案内記39
「……私は食べないからな」
アリタから出てくると、ブスっとした根暗美男子が、ぼそりと告げる。
アリタ。
洋菓子屋さん。
昨日、行きの道で、暴走系美女と濃い顔イケメンがくいついていた洋菓子屋さんだ。
ここは、シュークリームが有名で、確かにおいしいから。それに、他のケーキに比べたら、確実に安いし。
流石に私もカツカツの状況だから、4個買うわけにはいかなかったけど、2個買ったから、半分ずつ分けるつもりでいる。
当然、根暗美男子にもチャレンジしてもらうつもりでいる。
今は言わないけど。
食わず嫌いもあるんじゃないかな、って思ったりしてるんだけど。
……何しろ、異世界の甘味、虫とか言ってたから……。虫は無理、って人も当然いるよね、って思う。
「全く、買い物に行くと言うからついてきたのに……」
ブツブツ言っている根暗美男子を横目に、私は目の前を通り過ぎていく路面電車を見つめる。
ああ、魔石、良い案だと思ったのにな。
「魔力を吸い尽くす魔石など、ないぞ」
私が考えていることを読んだらしい根暗美男子が、ぼそりと告げる。
「……ないなら、作ればいいんじゃない? ほら、魔石を沢山組み込んで、そういう道具を作ったら、異世界中の魔力を集められたりするかもしれないじゃない?」
思い付きで言ったけど、我ながら悪くないアイデアな気がする。
当然、異世界中の魔力を集める、ってところが、一番実現が難しいところなんだろうけど。
「……作る?」
どうやら根暗美男子は、想像もしなかったことらしい。声がちょっと高い。
「えーっと、異世界には、道具ってない?」
「いや、道具ならあるが……魔石を使って、道具を作るのか……」
考え込む根暗美男子に、ちょっとだけ希望を見つけた気がする。
「できそう?!」
私の勢いに、根暗美男子が苦笑して顔を挙げた。
「いや……今は何も思いつかない。だが……試す価値はあるかもしれない」
「うん、うん。試してみて!」
前向きな言葉に、頷きながら、涙がにじむ。
「……何で泣くんだ」
根暗美男子が困った表情で私を見ている。
「いや、ちょっと……データスたちに感情移入しすぎてるのかも。でも……何だか他人事には思えなくて」
「れんげは……人を癒す仕事を選ぶくらいだから……誰にでも優しいんでしょう?」
根暗美男子の言葉に、私は苦笑するしかない。
「……違うよ。私は……生活していくためだけに、看護師を目指してるだけだから。誰かを癒したいとか……そんな気持ちで勉強してる同級生とは、ちょっと違うんだよ」
「……だが、生活するためとはいえ、その仕事以外もあったのだろう? その仕事を選んだってことは、れんげは、誰かを癒したいと、どこかで思っていたんじゃないんですか?」
「そんなこと……ないよ」
そう言いながら、どうして看護師を目指すことにしたんだっけ、と思う。
給料が安定してるから、どこでも就職できるから……。
他にも、国家資格の医療系の仕事はいくつもある。だけど、看護師を選んだのは……。
「癒したい、って思ったのかはわからないけど……じいちゃん……祖父が入院してるときに、受け持ちだった看護師さんの存在が、大きいかもしれない。私も、こんな風になりたいって、どこかで思ったのかも。痛みに苦しむじいちゃんが、その看護師さんが来た時には、表情を和らげていたんだよね」
じいちゃんは、私の前でも痛みに耐えていた。だけど、その看護師さんが来ると、明らかにホッとした力の抜けた表情をしていた。それを、すごいな、って思ったのは、間違いないと思う。
そんな風に、私はなりたかったのかな?
「癒しとは、そう言うことじゃないんですか?」
「……私に、できるのかな」
ただ、生活のためだけに、って、そう思い込もうとしてたから。機械みたいに働くんだって、どこか思ってた。
だから、同級生たちの語る理想が、遠くて、自分がそこにたどり着けるとは、到底思えなかった。そこにどこか、劣等感みたいなものがあった。
「れんげは、得体のしれない我々4人を受け入れるくらいの器がありますから。大丈夫ですよ」
根暗美男子の言葉に、プッと噴き出す。
「自分で得体のしれないとか、言う?」
「……大分、この世界では、奇異の目で見られた気がしますけどね。先ほどの店員も、目を丸くしてましたよね」
「……気づいてたんだ」
根暗美男子がそのことに気づいてた、ってことに驚く。気にもしてないのかと思ってた!
案の定、根暗美男子がムッとした表情になる。
「れんげこそ、です。れんげは、鈍いですから」
「え?! 嘘。私、鈍い?」
根暗美男子に言われるくらいに? うっそだー。
「大体……」
そこまで言った根暗美男子が、口をつぐむ。
「大体?」
「何でもありません」
ぷい、と顔をそむけた根暗美男子の耳は、なぜか赤かった。
……一体、何を言おうとしたんだろうなぁ。
ま、いっか。
「二人きりになればいい雰囲気になるとか、嘘じゃないですか」
ブツブツ呟く根暗美男子は、空を睨んでいる。
……一体、何に文句言ってるんだか。