案内記46
「あー。今日も暑いなー」
ベランダに洗濯物を干しながら、真っ青な空を見上げる。蝉の声は、今日も煩い。
入道雲がモクモクと立ち上がっていて、もっと暑くなるんだろうな、と思う。
6年前、初めて蝉の声を聞いた時には違和感しかなかった鳴き声も、今じゃすっかり東京と違う蝉の声に慣れた。
そして、もうすぐ4か月になる新しい部屋から見える景色にも、大分慣れてきた。
「提灯、夕方につけてもいいかな?」
噴き出してきた汗をぬぐいながら、今日の予定を思い返す。
本当は、午前中に提灯を設置するのが、長崎の8月15日のお盆の準備だ。
本当はばあちゃんの初盆だから、提灯をいくつも用意して木枠につけてお墓に吊るすのが長崎の風習ではあるんだけど、その用意をするのは私しかいないし、提灯を吊るすための木枠を組み立てる力はない。私一人じゃ運ぶのも難しいし、設置も難しい。
「あ、ダメだ。墓掃除にはいかないといけないし……ついでだから、提灯も立てに行くかぁ」
午前中はお盆の準備、そして、お盆の本番は、夕方から。
高1の夏、朝からお墓に行くと言ったばあちゃんに、私は迷いなく言った。
「あ、お盆だからね」
って。
だって、父親側のお墓は、暑いからって午前中にお墓詣りしてたから。
だけど、私の”お盆”の意味と、ばあちゃんの”お盆”の意味は全然違った。
お墓の掃除をして、提灯を吊るして、そして軽くお参りをして帰るじいちゃんとばあちゃんに、二人はもうちょっと信心深いのかと思ってたけど、結構ドライなんだな、って思いながら背中を追いかけた。
だから、夕方になってから
「さ、墓参りに行こうか」
って言われた時の衝撃って言ったら!
「朝行ったよね?」
って当然のように言ったら、
「あれは準備たい」
って軽く笑われて、
「これから暗くなるのに墓地に行くなんて!」
って抵抗したら、じいちゃんとばあちゃんに呆れた顔されたっけ。
その時のことを思い出して、顔がほころぶ。
今年から一人だけど、それでもお墓までの夜道は怖くないと知ってるから。
だから、きちんとお墓参りは夕方に行くつもりだ。
そして、一人きりで花火をしようと思っている。まあ、一人だから、ちょっとしか花火は買ってないけど。
でも、ばあちゃんの初盆だから。
部屋の中には、小さいけれど精霊船も用意している。きちんと大波止まで持っていくつもりだ。
それが、長崎の初盆のしきたりだから。
ばあちゃんがじいちゃんの初盆の時にやっていたように、私も、ばあちゃんの初盆を送りたいから。
ふ、と笑いが漏れる。
「精霊流し、あの4人が見たら、何て言うんだろ」
戦いが始まったって、勘違いするかもしれない。
正確には爆竹がけたたましく煩いだけなんだけど、きっとあの4人なら、攻撃されたって思っちゃいそう。
長崎の精霊流しは、お祭りだ。
しめやかで厳かな雰囲気はみじんもない。
街中が、爆竹の音であふれる。一瞬で、中国のお祭りに来たみたいだって思うと思う。
それくらい、恐ろしい数の爆竹が、いろんなところで鳴り響いている。
もっと昔は、音の出るロケット花火も空を飛び交ってたらしいから、あの4人なら完全に勘違いするだろうな、って思う。
こんな風に、ふとした時に、あの4人がいたら、って考えることがある。
ちょっとした切なさがある。だけど、一人きりになった生活の中で、4人の存在を思い出すことで救われることがある。
たった1日しか一緒に過ごさなかったのに、あの4人の存在は、私の中で大切なものになっているんだって思う。
一緒に過ごす友達はいるし、ボッチなわけじゃない。
それでも、あの4人は、その友達たちとは違う、もっと根本的な大切なものをやり取りした仲間みたいな感じがしている。
そこまで考えて、私が勇者一行の一人になるのかな、って思うと、噴き出してしまった。
丁度、一名欠員あったしね。
でも、私が勇者ポジションは、ちょっと荷が重いな。その他大勢で十分だけど。
「さて、早く干してお墓に行くかな」
引っ越した先の新居は、大学の近くの浜口町になったから、蛍茶屋には路面電車で移動することになる。
だから、下手すれば2往復することになるから、夕方に全部まとめるかな、って思ったんだけど。
住み慣れた本河内の日見バイパス沿いも考えたけど、実習が増えることを考えると、大学……大学病院の近くの方が楽だって友達に言われて、確かにそうだな、って浜口町に1Kのアパートを借りた。
じいちゃんとばあちゃんの気配が全くないアパートの部屋は、目が覚めると不思議な気分になることもある。
だけど、むなしくなることは、ない。
頑張ってるのは私ひとりじゃないって、知ってるから。
異世界で、世界を変えるために頑張っている人たちがいるって、信じてるから。
だから、私はこの新しい生活を、これからの人生を、精いっぱい生き抜くって思って暮らしている。