案内記5
「ほお、これが異世界の眺めか。奇妙な形の建物だな。何の建物だ?」
暴走系美女の言葉に、私は力なく頷く。
「ここから見える場所は人が住む家だけなので、特に特筆することはないです」
私の住む家は、坂の上の上(しかも階段!)だけど、下に広がる景色は、ただ山に沿うように家が立ち並ぶ景色で、下のほうまで家の屋根しか見えない。
下に降りたところで、中心地から少し外れた場所にあるから、観光地の雰囲気なんてないんだけど。
それより、疲れた。
「これは何と読むのですか?」
濃い顔イケメンの声に振り向くと、濃い顔イケメンは私のリュックを背負った姿で、表札をじっと見ていた。なるほど、しゃべる言葉は通じるけど、文字は読めないのか。
「貞松です」
「サダマツ? どういう意味です?」
「私の祖父母の苗字……えーっとファミリーネームなんです」
「そうなのですね。今日は、お二人はどちらへ?」
濃い顔イケメンの言葉に、私は小さく首を振る。
「二人とも、もう亡くなっているんです」
「そうなのですか。では、この家には……れんげ様のほかにどなたがお住まいなんですか?」
「私だけなんです。通っている大学……学校に通うのには便利で」
言い訳など必要もないのに、私はわざわざそんなことを付け加えた。
「学校……お前、いくつだ?」
……根暗美男子何に興味持ったんだろ? なんだろう。もう学校行くような年じゃないだろうってことかな? 異世界には、大学とかないのかな?
「今二十歳ですが、今年で二十一になります」
「「「「え?!」」」」
なんで、皆揃いも揃って驚いてるの?
……若く見えるってこと、かな? 東洋人は若く見えるって言うよね。
「我らよりも年上とは!」
おーーーーーーーーーーーーーっと!?
まさかの、4人が年下パターン?!
「れんげ様、もっと幼いものと思っておりましたわ」
旧たおやかさんよ。私も、あなたの方が年上だと思ってましたよー。
結婚とか言ってるしね。
でも、異世界だと結婚早いのかな?
「……年上のわりに、行動が幼いな」
根暗美男子よ。異世界人が突如現れてみ? まだ落ち着いてる方だと思うよ?
「さあ、案内するがよい」
でも、態度は変わらないのね? まあいいけど。
私が頷くと、暴走系美女が、階段を下りるためにドレスをたくし上げた。
着替えてもらえませんでした! 私が疲れてるのは、暴走系美女との攻防のせいだ。
……当然のように、旧たおやかさんは、勇者に褒められたローブを着ています!
ちょっとね……暑いと思うんだけどね……。今日、20度にはなってるよ。
根暗美男子も、ローブを脱いでくれなかったなぁ。
唯一、濃い顔イケメンだけは……剣を置いて行ってくれました!
剣だけな……。
そして、その恰好のまま、私のリュックを代わりに背負ってくれている。……どう見ても、黒いリュックと濃い顔イケメンの騎士っぽい恰好が、合ってない。
私だけ身軽なカットソーとジーンズという格好で、今からこの4人引き連れていきます……。
……もうコスプレと思うしかない。
うん。コスプレーヤーを観光案内するってことで! この人たちは、中二病!
……くらいの気持ちでいないと、やってられない!
「今から、どちらへ?」
旧たおやかさんの言葉に、私は、うーん、と口を開く。
「私の知ってる観光地を巡ろうかな、と」
徒歩で行ける範囲のね!
スマホでさっと本河内から、ただで行ける観光地を調べてみたら、案外歩けない距離ではなさそうだったことに、びっくりしてしまった。
一番遠いところでも1時間ちょっと歩けば着くらしい。……坂登り下りするのまでカウントされてる気はしないんだけど……。
帰りだけは疲れてるから路面電車で帰ってくる予定だけど……この悪目立ちする恰好なのが……ちょっと。
「ふふふ。楽しみね。カーシー様が満足する場所だといいわ」
……見るの旧たおやかさんですけどね!
「あら、こんにち……」
あ、しまった!
家先に出ていた近所の人が、私の後ろにいる4人に視線を止めて固まっている。
……あー。噂されるんだろうなぁ。
れんげちゃん、変な友達ができたごたるよって。
……まあいいや。噂されるの今に始まったことじゃないし!
「こんにちは!」
いつものようにニコリと笑って、私は近所の人の家の前を通り過ぎる。
「ごきげんよう」
おや、暴走系美女にしてはまともな挨拶。だけど、リアルで”ごきげんよう”って言う人、初めて!
「こんにちは。いい天気ですね!」
うん。濃い顔イケメン、普通だ。
「こんにちは」
おー。旧たおやかさんも、見事にスルーした。……勇者関係してないからかな。
「……見るなよ、面倒だな」
根暗美男子は、近所づきあいとか関係ないよねー!
でも、私も言ってみたい!
……ばあちゃんなら、言ってたかな。偏屈な人だったからなぁ。
階段を下って、細い分かれ道で、私は左に曲がる。
「こっちです」
「狭い道じゃのう。この世界はこんな道ばかりか」
「いえ。この道の方が特殊だと思いますよ。長崎の町だと沢山見ますけどね」
東京では、こんなに階段ばっかりの坂道とか、見たことなかったし。初めてここに来た時には、この坂登るの大変だったなぁ。いつまで登るのって、絶望的な気分になったし。
「あ、街道に出ましたね」
「そうですね」
階段を下って出た道に、濃い顔イケメンが言って、旧たおやかさんが頷いた。
……これが街道なら、大通りになったら、どんな反応するんだろう。ここ、車がすれ違うのも大変な道だからね。
と思って4人を見たら、4人が一斉に目を見開いた。
「あ、あれは何じゃ?! 車輪はあるが、馬もおらぬのに走っておる! この世界は魔素もないのに、魔法が使えるのか!?」
暴走系美女が指さした先には、こっちに向かってくる軽自動車がいた。
なるほど、そんな認識か。
「あれはこの世界の魔物ですか!? 中に人が取り込まれてしまっています! 助けないと!」
濃い顔イケメンが、腰に手を当てて、焦った顔になる。
「申し訳ない、剣を置いてきてしまった! ルース殿、お願いします!」
いや、待て。
戦おうとするんじゃない!