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3話

 モンスターイーターは己の肉体と武器だけを頼りに、巨大なモンスターを狩って喰らうハンティング・アクションゲームだ。

 武器は剣やハンマーといった近接武器と、ボウガン各種の遠距離武器に分けられる。

 その名の通り、近接武器と遠距離武器では得意とする間合いが違う。

 しかし勿論、遠くから攻撃できる遠距離武器で敵を一方的に撃ちまくるなんて、そんな単純なゲーム設計にはなっていない。

 というか、むしろ真逆だ。

 剣を担いだハンターには爪や牙で応戦するモンスターが、ボウガンを担いだハンターにはブレスや超高速の突進で応戦するなんてザラ。

 ひどい時はボウガンを担いだハンターに突進、しようとした直後にターゲットを剣のハンターに切り替え、人間の反射神経ではどう足掻いても対応できない必殺の攻撃を繰り出すこともある。

 ゆえにマルチプレイ、特にオンライン版であるMEOでは、近接武器と遠距離武器を組み合わせて戦うのはご法度とされていた。

 曰く、近接ハンターと遠距離ハンターではやっているゲームが違う。

 その一言で、何故だか知らないけど「確かに……!」とひどく納得してしまう、それがモンスターイーターなのだ。

 今まで連戦に連勝を重ねていたとしても、ボウガンを手にした今、そんなものは意味をなさない。

 いつの間にか脳内BGMと化していた専用音楽の、その特徴的な『テッテ、テッテ、テテン!』というイントロが戦場に鳴り響く。

 直後、私とヤエさんは左右に散った。

 ドラゴンが魔法の力で瓦礫を身に纏う。それを伴っての突撃は、意思を持った竜巻にも等しい。直撃すれば即死は免れず、どうにか直撃は避けても瓦礫に当たれば高く高く打ち上げられ、追撃の回避は困難を極める。

 だから一秒でも早く散開する必要があった。

 すぐ近くにいては、ドラゴンが私を狙っているのかヤエさんを狙っているのか分からない。それでは避けられるものも避けられないだろう。

 開戦と同時に放たれた即死級の大技は、事前の打ち合わせ通りに避けられた。

 だが、戦いはまだ始まったばかり。

〈Yaemugura:拘束弾、撃ちます〉

 恐らくは定型文だろう、突撃を避けたお陰で自然と背後に回り込む格好になったヤエさんがチャットしてきた。

 三種あるボウガンの中で、最も離れた距離での交戦を得意とするスナイパーを担いだ彼女。

 MEOの売りの一つでもある、ちょっと露出度の高いドレス風の防具に身を包んだ長身美女が自身の胴回りよりも太い銃身をドラゴンに向け、ギュルルルと螺旋回転する弾丸を発射した。

 着弾、した時には既にリロードを終え、再度の射撃。

 リュン、リュン、リュン――と淀みなく着弾音が鳴り響く戦場で、私は未だ一発も撃つことなく位置取りを優先する。

 ドラゴンの弱点は頭、と見せかけて翼と尻尾だ。特に翼は、破壊することで移動能力を下げられる。

 龍ではなくドラゴン。

 西洋の竜を思わせる前後二対の丸太のような脚が地面を蹴り上げ、しかし、攻撃を続けることは叶わなかった。

 ヤエさんの放った何発目かの拘束弾が遂に効力を発揮し、その動きを止めたのだ。持続時間は五秒。短いように思えて、十分すぎる。

 位置取りは、とっくに完了していた。

 交戦距離が最も短く、ややもすれば防御力が低いばかりの近接武器とも揶揄される異色のボウガン、ブラスト。

 だが、それゆえに欠点をカバーできた時の破壊力はピカイチだ。

 痛みに悶えるように足を止めてしまったドラゴンに急接近、斜め下から翼の根本に照準を合わせる。弱点の翼は拘束中でも大きく動き回るが、胴体が動かない以上、翼とて根本なら外しようがない。

 ダン、ダン、ダンダンダンダダダダ……とブラスト特有の超連射が火を吹く。

 人間なら蜂の巣を通り越してミンチ、それどころかペースト状になってもおかしくなさそうな射撃の嵐を受けながら、だがドラゴンは力強く咆哮した。

 五秒が過ぎたのだ。

 筋肉を強張らせるのか、逆に筋弛緩剤の類いなのか、はたまた魔法的ななんかそういうすごい力なのか。

 ともあれ巨体を誇るモンスターさえ束縛する拘束弾の呪縛から逃れ、二対の脚と一対の翼を持つドラゴンが宙に舞い上がった。

 それを、待っていた人物がいる。

 ギュルルルル……と独特の風切り音を奏で、超遠距離から放たれた弾丸。その名もずばり、狙撃弾。敵から離れていれば離れているほど威力を増す弾丸を、ヤエさんがドラゴンの飛び上がる瞬間を狙い澄まして発射したのだ。

 キャラクターの頭ほどもあろうかという弾丸が的確に翼を捉え、遂に破壊する。

 グルギャア、と痛々しい悲鳴を上げて墜落したドラゴンを待っていたのは、一方的に攻撃できる場面では並ぶもののない超火力兵器、ブラスト・ボウガン。

 ダン、ダン、ダンダンダン――。

 墜落し、地面で藻掻いていたのは何秒だったか。三秒か、まぁ長くても四秒。拘束弾で動きを止めた時ほど長くは撃ち続けられない。

 だけど十分すぎた。

 戦闘開始から、まだたったの三十秒足らず。

 しかしドラゴンの体力は三割……とまではいかないにしても、四分の一は削れただろうか。これがマルチプレイの暴力だ。四人集まれば、もっと強力なモンスターにも何一つ自由にさせないまま勝つことだってできる。

 それはまぁ、つまらないだろうからやらないけど。

「ただ、こっからは純粋な実力勝負だ」

 起き上がり、怒り狂った雄叫びとともに飛翔するドラゴン。

 私――羊ヶ丘とヤエさん、二人のハンターがボウガンを構え、その威容と真っ向から対峙する。



 光の尾を引き、重力に逆らう弾丸が天を目指す。

 それはドラゴンから大きく外れ、羽ばたく翼の横に広がる虚空を貫いた。

 ミスショット、ではない。

 ドラゴンよりも高く、スナイパー・ボウガンの最大射程に達した弾丸は自然消滅し、連結していた自動照準弾が起動する。敵は直下。優先度が高く設定された頭に、今ちょうど、照準が絞られただろう。

 無数の弾丸――否、細く鋭いレーザーが降り注ぐ。

 小刻みに動くドラゴンの頭に、その全てを命中させるのは至難の業だ。命中率を補うのは、圧倒的な物量。

 レーザー弾がドラゴンの頭を貫き、貫き、また貫いた。

 血飛沫が上がり、角が砕ける。

 怯みながら、なおも翼をはためかせたドラゴンだったが、しかし。

 一際鋭く、そしてどこか悲しげな鳴き声が響く。

 レーザーが途切れた。破れた翼でどうにか空気を掴んで高く高く飛翔したドラゴンは、太陽の下、大きく翼を広げたところで動きを止める。

 力なく、それは落ちてきた。

 ドラゴンだったもの。

 死力を尽くし、既に果てた過去の威容。

 最早鳴けぬドラゴンに代わって、クエストクリアのファンファーレが鳴り響いた。

 ちらりと見やったアナログ時計状のタイム表示は、未だ頂点、零時零分を指し示している。

 五分刻みで更新される時計を一切動かさない、ゆえに俗に零分針と呼ばれる、五分未満での討伐だった。

〈Hitsujigaoka:クリアおめでとうございます!〉

 定型文ではなく、手打ちだったけれど、他にどんな言葉を投げかければいいのか分からなかった。

 MEでは数少ない例外を除き、三回の戦闘不能でクエスト失敗となる。モンスターにどれほどの傷を与えても、失敗してしまえば次はまた最初から。

 そして今回、私とヤエさんはともに一回ずつ戦闘不能に陥った。

 初めて戦ったらしいヤエさんはまだしも、近接武器を担いでいたとはいえ何十回と戦ってきた私まで戦闘不能に陥るとは……。不甲斐なさと申し訳なさで、他の言葉なんて見つからない。

〈Yaemugura:ありがとうございます! ギリギリでしたね(笑)〉

 悪意はないんだろうけど、その最後の一文字、余計じゃないかな。

 手伝いで来て乙るとか地雷にも程がある。

 言い訳させてもらえるなら、むしろ近接で来た時の動きに慣れすぎて、似た予備動作から繰り出される全く別の攻撃に反応するのが難しかったのだ。

 しかしまぁ、言っても始まるまい。

 なんだったら既に終わった、しかも成功裏に終わったわけで、細かいことは忘れよう。忘れてほしい。

〈Hitsujigaoka:すみません、装備弱いのに調子乗りました〉

 それでも負け惜しみを言ってしまう。

 私が弱かったんじゃない、装備が弱かったんだ。

 なお、装備を強化し更なる強敵に立ち向かうゲームなのだから、装備が弱いはなんの言い訳にもなっていない。正しく準備するのも戦略であり、つまりは実力不足だ。

〈Yaemugura:いえいえ、手伝ってもらわなかったらジリ貧でしたよ〉

〈Hitsujigaoka:最後のバレット見るに、火力は十分そうでしたけどね〉

〈Yaemugura:連発できたら、そうなんですけどねー〉

 ドラゴンにトドメを刺した、あの無数のレーザー光線を降らせる弾丸は、NPCが営む店に行って買えるものじゃない。

 ボウガンが近接武器とは別ゲーだと言われる所以、バレットエディタ。

 自分好みの弾丸を生成、独自の戦い方さえも構築できるそれは、自由度の高さから戦闘面とは全く別次元のセンスを要求される。調べれば定番レシピから自称最強レシピまで色々出てくるけど、あそこまで火力に特化したバレットはあまり見ない。

 ぶっちゃけると、まぁ。

〈Yaemugura:燃費悪すぎて一回のクエストで二回か三回が限界なんですよねー〉

 そりゃそうだろうとも。

 ダメージ表記がないMEOにも、DPS……秒間ダメージの概念はある。

 それが意味するのは『一秒間にどれだけのダメージを与えられるか?』ではなく『クエスト中に与えたダメージの平均を割り出したら、一秒当たりどれだけのダメージを与えた計算になるか?』だ。

 例えば一射で敵の体力を全て削り取るだけの超高火力バレットを作っても、それを敵に当てるために何十分も費やすのでは、普通に店で売っている弾丸を使った方が結果的に火力を出していることになる。

 ネットに公開されているレシピの大半は効率の高さを求めた実用的なもので、残る少数も見栄えを意識した花火のようなもの。

 ここまで単発火力に振り切ったバレットは、実用性の面から見てもあまり価値はない。

 けれど。

 価値がなくても、それを自作して実際に使い、モンスターにトドメを刺すのはボウガンの醍醐味でもある。効率重視のプレイヤーに見せたら小言の一つや二つは覚悟しなくちゃいけないけど、私は嫌いじゃなかった。

 というか、まぁ、かなり好きだ。

〈Hitsujigaoka:撃つタイミングも完璧でしたしね。狙い澄ました感ありましたよ〉

 あれだけのレーザーを降らせるバレットだ。

 トドメを刺すためだけに撃って、最初の数発で終わってしまうのは勿体ない。かといって撃つのが早すぎたらトドメを刺せないわけで……中々どうして、絶妙なタイミングを図っていたことになる。

〈Yaemugura:あは。バレちゃいましたかー(笑)〉

 だから(笑)じゃないよ。

 心中で毒づきながら、口の端が上がってしまうのを自覚する。

 楽しかった。

 うん、すごく。

 しかし、楽しい時間も長くは続かない。

 クエストクリアのファンファーレが転調し、終わりを告げる。

 ドン、とスタンプを押すような演出とともに画面が切り替わって、クエストの報酬がずらりと並んだ。

 一抹の寂しさはどこへやら。

 破壊したお陰で報酬画面に並ぶはずの角素材アイコンが見えず、首を傾げた次の瞬間には「おぉぅ」と変な声を出してしまった。逆鱗だ、逆鱗。何十回とソロで戦い続け、ついぞ出なかったレア素材だ。

「やったぁ……」

 我知らず、しみじみ呟く。

 これで防具が作れる。武器の強化にもう一つ必要だけど、防具を新調すれば周回効率も上がるだろう。一歩どころじゃなく前進した。

 間違えて売却してしまわないよう注意しながら報酬を受け取り、リザルト画面を読み飛ばす。

 クエストを終えたハンターが戻ってくるのは、集会広場とだけ名付けられたエリア。

 そこはクエスト出発前にパーティーメンバーが集う場所で、最大四人のパーティーが最大で四つ、つまり十六人が入れるようになっている。

 けど、今は五人。

 そのうちの二人は羊ヶ丘こと私と、時を同じく戻ってきたヤエさんだ。

 残る三人は既にパーティーを組んでいるのか、それとも各自ソロでわざわざメンバーを探す必要もないのか、エリアチャットに動きはない。

 話しかければ相槌の一つも返ってくるかもしれないけど、無視されたら心に深く突き刺さる。

 無用なリスクを負う必要もない。

〈Hitsujigaoka:お疲れ様でしたー〉

 無難に、というか当然のことだけど、エリアにいる他のプレイヤーには届かない、パーティーチャットで挨拶する。

 返事はすぐに来た。

〈Yaemugura:ありがとうございました!〉

 これでまぁ、一期一会と言えば聞こえはいいクエストは終わった。

 戦場やパーティーチャットとは裏腹に、ただただBGMが流れるばかりの広場を見れば分かるだろう。

 MEの激しい戦闘中に事前登録してある定型文以外でチャットなどできるわけもなく、そうなれば必然、コミュニケーションは最小限の上、効率に重きを置いたものになる。

 ゆえにMEOは、オンラインゲームでありながら他プレイヤーとの交流が少ない。

 ギルドでも組んでいない限り、パーティーは都度解散されるのが常だ。今回は募集に参加した形になるから、パーティーリーダーはヤエさん。そのヤエさんが『解散』の項目をポチッと押すだけで、ゲーム内では命を懸けた激闘とともにした二人がそれっきり別れる。

 ……が、そうはならなかった。

 思い返してみれば、当たり前のことだった。

「あ、そっか」

 このパーティー、確かにヤエさんの募集に私が参加したのがキッカケだけど、実際にパーティーリーダーになっているのは私だった。

 それもそのはず、一度ヤエさんのパーティーを抜け、武器をボウガンに切り替えて再度パーティーを組んだ時には、私の方から申請を送っている。

 まぁヤエさんが『離脱』を選択すれば二人しかいないパーティーは実質解散になるんだけど、用が済んだパーティーとはいえ、離脱するのはマナー的にどうなんだという風潮はあった。これは私の落ち度だ。

 すみません、と送るのも変な気がして、少し遅れてはしまったけど解散の項目までメニューを進める。

 その時だ。

〈Yaemugura:あ、そうだ〉

 たったそれだけのチャットが、不意にパーティー用のそれに流れた。

〈Yaemugura:羊ヶ丘さんって、メインの武器は太刀なんですか?〉

 あまりに唐突な質問。

 ただ、ボウガンを担いだハンターの募集に太刀を担いで入った私だ。それくらい太刀が好きなのかも、と思われても不思議はない。

〈Hitsujigaoka:そうですね。メインは太刀です〉

〈Yaemugura:なのにブラストも使いこなしてましたね〉

 これはまさか、褒めてくれているのだろうか?

 しかし、どうしたものかな。いや、正直に言うしかないんだろうけど。

〈Hitsujigaoka:まぁ、こういうゲームシステムですからね。近接と遠距離、どっちも使えた方がいいんですよ〉

 よほど思い入れがない限り、何種類かの武器を敵や味方に合わせて使い分けるのがMEだ。

 そもそも尻尾は太刀や双剣といった斬撃武器でしか切断できなかったり、その埋め合わせなのかハンマーなど鈍器系の武器は敵に目眩を起こさせて大きな隙を作れたりと、複数使いこなせるハンターには相応のメリットが用意されている。

〈Yaemugura:へぇ。じゃあ私もスナイパー一筋は厳しいですかね〉

〈Hitsujigaoka:どうでしょう。素材集めとかが楽にはなるので、スナイパーが好きだっていうなら一筋でいいと思いますよ〉

 とはいえ複数の武器を作り、使いこなすのは手間だ。

 割り切って、一つの武器を極める方向に舵を取るハンターも珍しくはない。

〈Yaemugura:でも、色々できた方が楽しいですよね?〉

 それはもう、言わずもがなだ。

 言葉にせずとも、それくらいのことは承知していたらしい。

 返事を打つより早く、続けざまにチャットが流れてきた。

〈Yaemugura:太刀と相性のいい武器って何かありますか?〉

 しかし一瞬、手が止まってしまう。

 再起動し、動き出した手は、なおも上手く動いてくれない。戸惑い慌てたせいか、自分の意思とは無関係に動く左右十本の指は、なんだか気持ちの悪いイモムシのようですらあった。

〈Yaemugura:折角フレンドになったんですし、また一緒にクエスト行ってくれませんか?〉

 なんていうか、あれだ。

 不意に静けさを帯びた思考が、他人事のように思いを紡ぐ。

 こんなこと、あるんだな。

 偶然一緒になったパーティーの人に誘われ、フレンドになって、また一緒に遊ぶ約束をするなんて。

「……偶然、だったのかな」

 分からない。

 口を衝いて出た言葉に、我知らず首を振る。

〈Yaemugura:迷惑じゃなかったら、ですけど〉

 それはずるい。

 そんな風に言われてしまえば、返す言葉なんて一つしか残らない。

 だけど、その言葉がなかったとしても、答えは最初から一つしかなかっただろう。

〈Hitsujigaoka:喜んで〉

 一言。

 他に上手い言葉も見つからなくて、震える手でなんとか打った。

 それから、はっと我に返る。

 指は躊躇わなかった。むしろ今までで一番、早く正確なタイピングを実現してくれただろう。

〈Hitsujigaoka:武器ですけど、相性より好みで選んでいいと思います〉

〈Hitsujigaoka:そっちの方が楽しいですし〉

 口の端が知らず知らずのうちに持ち上がってしまう。

 嫌だな。

 こんなニヤけ顔、人の前じゃ絶対にできない。

〈Yaemugura:了解です!〉

〈Yaemugura:それじゃ、またご一緒してください!〉

 なんならいっそ、今からでも。

 急いで打とうとしたけど、すんでのところで思い留まった。そろそろ十二時だ。朝食からこっち、ほとんどゲームしかしてこなかった私と違い、向こうはお腹が減ってくる頃かもしれない。

〈Hitsujigaoka:こちらこそ!〉

 冷静になってチャットを見返せば、明らかに会話は終わりへと向かっていた。

 危ない、危ない。

 うっかり空気を読めずに、ずるずる付き合わせてしまうところだった。

〈Hitsujigaoka:それじゃあ落ちますね。また今度!〉

〈Yaemugura:はい、また!〉

 短い返事。

 それに満足して、パーティーを解散する。

 鍛冶屋に行けば念願の防具一式を作れるけど、また次にログインした時でいいだろう。

 メニューからログアウトを選択。

 ログイン画面に戻ったMEOを終了し、プレシャ3本体もスリープモードに。

 時刻はやはり、十二時になろうとしている。

「お昼なんだろうな」

 誰に言うでもなく呟いて、席を立つ。

 今日のお昼は……、

「あっ」

 思い出してしまった。

 そうだ、今日は平日だった。

 いつもなら購買で買ったパンで済ませるけど、今日はそれがない。当然だ。平日の昼だというのに、私は学校ではなく家にいる。

 途端、気分が暗く重く、冷たい泥と化して沈み込んだ。

 お昼という事実を前に鳴き声を上げかけていた腹の虫が急に静まり返り、むしろ鉛でも呑んでしまったかのように食欲を失う。

 寝ようかな。

 思うや、布団に潜り込む。

 頭を抱え、くしゃくしゃになるまで髪を掻き回しながら、ふと考えるのはヤエさんのことだった。

 空から降り注いだ、効率の二文字をどこかに置き忘れたレーザー・バレットの雨。

 喉に何かが詰まった気がした。

 気のせいだ。

 笑い飛ばそうとして、できない自分には気付いていた。

 いつか、どこかで。

 妙に着飾った、化粧臭い、嫌々集められただけの生徒を前に「集まってくれてありがとう」だなんて面の皮が厚いことを言ってのけた、誰かの言葉を思い出す。

 個性を大事に、と誰かが言った。

 個性。

 個性ね。

 乾いた笑いが歪んだ口の端から零れた。

 自分好みの弾丸が作れるバレット・エディタ。

 そこで個性を前面に押し出した弾丸を作ったら、人はなんと言うだろう?

 決まっている。

 効率が悪い。目障り。迷惑だ。

 もっと効率的で、邪魔にならないレシピはいくらでも公開されている。勿論、無料で。それを使わないのは個性ではなく、自己中心的な迷惑行為。

 個性なんて、本当は誰も求めていない。

 誰かが言った、個性を大事に。

 あれは、だからコインの表側を生きた人の台詞だろう。

 彼女らは、彼らは、向こう側の誰しもが知ろうともしない。

 彼らの言う個性とは、個性じゃない。

 ただの、長所だ。

 太りやすい体質、短いくせに太い指、痩せてもブスなのにと笑われる顔。

 ただの短所、欠点でしかないものを、どうして大事にできるだろう?

 コインの裏側の私たちのことなんて見ようともしないで、好き勝手に言う表側の人たちに。

 だから、見られたくないと願ってしまう。

 大振りの石の下、じめじめと湿った暗がりで、身を守ろうと必死に縮こまるダンゴムシみたいに。

 私はきっとひた隠す。

 こんな自分を。

 また一緒に、と言ってくれた彼女か、彼に知られぬように。

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