第二話
これは、とある異世界の物語である。
その世界は戦隊ヒーローが現実に存在し、そして――――
「クハ、クハクハ、クハッ! ワタシは絶望帝ティック・ティック! 世界中の生物から血を吸って殺してしまおうではあーりませんか!」
「「キー!」」
人々が逃げ惑う中、悪の組織ガイチューンの幹部が数多の戦闘員を引き連れて町を闊歩する。
だが、そんな彼らの前に立ちはだかる者たちが。
「待てぃ! そうはさせんぞっ!」
「イエローキック」
イエローの前蹴りで、ガイチューンの絶望帝ティック・ティックは倒された。
こうして世界の平和は――――
「赤き炎の戦士! レッドフレ……ちょっと待てい‼」
ふぅやれやれ……とポーズを取っていたイエローに、レッドが掴みかかる。
「お前はぁぁぁ!」
「うん? またオレ何かやっちゃいま……」
「やらかしてんよぉ‼ お前、名乗りの前はマジで止めろ! マジで‼」
恐ろしい剣幕のレッドに、流石のイエローもたタジタジだ。
「流石に俺たちの登場シーン台無しは許容できん! 無理! はい、やり直し‼」
「えっ? やり直しとかあんの?」
「いいから! さっさと絶望帝、回復! お前、立ち位置戻る!」
「は、はーい」
恐ろしい剣幕のレッドに、流石のイエローもタジタジだ。
回復の技能で復活した絶望帝の前に、今度こそ五人が立ち塞がる。
ちなみに今のやり取りの間に町の人々は完全に逃げており、既にこの場には彼らしかいない。
「赤き炎の戦士! レッドフレア!」
「青き水の戦士! ブルーアクア!」
「緑の風の戦士! グリーンエアー!」
「ども。黄色担当、イエローガイ……」
ギロリとレッドに睨まれ、イエローは慌てて言い直す。
「金色の大地の戦士! イエローガイア!」
「黒き闇の戦士! ブラックコスモ!」
決めポーズをとり、五人は声を合わせて名乗りを上げる。
「「我ら! 五人揃って五色戦隊カラーレンジャー‼」」
背後の爆発も決まり、レッドは満足気に頷く。
「えっと……現れたな、カラーレンジャー!」
一度倒されて、剰え正義のヒーローに回復してもらった状況に、微妙な表情を浮かべる絶望帝。
だがそこはプロフェッショナルである。しっかりとそれっぽい台詞を言い放ち、現場の雰囲気を作ってくれる。
「「キー‼」」
ここまで置いてけぼりだった戦闘員たちも、ようやく出番かと声をあげる。
今回はレッドが目を光らせているので、前回のようなことにはならない。
……はずだ。きっと。
「ガイチューンソルジャーたちよ、かかれっ!」
百体以上のガイチューンの戦闘員たち、ガイチューンソルジャーたち。
長いので略して「ガイジャー」たちが、カラーレンジャーに襲い掛かる。
「くらえっ! レェェェェッド、クラァァァッシュ‼」
赤い光を纏った剣戟が放たれ、数名のガイジャーが戦闘不能となる。
「いくぞっ! ブルゥゥゥゥ、スピアァァァッ‼」
目にも止まらぬスピードの槍技が、ガイジャーの何名かを吹き飛ばす。
「決めるわよっ! グリィィィィン、エナジィィィィッ‼」
グリーンが放った愛の波動が、数名のガイジャーを蹴散らす。
彼女の技を受けたガイジャーたちは何故か少し幸せそうで、他のガイジャーたちから羨ましそうに眺められていた。
「イエロー張り手」
イエローの張り手で生まれた風圧が、その場のほぼ全ての戦闘員を爆散させ、戦闘不能にした。
「……これで終わりだァ。ブラック、シュー……たぁぁ……」
ブラックの光線銃が周囲を薙ぎ払うが、戦闘員は既にゼロだ。
「おのれ! こうなればガイチューン幹部、この絶望帝ティックティ……」
「はい、ストップ、ストォォォップ!」
急にレッドが絶望帝の啖呵に割り込み、戦闘に待ったをかける。
何事かと首を傾げるイエローに、レッドはツカツカと歩み寄って肩を叩いた。
「……や・り・な・お・し!」
「えっ? なんで?」
「逆になんで分からないんだよ⁉ お前、あの切ない表情のブラックを見て、本当に分からないのか⁉」
「またオレ何かやっちゃ……」
「やらかしてんだわァ! 考えてもみろ、戦闘員が一人も居なくなったところに必殺技を撃ってるブラックが、どんな気持ちかさァ?」
「……すみませんでした」
流石に理解したのか、イエローは自分が吹き飛ばした分のガイジャーたちに回復技能をかけて仕切り直す。
「イエロー張り……」
「おいコラ」
「……う、うおぉぉぉ! イエロー手加減ビーム!」
「まあいいだろう」
限界まで手加減されたイエローのビームは、爆発を起こして二十数名のガイジャーを戦闘不能にする。
「これで! これで! 終わりだぁぁぁぁっ‼ ブラアァァァァック、シュゥゥゥタァァァァーー‼」
心の底から嬉しそうなブラックが放った光線銃が、周囲を薙ぎ払う。
久々にまともに成果をあげたブラックの攻撃で、ガイジャーの十数名が激しく吹き飛ばされて戦闘不能に陥る。
そうして倒されたガイジャーたち。
残る五十数名のガイジャーたちも、五人……もとい四人の連携によって次々に戦闘不能に追い込まれて行く。
イエローも動こうとするが、レッドの殺気混じりの視線を受け、自粛した。
やがて全てのガイジャーたちが倒れたところで、遂にあの男が啖呵を切る。
「おのれ! こうなればガイチューン幹部、この絶望帝ティック・ティックが相手をしてやろう!」
「そうだよ! これだよ、これ! こうじゃなくっちゃ‼ いくぞ、みんな! 油断するなよ!」
少しばかり締まらない空気ではあるが、絶望帝のプロ意識のおかげもあって、彼らの本格的な戦闘が始まろうとしていた。
「食らえ! 我が必殺の……絶望光線‼」
絶望帝は構えを取り、腹の前で交差させた両腕を力いっぱい開いた。
すると彼の腹部から、カラーレンジャー目がけて漆黒の巨大エネルギー弾が放たれる。
「ぐ、ぐあ……」
「絶対防壁ぃ」
「……ああぁぁ……?」
それはカラーレンジャーたちに大ダメージを与えて吹き飛ばす……ことはなく、イエローがヒョイと作り出したバリアによって呆気無く防がれた。
満を持して放たれた大質量のエネルギー弾だが、イエローのバリアの前ではボディビルダーに子ども用ゴムボールを投げるが如く無意味であった。
「……」
「……」
見つめ合う絶望帝とカラーレンジャー。
そして、ヤバい空気を察し、そぉっと逃げ出そうとするイエロー。
だが、真っ赤な鬼からは逃げられなかった。
「イィィィィエェェェェロォォォォ?」
「またオレ何か……」
「てんめぇぇぇぇ! いい感じだったのに何してくれてんじゃコラァ⁉ あそこは攻撃食らって五人全員で「ぐあああぁぁっ!」だろうが‼」
「いや、それだと……」
「黙れぇぇぇ‼ やり直しじゃボケェェ‼」
般若の形相のレッドに、今やイエローは借りてきた猫よりも大人しい。
すごすごと四人の背後に隠れると、レッドは溜め息を吐いて絶望帝に向き合う。
「そういうわけで、すまないがもう一発頼む」
「……いや、悪いんだがエネルギー切れで。もう一発は無理だ。今回は我々の負けでいいっすわ」
「はああぁぁぁ⁉ 嘘だろ⁉ ここまでいい感じだったのに! これで終わりかよぉぉ‼」
レッドの悲鳴が町に響く。
今回もこうして平和は守られたのであった。
頑張れレッド、お疲れ様です絶望帝ティック・ティック。
次回こそは最後まで納得のいく戦闘だといいね。
きっと無理だろうけどなっ!
明日も投稿します。
※ティック(Tick)=マダニ