案内記7
信号を道向こうに渡って少し歩くと、一つ目の目的地である建物が見えてきた。一見、普通のお店の建物なんだけど……。
「あれは、なんじゃ!?」
「あれは、路面電車です。車とは違う動力で動いてます。普通の乗り物で、魔物じゃありません!」
暴走系美女が指さした先には、路面電車が頭を出していて、丁度この建物から出てくるところだった。
蛍茶屋行きの路面電車の車庫が、この建物の下にある。
路面電車を4人に見せたかったのもあったし、この車庫の造りは珍しいんじゃないかな、と思ったのもあった。
残念ながら、他の車庫がどんな車庫かは知らないんだけど、初めてこの蛍茶屋の車庫を見た時は、驚いた覚えがあるから。
「ローメンデンーシャ」
濃い顔イケメンのアクセントがでたらめで、何だか別の乗り物みたいだ。
「路面電車です。人を乗せて運ぶ乗り物の一つです」
「乗れるのか!?」
「乗るんですか?!」
暴走系美女が路面電車を指さして目を輝かせた。濃い顔イケメンもやや興奮気味。
……乗りたいのか。
でも、何しろ、先立つものがないからね!
「こんな乗り物に乗りたくはない!」
根暗美男子が即座に拒否をした。
ふふ。
拒否されると、やる気になるよね!
「帰りに乗りますから!」
根暗美男子がぴきりと固まった。
ふふふ。元々そんな予定だったんだよ。嘘じゃないよー。
「今ではダメなのか!?」
暴走系美女、そんなに乗りたいのか。
「今はダメです!」
だって、途中下車が多すぎるから、勿体ないし。
一日乗車券500円×4人分って、結構痛いしね。
うん。帰りに1回だけ乗るくらいで勘弁してください!
路面電車が蛍茶屋の停留所に向かうのを待って、車庫の前を横切っていく。
4人は興味深々で車庫の中にある路面電車を見つめている。
「あの車って乗り物も、この路面電車って乗り物も、精霊はついていないのね」
旧たおやかさん。車とか路面電車に精霊がついてたら、かなーり、ファンタジーですよ。
……いや、今の状況も、相当ファンタジーか……。
「あんな不格好な乗り物を精霊が好むわけがないだろう」
根暗美男子も何だかんだ言いながら、かなり見てるけどね!
路面電車に1日乗り続けて過ごすって手もあるか……。
一日中路面電車の中に乗ってるって、どれだけ人の目にさらされ続けるのか……無理だ。
「行きますよー」
4人が渋々私の後についてくる。
「れんげ、絶対、絶対、乗せるのだぞ!」
「はいはい。大丈夫ですよ」
帰りには私だって歩き疲れてるだろうから、迷わず乗る!
一番不満そうだった暴走系美女の顔が、急にパッと華やぐ。
何だ?
「なんじゃ、この匂いは!?」
あ、甘い匂いがする。
あー。そうか、ここら辺に店があったなぁ。アリタの。
「えーっと、洋菓子屋さんです」
「洋菓子?」
そうね。旧たおやかさんもわからないよね。
「ケーキってわかります?」
「おお! わかるぞ! 壮行会でたらふく食べてきた!」
……暴走系美女、王女なのに食い意地張りすぎてないかい?
「そういう、ケーキとかが売ってるお店です」
「甘いものとか、無理」
ぼそりと根暗美男子が呟く。本気で嫌そうだ。
でも、聞いてない!
「私も甘いものはちょっと……」
おお、予想外に、旧たおやかさんが甘いのダメだった。
……結構甘さ控えめのあるんだけどな……。
いや、買うような余裕はないんだけど。
「買いませんよー! 行きましょう!」
「……ああ、この10バリが役に立つなら……」
しょんぼりと店の前にたたずむ濃い顔イケメン。意外に甘いの好きなのか。
通りを通る人にジロジロ見られているのに気づいて、私は濃い顔イケメンの腕をちょいちょいとひいた。
「行きます!」
「れんげ殿。かたじけない」
私は肩をすくめて歩き出した。
ちらっと後ろを見る。
4人はきょろきょろと周りを見回しながら歩いていて、どうやったってお上りさんだ。
私はなんだかおかしくて、クスリと笑いが漏れる。
この4人、見た目はかなり美形ぞろいで格好も異質だけど、こうしてみると、普通の人たちだよね。
……魔王倒したらしいけど。
「れんげ、なんじゃ? なぜ笑っておる?」
暴走系美女が怪訝そうに私を見る。
「いや。こうやってると、4人とも、普通だなー、と思って」
暴走系美女が目を見開く。
「普通、か?」
いや、いつも暴走しすぎてて、普通認定されたことないのかもなー。
「私が……普通……」
濃い顔イケメンが戸惑った表情になる。
……あ、誉め言葉には聞こえないってことかな。……確かに、そうかもね。
「別に普通になどなりたくない」
そうね。根暗美男子だったら、そう言うと思った!
「えーっと、一応誉め言葉ですよ」
「誰も、普通とか言われたことないので、戸惑っているだけですわ」
旧たおやかさんが肩をすくめる。
まあ、魔王倒せばね。普通じゃないわ。