案内記36
「れんげ、あの薄汚い飾りはなんじゃ?」
暴走系美女が指差した先にあったのは、私の部屋に飾ってある寝台特急さくらのヘッドマーク。
あ、あまりにも部屋の古ぼけた雰囲気にマッチしすぎてて片付け忘れてた!
「電車の前にある飾りです」
「ふーん」
どうやら、暴走系美女は動いてないものには興味はないらしい。
まあ、私も実際興味がないから、忘れてたんだけど。
昔、長崎東京間を走っていた寝台特急だし、もう新しいヘッドマークが作られることはないから、売ったらそれなりに価値があるらしい。何かの時に役に立つかもしれないから持っとけ、って、ばあちゃんが、鉄オタのじいちゃんの遺品から、私にくれたもの。
すっかり忘れてたけど……まだ、売るのはなんとか耐えよう。
「この世界は、平和じゃの」
暴走系美女が、ゴロゴロと掛け布団の上を転がっている。
……ドレスで。
掛け布団は、今日は敷布団としての役割があるので、そこには文句はない。
そもそも、引っ越すために色々処分した家に、布団が5組もあるわけがない。
それで、私たち女子3人は、敷布団と冬用掛け布団を敷布団として使って、男子2人は、こたつ布団を提供した。あの人たち、大きいから!
4月だから、掛け布団は適当。いや、正直今日は気温が高くて助かった。
ドレスは脱いだ方がいいよ、と暴走系美女に言ったんだけど、自分で着られないし、着方も説明できないから、と言われて諦めた。
……旧たおやかさんも、ドレスを着たこともなければ、着せたこともないから、わからないと言われてしまった。
男子陣については、以下略。わかるって言われても反応に困るけど。
「そうですわね」
うんうん、と頷く旧たおやかさんは、布団代わりに自分のローブを体にかけている。ローブに隠されていた髪は、きれいなストレートの黒髪だった。
「精霊の言葉は信じなかったくせに」
旧たおやかさんのとなりで、呆れて首を横に振ると、旧たおやかさんは首を傾げた。
「何の話かしら?」
精霊に話しかけられたことすらなかったことになってる!
勇者補正、おそろしいな!
「……一体、カーシーさんのどこを好きになったんですか?」
「あら! れんげ様、聞きたいんですの!?」
旧たおやかさんが、明らかに食いついてきた。
……これ、何時間コースに入っちゃったんだろう?
いや、もう寝たいな。
……これ、聞きたくないって答え、ある? 答えて、大丈夫なもの?
「聞き……」
「たいんですのね! わかりましたわ! 説明いたしますわ!」
全然違う! 聞きたくないって言おうとした!
……いや、きっと無理だ。どんな答えだったとしても、私に逃げるという手段はないんだ……。
「カーシー様が、私を一人の人間として扱ってくださったからですわ」
うっとりとした旧たおやかさんが口を閉じる。
……そ、それで?
次は何が?!
私が次の言葉を待っていると、旧たおやかさんが眉を寄せて私を見る。
「れんげ様、聞きたいとおっしゃったから言ったんですわ! どうして何もおっしゃらないのかしら?」
え?
あれで終わりなの?
「ずいぶん、あっさりとした理由じゃな」
私の代わりに、暴走系美女が答えてくれた。
そうだよね! あっさりしすぎてるよね!
「そんな理由じゃダメですの?」
「い、いや、良いと思います!」
これ以上語られても困る!
……にしても、結構普通の理由だったな。
「れんげ様は、好意を持つ方はいらっしゃるの?」
「え? いないけど?」
恋バナとか、友達とした記憶すらないんだけど。
私の答えに、旧たおやかさんが目を見開いた。
「あら。そうですの?」
何かを考え込む旧たおやかさんに、私は首をひねる。
「どうかしました?」
「いえ。何でもないですわ」
にっこりと笑う旧たおやかさんの言葉に、私は眉を寄せる。
どう考えても、何もなさそうな反応じゃなかったけどなー。
「ルース! 私には聞いてくれぬのか!?」
暴走系美女が身を乗り出してくる。
……え? 暴走系美女、好きな人いるの?
旧たおやかさん並みか、更にすごいことになりそうだけど、大丈夫?
「イザドラ様、そんな方がいないとわかっているのに、尋ねるわけがありませんわ」
え?
驚く私に対して、暴走系美女と言えば、ムッとして口をつぐむと、またゴロゴロを再開した。
いないんかーい!
「イザドラ様には、まだ愛はわからないでしょうね」
「いや、自分もね?」
「え? れんげ様、何かおっしゃって?」
「いやいやいやいや。何も言ってない!」
「そうですわよね?」
またにっこりと笑う旧たおやかさんの目が怖いって思うのはどうしてかな?!
……口は災いの元だ。気を付けよう。
「データス殿! それは、本当ですか!?」
ふすまを隔てた隣の部屋から、濃い顔イケメンの驚いた声が聞こえてくる。
このボロボロの家で、布団を敷いて寝れる部屋は数が限られる。
だから、居間に男子2人、その隣の、私の部屋に女子3人で横になっているので、少し大きな声を出せば、筒抜けだ。
「マイルズ、黙れ」
静かながら、根暗美男子が怒っているだろうことはわかる。
「申し訳ない! もう、口にはせぬ」
……えーっと、一体となりは、何の話をしてるのやら?
「マイルズ、どうしたのじゃ!」
好奇心が抑えられないらしい暴走系美女が、隣の部屋に問いかける。
「何でもない。マイルズが勘違いしただけだ」
え? そうかな。
「そうか。つまらんの」
え? 暴走系美女、トーンダウンした。今ので信じたの? 今ので信じる?!
「イザドラ様、そんなことよりも、れんげ様に、いかに恋心を抱かせるか、ということを、議論しなければ!」
え?
何で、急にそんな話になった?
「いや、今は生きるのに必死で、それどころじゃないって言うか」
ポリポリと頬をかくと、旧たおやかさんが真剣な目で私を見つめる。
「れんげ様、私だって、生きるのに必死ですわ。でも、人を愛することを止めることなどできないのです」
「……いや、そうかもしれないけど……」
旧たおやかさんたちの過酷な状況よりは、この世界の日本にいるってだけで、過酷さは減るんだろうけど……。
正直、恋愛って言葉に、冷めた気持ちにしかならないから。
「れんげ様、人を愛せるって、素敵なことですわ!」
うっとりとした旧たおやかさんは、きっと勇者の顔を思い浮かべているんだろう。
1人の人をそこまで好きになれるってことが、凄いな、と思わなくもないけど……。
「人の気持ちなんて、変わってしまうんで」
口にしてしまったあと、ハッとする。
いけない! 口は災いの元だって! 旧たおやかさんが発狂しちゃったら困る!
「そんなこと、当然ですわ。愛が続くためには、努力が必要なんですの」
淡々と旧たおやかさんは告げた。予想外に、まともなことを言っていて、素直に驚く。
「ルースの努力は、間違っておるがの」
暴走系美女の言葉に、吹き出しそうになって口元を必死で閉じる。
「イザドラ様が何を言っているかは分かりませんけれど」
不思議そうに首をかしげる旧たおやかさん。
安定の反応に、私はつい吹き出した。