案内記38
「あふ」
私は生まれてきたあくびを、必死で噛みしめる。
……眠い。
「どうしたんですか?」
私は横を歩く根暗美男子に首を横に振った。
「いや、別に」
昨日、君んところの聖女さんが、夜遅くまで恋のレクチャーとか言って、わけわからないことを延々と私の耳元で話し続けたんだよ!
とか、文句を言いたい気持ちはあるんだけど、八つ当たりってわかってるから、言わない。
「ところで、何を買いに行くんですか?」
「行ってからのお楽しみ」
……多分、根暗美男子は喜ばないだろうし。嫌な顔を見るのは、1回で十分だ。
朝、おにぎりとみそ汁という簡素な食事を提供した後、もうすぐ9時になるって時間に、私は買い物に行ってくる、と出かけようとした。
4人を連れて歩くつもりはなくて、一人で行くつもりだった。
今日は出掛けないで、やろうと思い付いたことがあったから。
だけど、なぜか旧たおやかさんが、根暗美男子がついていくと、本人の許可なく提案した。
そして、濃い顔イケメンが激しく賛同し、根暗美男子が渋々と言った感じで着いてくることになった。
私は、渋々なら着いてこなくていいんだけど、って言ったんだけど、根暗美男子は逆に意固地になった。何なのソレ。
そして、私もついて良く! と宣言した暴走系美女は、なぜか濃い顔イケメンに取っつかまって、私と根暗美男子の二人で出かけることになった。
当然、根暗美男子は、昨日と全く同じ格好で、一人でも十分目立っている。
……無になるしかない。
根暗美男子が昨日とちょっと違うのは、墓地の隣を歩いても、もう怖がってないってところだろうか。
「昨日の花火、楽しかった?」
私の質問に、根暗美男子が私をちらりと見る。
「ああ……まあまあ、楽しかったですよ」
素直じゃないなー! でも、まあ楽しかったって言ってるだけいいか。
「楽しかったなら、いいんだけど」
「その……オボンという行事は……れんげもやるんですか?」
「そうだね。今年は、ばあちゃん……私の祖母の初盆だから、絶対やるよ。流石に、提灯立てたりはできないし、精霊船も小さなのしか用意はできないけどね」
私が用意するだけだから、提灯はお墓の横に一つずつ飾るだけが精いっぱいだろうし、精霊船は……小さなものを買うくらいのお金しか用意できないだろう。そもそも、何メートルもある大きな船を買ったところで、船を大波止まで運ぶ家族も、他にはいないしね。
「えーっと、チョウチン? ショウロウブネ?」
「ああ……えーっと、昨日、ろうそくがあったでしょ? あの蝋燭がすぐに消えないように作られた紙の覆いのこと。で、精霊船は、長崎の初盆の時に作る船で……亡くなった人の霊を乗せて、海に流す行事があるんだ」
今は、大波止で精霊船を集めて、ゴミとして処理されてる。けど、「昔は海に流しよったとよ」ってばあちゃんがじいちゃんの初盆の時に言ってたみたいに、本当に海に流してたらしい。環境問題で禁止になったらしいけど。
「ハツボンとは、何のことです?」
「亡くなってから、49日が過ぎて始めてくるお盆の日のこと、かな」
私の言葉に、あ、と根暗美男子が目を開いた。
「昨日、確かれんげの祖母が亡くなって49日だって言っていましたね?」
根暗美男子が口にしたことに、私の方がびっくりする。
「よく覚えてたね?」
「……まあ、記憶力は悪くないので」
なぜか目をそらす根暗美男子。別にディスったつもりはなかったんだけどなー。
「だから、初盆なんだよ」
「……一人で、夜、あのお墓に行くんですか?」
「他に行く人いないからね。……流石に、一人で花火するのは、わびしいか」
私は苦笑する。
長崎に来てから5年間、当たり前のようにお墓で花火をしてたけど、流石に今年はやめようかな。
……線香花火くらいは、しようかな。
ばあちゃんは、花火楽しみにしてるかもしれないし。
「……一人だと、花火はしないものなんですか?」
「どうだろう? する人もいるかもだけど……私は、生粋の長崎人じゃないからね。ちょっと抵抗あるかな」
「……もし、私がいたら?」
根暗美男子の言葉に、私は微笑む。
「そうだね。データスがいたら、花火してもいいかもね。今度は、怖がらずにやってよ?」
根暗美男子が、驚いた顔をして、そして頷いた。
あり得ない未来の話。
そしてきっと、異世界に戻ったら、根暗美男子も、暴走系美女も、旧たおやかさんも、濃い顔イケメンも、そんな出来事があったってことすら、思い出す暇もなくなるかもしれない。
それでも、そんな未来があったらいいな、と思う。
4人が魔王討伐に駆り出されることのない、そんな未来が。
日見バイパスへ続く階段を下りながら、昨日とほとんど変わることのない景色を見る。
……異世界では、魔王や魔物に荒らされて、次の日には違う風景になっているのかもしれない。
あ、そうだった。
「昨日もした話なんだけど、データスの魔法でマソってやつを使い果たして、魔物が出なくなったかもしれないでしょ? その魔法を何度も繰り出したら、魔王ってもう出てこないんじゃないかと思うんだよ」
昨日、なぜか旧たおやかさんによってすり替えられてしまった話題を、本人に言ってみる。
だけどやっぱり、根暗美男子は苦笑した。
「えーっと……」
「否定の言葉はいらないから! 試すだけ、試して欲しい。……死ぬのが当たり前の世界を、変えてほしい」
私の真剣な声に、根暗美男子が瞳を揺らす。
私の言いたいことは、伝わっているだろうか?
「……れんげの言いたいことはわかる。だけど……私の魔法は……いつでも使えるわけじゃない……」
視線を伏せた根暗美男子に、私も肩を落とす。
そうだよね。魔法をコントロールできないからこそ、根暗美男子は、その学年で一番最初に魔王討伐に行かされたんだから。
道路を渡ると、昨日と同じで蛍茶屋に向かって路面電車が走っていくところだった。
あ!
「ねえ! 魔力を貯める魔石ってやつがあるって言ってなかったっけ?」
私の勢いに、根暗美男子が驚いている。
「それってさ、どうやって魔力貯めるの?!」
私が畳みかけると、驚いた表情のまま根暗美男子が口を開く。
「魔石は、自然に魔力を集めます。そして、魔石から魔力を借りると、また空いたところに魔力が集められていくようです」
そう! それ。その機能が欲しかった! 路面電車を見て、電気みたいに集めて貯められればいいって思ったんだよ!
「それって、どの石も同じくらいの魔力しか集められないの?」
「その魔石の持つ器の力がどれくらい大きいかによって、魔石に貯められる魔力がかわってきます。ただ……異世界の魔力を集められるほどの魔石が存在してたら、れんげの言うような世界に、すでになっているかもしれません」
あ。
根暗美男子の指摘に、私は更にがっくりと肩を落とした。