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どうやら私は死ぬらしい?①

 キィン――……!


「痛っ!?」


 突然、何の前触れもなく脳天を鋭い痛みが突き抜けた。

 私は悲鳴を上げて崩れ落ち、頭を抱え込んでうずくまる。


 今日は一国の姫たるこの私、リディア・オーレインの十五歳の誕生日。

 とびっきりの一日になるはずだったのに、一体何が起こったのか。今日のパーティのためにあつらえた、最高級のドレスの裾が幾重にも床に広がった。


 まるでこめかみに釘を打ち込まれたような、容赦のない痛みに吐き気が込み上げる。目尻からは生理的な涙がぶわりと溢れた。


「リディアッ!?」

「姫様! どうなさったのです!?」

「早く医師を呼んでこい!」


 王侯貴族の集った会には相応しくない、ひび割れた悲鳴がそこかしこから聞こえてくる。その中には、父である国王レオンの動揺した声も混じっていた。


「リディア、リディア。しっかりするのだ、すぐに医師が来るからな――」


 震える手で私の肩を抱いてくれる。


 父に大丈夫だと答えてあげたいのに声が出ない。

 母を亡くしてからの父は、子供である私から見てもひどく臆病になった。唯一の娘である私を失うことを、何よりも恐れているのだ。


(おとうさま……)


 少しずつ周囲の喧騒が遠ざかっていく。

 私ははくはくと口を開けて天井を見上げた。耳だけでなく目もうまく働かず、きらびやかなシャンデリアの灯りが滲んで明滅する。救いを求めて霞む目を必死で凝らした。



 ――たすけて。

 あたまが、われるみたいにいたいの。だれか、だれかいますぐに、わたしをたすけて――……



「……っ」


 不意に、鋭い視線に絡め取られて息を呑む。


 ぼやけた視界の中で、一人の男の姿だけがやけにはっきりと目に飛び込んできた。

 漆黒の礼服に身を包んだ、冴え冴えとしたアイスブルーの髪と瞳を持つ男。何の感情も浮かんでいないその顔は、まるで作り物みたいに整っている。


 私は瞬きすら忘れて男を見つめた。男も切れ長の目を細めて私を見る。


 永遠にも思える時間が過ぎてから、男がその口元を微かに歪めた。


「ククッ」


(うそ……)


 ……嘲笑(わら)ってる?


 王の唯一の子にして、次期女王たるこの私を。

 太陽のように輝かしく月のように美しい、国が誇る至宝たるこの私を。


(――許せない!)


 カッと頬が熱くなり、辛うじて保っていた思考が焼き切れる。


 激しい怒りを胸に燃やしたまま、私の意識は闇へと沈んでいった。



 ◇



 ――足りない、まだまだ足りないわ!


 ――もっと、もっとよ! これっぽっちの宝石で、このわたくしが満足すると思ってるの!?


 ――国民がどうなろうと知ったことじゃないわ! それよりわたくしの新しいドレスはまだなの!?



 なめらかな肌触り、まるで大輪の薔薇のように艶やかなドレス。

 私が少し動く度、散りばめられた宝石が光を弾いてきらきら輝く。真っ赤なドレスはあまりに豪奢すぎて、きっと平凡な人間が着たらドレスに負けてしまうに違いない。


(けれど、もちろんこのわたくしは違うわ)


 周りを囲む侍女達が、思わずといったように感嘆の息を漏らした。

 当然だ。鏡に映る私は、我ながら惚れ惚れするほどに美しい。


 すらりと伸びた肢体に豊満な胸、そして輝くばかりの黄金の髪。雪のように白い肌は、毎夜侍女たちの手によって丁寧に磨き上げられている。


 数えきれないドレスを試着しながら、私は気まぐれに手を伸ばしては芸術品のようなチョコレートをつまむ。


(美しいわたくし。綺麗なドレスに、甘いお菓子。ああ、とってもしあわせだわ――……)



 …………


 …………



「……ぅ……」


 ぼんやりと意識が覚醒する。


 涙の浮かぶ目をこすり、恐る恐る周囲を見回した。けれどそこは見慣れた自分の部屋で、体からほっと力が抜ける。


(変な夢、見ちゃった……)


 頭の痛みはもう、なかったことのように治まっていた。

 寝返りを打って枕に顔をうずめ、クスクスと思い出し笑いする。


 夢の中の私、今より少しばかり成長した私。綺麗でスタイルが良くって、とんでもない美女になっていた……。

 もちろん私は今だってこんなにも可愛らしいのだから、当然といえば当然なのだろうけど。


 ベッドから軽やかに降り立って、鏡の中の己を熱っぽく見つめる。


「未来の私、大人っぽくてステキだったなぁ」


「そうですね。まあ残念なことに、リディア姫の人生はそこで終わりを迎えるわけですが」


「きゃああっ!?」


 突然、部屋の中に聞き慣れない男の声が響く。

 慌てて振り返った先には、悠然と腕組みする長身の男が立っていた。眠っている姫の自室にこんな男がいていいはずがなく、私は震えながら後ずさる。


 男が無言で距離を詰めてきて、私は驚きに目を見開いた。


「あ、あなた……!」


 透き通るようなアイスブルーの髪と瞳。

 美しく整った顔立ち。

 そして――氷さながらに冷えきった眼差し。


(私が苦しむのを……嘲笑って見ていた男だ!)


 あの時の怒りがまざまざと胸に蘇る。

 憎悪の炎を燃やす私を見て、男はまたしても蔑むような笑みを浮かべた。


「そう、あなたは死ぬのですリディア姫。このままでは十八という花盛りに、断頭台の露と消えてしまうことでしょう」


「な、何を……、言ってるの?」


 この男、頭がおかしいのじゃないだろうか。


 ベット脇に備えられた呼び出しベルに、私はさっと視線を走らせる。しかし私が手を伸ばすより早く、男がベルを取り上げてしまった。


「……っ。返して!」


「お断りします。あなたにはわたしの話を聞く義務がある。そして、己の死の運命に抗う義務もね」


 ……義務?


 唖然とする私を鼻で笑い、男はどさりと椅子に腰掛ける。無言で目の前を指し示したので、私も腹立だしく思いながらも従った。


(だって……、仕方ないじゃない)


 倒れた姫の枕元に、侍女の一人もいないのは明らかにおかしい。

 となるときっと、この男は――……


 テーブルを挟み、名も知れぬ男をキッと睨みつける。


「あなた、お医者様なのね? 私の看病を命じられたのでしょうけど、起きた途端におかしな冗談を言うだなんて悪趣味だわ。即刻、お父様に言いつけて解雇してもらいます」


 高飛車に告げたのに、男は顔色ひとつ変えやしなかった。それどころか興味深そうに身を乗り出し、まじまじと私の顔を覗き込む。


「なるほど、この頃から随分と口の回るお姫様だったのですね。いや、これは更生させ甲斐があるというもの」


「更生って何よ!?」


 歌うような口調を崩さない男に、私は思わず声を荒らげた。

 男はふっと微笑むと、おもむろに両手を天にかざした。まるで楽団の指揮をとるように、やわらかく手を踊らせる。


「なにを……っ!?」


 突然、音を立てて背後の戸棚が開いた。

 中に飾られていた磁器のお人形――金髪に碧い瞳、水色のドレスを着た少女が飛び出してくる。


「きゃあああ!?」


 人形はふわふわと宙を飛び、男の手の中に納まった。男は満足気に人形を見下ろすと、その腰を掴んでからかうように左右に揺らす。


「リディア姫、通称『悪逆王女』の物語、始まり始まり~」


「はああ!?」


 目を吊り上げる私に構わず、男は勝手に一人語りを始めてしまった。



 ――悪逆王女のリディア様。国民がパンを買う金すらない不況の中、自身はドレスだ宝石だと贅沢三昧。国王レオンは王女の言いなり、何とも腑抜けた役立たず!


 ――美容のためならと金に糸目は付けぬ悪逆王女。貧しい国民生活など顧みず、せっせせっせと己を磨く。王女が愛するは国民にあらず、ただただ己の美貌ばかり。


 ――国王レオンが病に倒れ、王女の栄華は終わりを告げた。王弟が王位を継ぎ、哀れ王女は投獄される。大喜びの国民は、万歳万歳とお祭り騒ぎ!



 コン、と人形のつま先でテーブルを叩き、男は芝居じみたお辞儀をする。


「そうして、王女の十八歳の誕生日に裁きが下されました。泣き叫ぶ悪逆王女は断頭台へと連行され、結果としてほら、首がこのように」



 ――ゴトンッ



「…………!!」


 男が指を押し当てた瞬間、磁器の人形の首が落ちた。


 ゴロゴロと転がった首は私の目の前で止まり、無機質な碧の瞳で私を見上げる。喉の奥からヒッと悲鳴が漏れた。


「いや……。あ……、あ……!」


「全部、本当に起こった事です」


 笑みを貼りつけていた男の顔が、すうっと無表情になる。


 声も出ない私を睨むように見据え、男は静かに首を回収した。手の中で首を弄びながら、つまらなそうに肩をすくめる。


「我が家はね、代々魔法使いとして国王にお仕えする家系なのですよ。表向きはしがない男爵位、その正体を知るのは歴代の国王陛下のみ」


「ま、まほう……?」


 そんなもの、おとぎ話の中でしか存在しないと思っていた。


「そして、我が家には国王すら存在を知らない、秘中の秘ともいえる魔法が伝えられている。その強大さ故に生涯に一度しか使うことの叶わない、この世の摂理に反する邪法がね」


 男がようやく首を手放す。

 テーブルの上にきちんと立てて、絶句する私ににっこりと笑いかけた。


「――すなわち『時戻しの魔法』。わたしはそれを発動させ、あなたが処刑された日から三年の時を遡ったのです」

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