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案内記43

「こ、これは何じゃ?!」


 私が出したアルミホイルの上のシュークリーム……の二分の一個を見つめた暴走系美女が、目をキラキラと輝かせる。

 ……わかりやすいなぁ。

 さっきのお昼ごはんのお茶漬けと具なしの茶碗蒸しと反応が段違いだ。

 ……お茶漬けと具なしの茶碗蒸しの理由は察してほしい。


「昨日、通りがかった洋菓子屋さんのシュークリームって食べ物です。私からの、餞別です。みなさん、どうぞ」

「本当か!? 甘いのか!?」


 暴走系美女が勢いよく私を見る。


「そうですね。甘さ控えめ、だと思いますけど……異世界と比べたら甘いかもしれないですね」


 そもそも、異世界の甘さ基準がわからないしね。

 それに、私が言い終わる前に、暴走系美女もうかぶりついてるし。

 想像通りの猪突猛進ぶり。

 ああ、でもうっとりしてるなぁ。

 こっちまで嬉しくなるよね。


「れんげ様! ありがとうございます! この御恩は、きっとお返ししますので!」

 

 勢いよくかぶりつくのか、と思いきや、濃い顔イケメンは、上品にチマチマ食べだした。……味わい過ぎじゃない?


「マイルズさん、もう返してもらえるような時間あんまりないよ?」

「そうですかね?」

「あと1時間で、4人は異世界に戻るんでしょ?」


 今、1時だからね。

 あと1時間もすれば、4人は元の世界に戻る……ハズだよね?


「では、いずれ」

「いずれがあるか!」

 

 濃い顔イケメン、シュークリームに夢中で私のツッコミ全然聞いてないじゃんか!


「折角買ってきていただいたようですが……私は甘いものは好きじゃありませんの……」


 旧たおやかさんが眉を寄せて首を横に振った。

 きっとそれ、異世界スタンダードの甘味の虫のせいだよね? 


「勇者さんへの土産話に、異世界の甘味の話をしたらどうでしょう?」

「そうね、食べるわ!」


 楽勝だな!

 口にクリームを入れた途端、旧たおやかさんが目を見開く。


「……意外に、美味しいかもしれませんわ」

「えーっと、皮とクリームを別々に分けずに、一緒に食べてくださいね?」


 分解する人、いるのね。

 そうか。だって、シュークリームの常識なんて、異世界人は知らない……かもね。


「私はいりませんよ。れんげが食べればいい」


 ……根暗美男子も、きっと虫嫌いなんだろうなぁ。


「一口だけ、食べていきなよ」

「……いやです」


 根暗美男子が目をそらす。


「ほら、あーん」


 私がシュークリームを持って口元に持っていくと、根暗美男子はぎょっとした顔をして私を見る。


「ほら、食べる! 一口でいいから!」


 パワハラ?

 いや、甘ハラ?

 でもね、根暗美男子、食わず嫌いの毛があると思うんだよねー。

 根暗美男子は、眉を寄せたままだ。


「ふぇーはふはは、ほへふぁふぁふぇふへふへひへふは!」


 旧たおやかさんが言ってることが、全然わからない! 


「でーはふどの、ひゃんふでふ、ひゃんふ!」


 ……濃い顔イケメンもさ、飲み込んでからしゃべって?


「し、仕方がないな!」


 ふん、と偉そうに、根暗美男子が口を開けたから、私は苦笑してシュークリームを口に入れてあげた。


「どう? おいしい?」


 適量を押し込むと、私は残りのシュークリームをアルミホイルの上に置いた。

 恐る恐る咀嚼し始めた根暗美男子の顔は、曇った表情から、目を見開いた。そのまま、まんざらでもない、って表情で、根暗美男子の咀嚼が進む。


「おいしい、でしょ?」


 私の言葉でごっくんと飲み込んだ根暗美男子は、でもまた眉を寄せた。


「おいしくない」

「うそでしょ! 顔は、美味しいって言ってたし!」


 私はまたシュークリームをつかむと、根暗美男子の口に押し込んだ。入りきらない分は、口から外に出たままだ。


「ひひ、はふへんはわ!」


 いや、旧たおやかさんさ……。何言ってるか聞こえないから!


「データス! いらぬのならば、私が!」


 暴走系美女の手が伸びてくる前に、根暗美男子はシュークリームを自分の手で全部押し込んだ。

 ほらね!


「それはそうですわ! データス様とれんげ様の愛の証ですもの!」


 旧たおやかさんの言ってることが理解できた試しはほとんどないけど、やっぱり理解できそうな気がしない。


「データス殿! よかったですね!」


 ……濃い顔イケメン、何がうんうん、だ。


「あ、甘いもの克服できて良かったってことね?」

 

 私の言葉に、旧たおやかさんと濃い顔イケメンが顔を見合わせる。


「……道のりは長いわね」


 旧たおやかさんのため息に、濃い顔イケメンが大きく頷いた。

 わけがわからん!


「……れんげ、次も頼むぞ」


 暴走系美女は、十分理解できる内容を話してるな。

 でもね?

 あと1時間だから!


「次ってない……でしょ」


 声が詰まった。……もうすぐこの4人とサヨナラするんだと思ったら、何だかちょっと切ない気分になった。

 ……おかしいな。迷惑だって思ってたはずなのに。


「諦めたら終わりだと、れんげが言ったじゃろう?」


 ニヤリ、と笑う暴走系美女に、私は苦笑する。


「元々言ったのは、マイルズさんですからね」

「そうよ! 転移の魔法を使えるようになればいいのよ!」

 

 なぜか旧たおやかさんの声が跳ねた。


「……いや、あの魔法は、相当の魔素が必要だし……簡単な魔法じゃないし……偶然でこの場所にたどり着くともわからないから……」


 根暗美男子の言葉は尤もで、現実的だった。

 なのに、ちょっとがっかりした気持ちになるのは、何でだろうな。


「データス殿! 諦めたら終わりです! やるしかありません!」


 ……いや、濃い顔イケメン煽ってるけどさ?


「適当に魔法発動して、全然違う異世界にたどり着いたら、4人が困るんじゃないの?」


 魔王を一度で壊滅できた根暗美男子なら、異世界に転移する魔法がもしかしたら使えるかもしれないけどね。

 今回は、本当に偶然、私のところに4人が来てくれたんだと思うんだ。

 その偶然が、次も起こるとは……限らないから。


 きっといろんな世界に、親に捨てられた子供っていると思うんだよね。

 

「れんげ様、心配なさらないで。次は、カーシー様を連れて、きっとまたうかがいますわ! 異世界の別荘を手に入れて、そうだわ! 結婚式もしなくてはなりませんし!」


 それは、困る!

 ヤグラシカは使えないから!


 家一軒分のお金とか、絶対立て替えないからね!

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