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円錐飾りの出来たわけ•前編

前後編同時投稿です。


この作品はフィクションです。いかなる現実の国とも史実とも関わりがありません。単語や名称にも規則性はありません。





 豊かに渦巻く金髪の子供が、澄み渡る秋の空のような青い目を輝かせて工作をしている。


「せんせい、出来ましたっ!」


 色とりどりな扇形の厚紙をくるくると円錐形に巻いてゆく。最後は覚えたての接着魔法できちんと止める。


「ちゃんとついておりますね」

「でしょ!ぼく、じょうずに出来ましたっ」

「よく出来ました、スカイ王子様」


 まんまる眼鏡の栗毛先生は、ここランスブルーメン王国にある王立幼年魔法教室の先生だ。この教室は魔法の才能がある子供なら、誰でも通える。セキュリティ抜群の国営幼年教室である。


 そうは言っても、魔法の使える子供は少ないし、通いで来られる範囲に住んでいないと実際には無理である。そんなわけで、現在の生徒はスカイ王子様とパン屋の息子トム、鍛冶屋の娘ジョアナ、代書屋の娘フェザー、魔法ゲート管理長官の息子シュネルの合計5人だけ。


「せんせー、ぼくも出来たっ」

「出来た」

「わたしも」

「おれも」


 毎日全員が通えるわけではないから、今日のように5人揃うのは珍しい。次々と上手に丸めた厚紙細工のカラーコーンは、栗毛先生に点検されてからリボンをつけてもらう。


 女の子は大人しくリボンを顎紐にして、お姫様のとんがり帽子の真似をする。男の子はリボンを掴んで三角に手を突っ込むと戦い始める。


「あ、こら振り回しちゃダメです」

「なんで」

「かっこいいでしょ」

「絵本みたいだよ!」

「ほんとね!」

「きんいろきしのきかん、だね!」

「よんで」

「よんで」

「よんで!」

「よんでー」

「おねがいします」


 栗毛先生はまんまる眼鏡をきらりと光らせ、サイドテーブルから人気絵本を持ち上げた。表紙では、金色の巻毛を靡かせた騎馬騎士が色とりどりの紐を結んだ三角槍を構えている。騎士のかぶった銀の兜からはスカイ王子と同じ、空色の双眸が覗いていた。


「ほらほら、静かに。始まり、始まり」


 子供たちは静かになって、先生の持つ絵本を真剣に見つめた。


金色(きんいろ)騎士の帰還、または麻紐の祝福と円錐飾りの出来たわけ」


 栗毛先生は表紙の絵がよく見えるように持ち方を工夫して、5人の前に立つ。そして、おもむろに絵本を開くと、色鮮やかな絵を見せながら、静かに語り始める。


「むかし、皆さんのお祖父さんの、お祖父さんの、そのまたお祖父さんがまだほんの子供だったころ、ランスブルーメン王国の森の中、小さなお城がありました」



 ◆◆◆



 ランスブルーメン王国は、勇ましい騎士の国。弓に長け、槍を操り、剣に秀で、荒馬を乗りこなし魔法と言えば天下無双。そんな屈強の若者たちが豊かな森と肥沃な平野に点在する砦や城を守っていた。


 彼らは己の技量に誇りを持ち、互いに競い合うのが好きだった。どの城でも砦でも、または小さな館でも、年に一度は騎馬試合の大会が開催されているのであった。

 その多くは内輪の祭りで、そこで優勝したからと言って、中央の大きなお城にすむ王様やお姫様には知られることが一切なかった。

 田舎のとある森にあるミクログラン城も、そんな小さなお城のひとつであった。



 ところがある年の春、ミクログラン城のある森にお姫様が遊びにきた。お姫様やご令嬢がたの最新流行は、恋人の魔法で飛ぶボートに乗って、さまざまな地方にあるいろいろな森の湖に行くことだったのである。

 乗ってきたボートでそのまま船遊びをして、岸辺の花や森の木の実を摘んで帰る。

 ご令嬢がたのお茶会で、皆に配るまでが流行りの遊び。珍しいお土産であるほど、不思議な場所に連れて行ってくれる素敵な恋人だと自慢できるのだ。


 絹糸のように繊細な金髪を靡かせて、お姫様が湖に降りる。ボートを操るのは、お隣の国から来た亜麻色の髪も優しげな王子様。

 2人は王族だったので、お供の侍女と護衛の騎士がついてきた。(へさき)に立つ黒髪も凛々しい長身の騎士と、(とも)に控える赤毛の魔女だ。ボートが水面に触れるや否や、2人は岸辺に飛び移り、油断なく周囲を警戒する。



 そこへ、森の城の魔法長官の長女クレセンティアがやってきた。田舎の貴族ではあるものの、波打つ銀の髪に薄紫の瞳を備えた絶世の美女。訪れる吟遊詩人には、月の女神もかくやと謳われるほど。

 この美人を乗せた漆黒の馬を引いてきたのは、ミクログラン城主のご嫡男、金色(きんいろ)騎士ソリス。金の巻毛と愛嬌のある青い眼をした、明るく誠実な若者だ。



 クレセンティアとソリスは、生まれた時からの婚約者だ。ソリスは気のいい青年であったが、残念ながら体格に恵まれず、騎馬試合は苦手だ。魔法もさほど得意ではなく、もっぱら本ばかり読んでいた。それがクレセンティアには恥ずかしく、いつも不満そうにしていた。


 一方のクレセンティアは、たいそう魔法に長けていた。小城ではあるが魔法長官を務める父の娘だけのことはある。王城で流行するような、派手な魔法も難なく使えた。ソリスは素直に賞賛したが、クレセンティアは静かに微笑むばかり。


「あの方にお褒めいただきましても、ねえ?」


 などと、お付きの魔女に零すことさえあったのだ。魔法や戦いの駆け引きのことをあまりよくわからない人間に褒められたところで、むしろ煩いと感じてしまう。そんな扱いを受けても、ソリスは仕方のないことと諦めていた。




 風は凪いで、春咲く花の甘い香りが散ることなく漂っていた。空から降りた銀の船はたおやかに湖上に浮かび、素早く離れた2つの影が岸辺の緑に音もなく立つ。


「まあ、なんて頼もしく心地よい魔力でしょう」


 思わず呟き、クレセンティアが頬を染めて眺めるのは黒髪の護衛騎士。目元涼しい翡翠の瞳は、感情が見えず少々怖い。しかしクレセンティアには、それも魅力的に見えたようである。


「まもなく森の城ミクログランにて、騎馬試合がございます。どうかわたくしの為に、その素晴らしい魔法の技を見せてくださいましな」


 すっかり黒髪騎士が気に入ったクレセンティアは懇願する。


「槍や剣の技もさぞかし」


 騎士はクレセンティアを一瞥すると、


「勤務中です」


 と断った。それを聞いたクレセンティアは、今度は魔女に近寄って、


「どこのお城の方ですか」


 などと話かけ。魔法の話で心を掴む。

 いつしか黒髪の騎士イゴルも加わり、湖上の2人を楽しませる魔法を順番に披露した。それから3人で一緒に魔法を使い、森の湖は楽しい幻で溢れた。


 水飛沫が小鳥となり、反射する光は花々となる。木の葉の貴婦人が優雅に踊り、幻影の蝶たちは密やかな音楽を奏でる。

 これには船上の2人も大喜び。姫君は思わず両手を合わせ、王子様は優しくその手を包む。


「なんとも大した腕前ですな、クレス殿」

「まあ、そんな。イゴル様こそ」


 しまいに黒髪騎士イゴルと銀髪乙女クレセンティアは、互いに親しく呼び合う仲となり、ミクログラン城の騎馬試合に招待する運びとなった。


「ね、きっと素晴らしくてよ、ソリス様」

「そうですね。名手の演舞は皆の励みにもなるでしょう」


 ソリスは心根のまっすぐな人であったから、ただ3人の魔法技術に感動していた。ソリスはクレセンティアを愛称で呼ぶことはなかったので、内心眉を顰めはしたが、他国の王子に護衛としてついてきた騎士にきつくは当たれない。


 騎馬試合はミクログラン城内のお祭りなので、外部の人を招くには城主かその家族による許可が必要だ。これまでにも時折、遍歴騎士が試合に参加したり吟遊詩人が観戦したりという例があった。それでソリスは気軽に同意したのである。


「王子様、騎士様をわがミクログラン城の騎馬試合にご招待させていただけますか」


 岸に上がってお茶を広げる他国の王子様に、ソリスは礼儀正しく申し出た。すると王子様はにこりと笑って快諾した。


「おおいに交流するがよい」

「寛大なお言葉、ありがたき幸せに存じます」


 王子様は鷹揚に頷く。

 一行はしばらく歓談したあと、銀のボートで滞在中のランスブルーメン王城へと帰っていった。




 季節は巡り、森の木の葉が色づく頃にミクログラン城の騎馬試合が始まった。試合の期間は1週間。1日数試合だけ行われ、あとは森の恵みに感謝するお祭りを楽しむのだ。


 ミクログランの城は、森から山へと自然に続く斜面に建っていた。裾野に広がる森の中にはミクログランの狩人村がある。人々は鳥や獣の肉と木の実、きのこ、薬草などをたっぷり食べて暮らしていた。


 その頃はまだ、ランスブルーメン王国が世界に誇る魔法転送システムがなかったので、森でとれない穀物や調味料は貴重であった。季節ごとの行商人からまとめて買うのだが、秋はその取引もお祭り期間に行われた。

 いつもは穏やかなミクログラン城下が、この時ばかりはたいへん賑わう。物売りの声、楽器やお芝居の音、子供ばかりか大人たちまで歓声をあげ足音を立てる踊りの輪。


 窓にも壁にも色とりどりの布やドライフラワーが飾られ、乾燥果物に麻紐を通したものを軒下に下げる。乾燥果物は輪切りになっていて、風が吹くとくるくる回った。鳥がつつきにくるのだが、魔法がかけてあるのでぼろぼろにはならない。



 村の広場にもお城の前庭にも、手作り品や食べ物屋台が立ち並ぶ。肉の串焼きがじゅうじゅうという音で誘う。普段は食べられない平野の野菜は、飾り切りになって透明なスープに浮かんでいる。カラフルな薬草キャンディはお祭りだけの贅沢品だ。


 森の果実で作った酒も種類豊富に取り揃え、子供たちにはジュースもある。力比べや弓遊びの景品には、お菓子や飾り彫りの小箱、木で出来た馬車やぬいぐるみが用意されている。


 中でも人気なのは、赤や黄色に染められた麻紐飾りである。城主と重臣は絹のリボンで身を飾れるが、それ以外の住民が使うのは麻紐だった。森には色の素がたくさんあるので、思い思いに染めたり、編んで形を作ったりする。お祭り屋台で売られているのは、魔除けの模様や鳥などの複雑な形に編まれた麻紐細工である。


 この材料となる麻も森では作れない為、行商に頼っている。森の伝統工芸には特殊な樹皮繊維もあるのだが、非常に手間のかかる織物だった。

 この頃には交易が安定していて、布も紐も買う方が楽になっていた。庶民には安い買い物ではないが、手が出ないほどでもない。麻はミクログランの生活必需品として、人々の生活に根付いていた。


 騎馬試合に出る騎士達は、家族や恋人から「祝福」と呼ばれる飾りを貰って槍につけるのが習慣だった。下級騎士は絹の、上級騎士は金や銀でおめでたい形に編んだ飾りを槍の穂先に下げるのだ。麻紐飾りは、いわばそのレプリカのようなものである。


 このやりとりは騎馬試合の見せ場のひとつなので、皆の前で行う。客席の一部に受け渡し用の場所があって、お目当ての騎士の出番になると乙女達や家族がやってくる。家族は女性とは限らず、お爺さんや幼児もいる。




 騎馬試合の3日目は中休みだ。トーナメント試合はないが、模範試合や公開指導がある。去年の優勝者はしきたりにより出場資格がないが、子供達の相手をする。これは、毎年大人気のイベントだった。

 騎士団長と城主は模範試合で皆を沸かせる。今年は国外からのお客様もいるので、友好試合まで行われるのだ。ミクログラン城下の住民達は、気分も浮き立ち、お酒やお菓子を片手に観客席で騒いでいる。


 今、外国からの招待参加者が競技場に入ってきた。あの黒髪騎士イゴルである。反対側の入り口からは、ミクログラン城世継ぎのソリスが入城した。この試合は大会トーナメントとは別枠の友好試合であるから、対戦相手は実力と関係なく城主の長子が選ばれたのだ。


 イゴルは「祝福」を受け取る場所に行く。待ち構えていたのは銀髪のクレセンティア。皆はそこにいるクレセンティアを見て、当然ソリスへ「祝福」を渡すものだと思っていた。

 ソリスは善良だったので、城の皆から慕われていた。もしもクレセンティアという婚約者がいなければ、大人も子供も我先にソリスへと「祝福」を差し出したであろう。


 黒髪の騎士が誰からも祝福を貰えないのは失礼だと思ったソリスの妹フィディが、す、と席を立つ。


(なぜ誰もいないのかしら?外国からお招きしたお客様だというのに?お渡し係がお喋りにでも夢中なのかしら?まったくみんな、のんびりしすぎよ?)


 フィディは、誰かに請われるかもしれないという少女の期待を胸に、渡すあてのない「祝福」を持っていた。今日は試合はないけれど、祭りの間の習慣で、つい手提げポーチに入れてきていた。


(お役に立ててよかったわ)


 しかし、フィディが受け渡し場所に着く前に、黒髪騎士イゴルが予想外の行動に出た。


「クレセンティア殿、祝福を」


 イゴルは銀髪乙女の前に跪き、槍の穂先を差し出した。クレセンティアは微笑んで、手ずから白銀の「祝福」を結んでやった。

 フィディは驚きのあまり立ち止まり、競技場もしんと静まりかえってしまった。


(が、外国の、方ですもの。)


 妹は気を取り直してまた歩き出す。


(皆のするのを見て、誰からでも、そこにいる人からただ受け取れば良いものだと思っているのに違いないわね)


 ソリスも一瞬だけ立ち止まったが、すぐに淡々と受け渡し場所まで来る。クレセンティアはたおやかに微笑んでいる。だが、どう見ても「祝福」は既にクレセンティアの手元にはない。

 フィディは、慌てて受け渡し場所に滑り込む。察したソリスは妹に跪き、曇りのない金色をした「祝福」を結んでもらう。


 フィディはほっとした顔をして、ソリスは立ち上がるとにこりと笑う。そして黒髪騎士イゴルと金髪騎士ソリスは、それぞれの馬が待つスタート地点まで歩いていった。

 黒髪騎士イゴルは槍を片手に持ったまま、艶やかに櫛削られた大きな栗色の馬にひらりと跨る。ソリスは介添人に一旦槍を預けて、上品な仕草で小柄な葦毛の馬に乗る。決して無様ではないが、スマートとも言えない騎乗であった。



 向かい合って視線を合わせ、2人はガチャリと兜の(おもて)を下ろす。かろうじて見えていた目が金属板の奥へと隠された。その後それぞれ槍を構えて、立会人の合図で馬を走らせる。土煙が立ち上がり、蹄の音が青空に響く。乗り手の技量も馬の体格も違う2組の馬と人とは、馬具と鎧の金属音を勇ましく鳴らしながら一直線に相手へと向かう。


 勝負は一瞬だった。


 すれ違いざまに鮮やかな一撃を受け、ソリスは地面に転がった。重たい音を立てながら、なんとか剣を抜いて立ち上がる。イゴルも馬を飛び降りて、一歩、二歩と踊るようなステップでソリスに飛びかかった。

 ソリスの構えた剣は跳ね上げられて離れた場所に突き刺さる。


「それまで!」


 立会人の合図で友好試合は終了した。本来なら魔法戦に持ち込まれるのだが、ソリスが剣を失い魔法の準備で集中し始めた時には、イゴルは既に発動直前であった。勝負は見えていたのだ。



お読みいただきありがとうございます。

後編もよろしくお願いします。

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