案内記40
「れんげ! 今日は出かけぬのか?!」
家に帰ると、不思議そうにTVを見ていた暴走系美女が飛びついてきた。
「今日は、出かけません! 今日は、うちで……見てもらいたいものがあるので」
とたんにしょんぼりした暴走系美女に、ちょっとだけ、長崎駅に”特急かもめ”見に連れて行ってあげるくらいはしてもよかったかな、と思う。だけど、かもめ見て行って帰るくらいの道中になるので、それを徒歩でするだけの労力を考えると、実際に行くよりも、家で映像を見せるにとどめるだけにしようと決めてたから。
「行かぬのか……」
「では、何をするのです?」
濃い顔イケメンが、首を傾げる。
「甘いものを食べるんだろう?」
顔をしかめた根暗美男子に、私は首を横に振る。
「それは、後で」
「何?! 甘いものがあるのか?!」
「な、何があるんでしょうか!」
暴走系美女と濃い顔イケメンが一気にテンションが上がる。
……わかりやすい2人だなぁ。
「昨日、行きに通りかかったお店のシュークリームというものを買ってきたんです。とはいっても、2つしかないので、分けることになりますけど」
「構わぬ! 異世界の甘味が味わえるなら、量は問わん!」
食いつく暴走系美女は、私の手を握って、ぶんぶんと頷いている。
……今日も、良い勢いだな……。
「私は甘いものはいりませんわ?」
首を傾げる旧たおやかさんの言葉に、私は頷く。
「ちょっとだけ、食べてみてください。ちょっとだけでいいので。……カーシーさんへの話のタネにもなりますし」
「……わかったわ。そうね。カーシー様の代わりに食べてみようかしら」
……旧たおやかさん、勇者の名前を使えば……いいのか。
……そうだよね。勇者第一主義だもんね。もうちょっと前に気づいときたかったな。
「私は絶対食べないです!」
根暗美男子の言葉を、ハイハイと軽く流すと、根暗美男子はムッとした表情で口をつぐんだ。
……いや、食べさせるけどね。一口は! ……それってパワハラ? いやいや、根暗美男子、意固地になって食わず嫌いなだけの可能性あるし。
「えーっとですね……見てもらいたいのは、これです」
私は自分の部屋からノートパソコンを持ってくると、ちゃぶ台に乗せた。
「これは、何じゃ?」
「ノートパソコンと言って……自分の考えていることをまとめたり、映像や画像を見たりする道具です」
大体だけど、説明あってるよね?
「のーとーぱそこん」
濃い顔イケメンの発音って、一気にノートパソコンがアナログな機械に聞こえるんけど。
「ノートパソコン、です。それで、今日は、4人に、いくつか写真を見てもらおうかな、と思ってます。この国……というか、この世界のことを説明できるかな、って思うので」
ノートパソコンを開いて電源を入れると、すぐにパソコンは立ち上がる。
私の後ろに、4人がかたずをのんで座っている。
G〇〇gleの検索ワードに、私は『特急かもめ』と入力する。
一番最初に表示されたJR九州のページをクリックすると、開いた九州の地図に、おお、と小さな声が挙がる。
そして、遅れて開いたかもめの写真に、「おお!」と、暴走系美女の大きな声がかぶる。
やっぱり、こういうの好きなのね。
「これは、かもめ、という名前の、電車です」
「ロメンデンシャとは違うのか?」
「そうですね。路面電車は、長崎市内の一部にしか走っていませんが、このかもめは、もっと長い距離を走ります。少なくとも、1時間で歩いていける距離では、ありません。そうですね……」
私は地図を開くと、徒歩でのルート検索をかける。長崎から、博多の。
この距離を徒歩で行く時間調べる人って、どれくらいいるんだろう?
「そうですね、30時間ですから、1日10時間歩き続けたとして……3日かかる距離、と言えばわかりますか?」
「ええ、わかります」
濃い顔イケメンが頷く言葉に、私は、ルート検索のタブを徒歩から電車に変更する。
「さっきのかもめという電車に乗ると、30時間、つまり3日はかかる距離が、たった2時間でたどり着きます」
「「「「おお!」」」」
今日一番大きな歓声が上がる。私はまたかもめの写真を表示する。
「それが、このかもめって電車の力なんです。この電車ができたのは2000年、ちょうど20年前のことです」
え? と声を漏らしたのは、濃い顔イケメン。
「その前はもっと時間がかかっていたんですか?」
「その前はもっと時間がかかっていました。徐々に時間は短くなって行ったんですがけどね。でも、電車……汽車って乗り物ができたお陰で、30時間の距離を、たった1日の内で移動できるようになったのは、115年前のことです」
車がいつから、とかは知らないから、そこはすっ飛ばしてるけど、じいちゃんが鉄オタで、お酒飲みながら話すの、延々聞かされたから覚えてるんだけど。
「115年前とな?!」
「たった、100年ちょっとで……」
「信じられませんね」
「この国は……どうして変わったんですか?」
根暗美男子の疑問に、他の3人がそれぞれにうなずく。
あ、ようやく4人をスタートラインまで連れて来れた気がする。




