだったんじゃないかと思うんですよ」
予想外のアレンの言葉に、私達は目を丸くする。
「どうして?」
「だって、こちらが気付かぬ隙にメイを連れ去られたわけじゃない。それに今日ならば、主の護衛という頼もしい味方もいるじゃないですか。後顧の憂いを断つためにも、速やかに借金取りを捕らえるべきです」
人身売買は法律で禁じられていますからね、と厳しく告げた。
「……そうね」
少しだけ考え、私は決然と頷く。
「連中は多分、孤児院に忍び込んでメイをさらうつもりなのよね? だったらこちらは、警備を厳重にして迎え撃つだけだわ!」
「だ、ダメですお姫さまっ!!」
突然メイが大声を出して、私達は驚いて彼女を見た。メイは目にいっぱい涙を浮かべ、しゃにむに首を振る。
「あたしは、あたしのために、他の子たちまで危険な目に合わせたくないですっ。それよりも、あたしがもう一度外に出ればいいと思うんです。そうすればきっと、あの人たちはあたしを狙って来るんでしょう?」
「それこそ駄目だわ! メイが危険すぎるもの!」
声を荒げる私の後ろから、アレンがあっけらかんと口を挟んだ。
「ああ、今まさにそれをお願いしようと思っていたんですよ。メイ、君には囮になってもらいます」
「アレン!?」
振り向いて彼を睨みつけるが、アレンは堪えたふうもなく肩をすくめる。
「こういうことは変に長引かせず、とっとと解決し方がいい。連中が現れるまでずっと、一部の隙もなく孤児院を警護することなど不可能ですしね」
「そうかもしれないけど、でも……!」
「大丈夫。大事な手下ならば、主がその手で守り抜けばいいだけの事。護衛も主の命令ならば協力すると約束してくれましたし、それに何より……」
私の耳元に唇を寄せ、秘密めかして声をひそめた。
「……主には、他の誰もが持っていない規格外の反則技があるじゃないですか。『魔法使い』という、最強の禁じ手がね」
美しいアイスブルーの瞳を細め、いたずらっぽく微笑む。
まじまじとその瞳を見返して、私は勢いよく噴き出した。……そうだ。私には、私だけの魔法使いがついている!
胸の奥から勇気が湧いて、メイの肩を力強く抱き締める。
「メイ、私が必ずあなたを守ると約束するわ。だからどうか、勇気を出してもらえるかしら」
「はいっ!!」
メイがとびっきりの笑顔で頷いた。




