案内記32
「れ、れんげ。どこに向かってる?」
証明などできるわけがない、と懐中電灯をつけてズンズン先に歩き始めた私を、根暗美男子が追いかけてくる。
さっきまで、根暗美男子を魔王だと言ってた3人の足音も続いている。
「れんげ様、機嫌を損ねないでくださいませ。大丈夫ですわ。私、データス様が魔王だと思っていませんもの。だって、精霊たちは、昼間データス様を見て騒いでおりませんでしたから」
いや、旧たおやかさんさ、勇者に倒してもらうって息巻いてたよね?
「ルース。そんなことはわかっておったのじゃ」
……暴走系美女、本当にわかってた?
「やっぱり、そうですか」
いや、納得の声を出してるけど、濃い顔イケメーン!
「そんなことより、れんげ、どこに行くんですか!」
……当事者がこれだもんなぁ。
「れんげ殿! このままでは、墓地を通ることになります!」
どうやら昼間の会話を覚えていたらしい濃い顔イケメンも、焦った声を出す。
「いやですわ! アンデッドは、厭らしいんですのよ!」
……厭らしいから嫌って、理由おかしくない?
「大丈夫です。この辺りは、火葬して埋葬するので、アンデッドはあり得ません。せいぜいスケルトンですから」
「スケルトンとは何じゃ?!」
「骨の魔物です!」
「そんな見たこともない魔物とどうやって戦うのじゃ!」
暴走系美女が予想外に信じてくれたことに、ちょっとスッとする。
「魔物は出ないって言った。墓地に入ったって、何も起こんないから」
私は街に向かうときに歩いた道から左に入る。
「れんげ殿! そちらは墓地の中に入る道ではありませんか?!」
「大丈夫です。何もありませんから」
「れんげ! 何もないなら、行く必要はないだろう!」
「……墓地を怖がることなく歩けるなど、元の世界ではありませんわ。不思議な感じですわね」
「そうじゃな。……なんじゃ。よくよく考えれば、墓地など石が並んでおるだけではないか」
焦る男子に、落ち着いている女子。
……男子の方がビビりなのかもねー。
「で、れんげ。どこに向かっておるのじゃ」
「あとちょっとで着きますよ」
足元を照らす懐中電灯だけが、頼りだ。
昼間も通ったはずの道なのに、暗いだけで、別の道に思える。
私の後ろで、根暗美男子がブツブツ言っているけど、お経みたいに聞こえなくもない。木魚でも持たせてやろうか。
「着きましたよ」
私が照らす墓石には、金色の文字で、貞松、と彫られている。
「ここは?」
根暗美男子の言葉に、4人が文字を読めないことを思い出す。
「祖母の……祖父母のお墓です」
「そうか」
暴走系美女が頭を垂れると、他の3人も頭を垂れた。
そして、しばらくして顔をあげた濃い顔イケメンが口を開く。
「そ、祖父母の墓で何をするんですか? まさか」
「ハナビとやらに決まっておるだろう!」
怯えた様子の濃い顔イケメンに答えたのは、暴走系美女だった。
「ああ、そういうことですのね」
旧たおやかさんはあっさりと頷く。
「え? こんなところで?! 嫌だ!」
根暗美男子は当然、拒否だ。私の服をつかんで、ブルブルと首を横にふっている。
「れんげ殿、こんなところでハナビとはするものなんですか?!」
こんなところで。
私が長崎を知らなければ、しないって答えるんだけど。
「します」
濃い顔イケメンが目を見開いて絶句した。
「れんげ、ハナビはいいから、帰ろう!」
怯える根暗美男子に、つい笑ってしまう。
「墓地で花火をするのは、長崎の常識みたいなものだから。怖がることじゃないって」
こんな普通の日にはしないけどねー。
「私は初めてのことに、ワクワクしますわ。カーシー様にも教えてあげなければなりませんし!」
私だって、お盆の時以外で、お墓で花火をするのは初めてだ。
「えーっと、バケツに水汲んできます」
私が根暗美男子からバケツを受け取ろうとすると、根暗美男子は、渡してくれずに、私を睨む。……涙目で。
「何?」
「一人では怖いだろうから、ついていってやる」
涙目で?
私はクスリと笑って頷いた。
確かに、一人では怖いかな。お盆の時には、もっと人がいるからなんとも思わないけど、平時の墓地は暗くて静まり返っているから、さすがに夜に一人では通りたくないと思うし。
「すぐ戻るんで、花火にはさわらないで下さいね!」
チャッカマンは私が持ってるから、万が一ってことはないだろうけど。
RPGのパーティーよろしく私の後ろから根暗美男子がついてくる。私の服の裾をつかんで。
「れんげは怖くないのか?」
「……一人だったら、さすがに怖いけど、今は皆がいるからね」
根暗美男子をからかうついでに怖くないよ、って言おうかと思ったけど、子犬みたいに怯える根暗美男子に、意地悪な気持ちは消えた。
「そ、そうか」
背中から聞こえる、どこか気恥ずかしそうな声に、何だかむず痒くなる。
「ところで、皆は何歳なの?」
生まれてきた気恥ずかしい気持ちを吹き飛ばすように、私は尋ねる。
「18だ。学院の卒業年度に、勇者一行に選ばれるようになるから」
「若いねー」
自分だってほんの数年前のことなのに、本気で思う。
「れんげだって、年は変わらないだろう!」
ムキになる根暗美男子に、お子ちゃまめ、と思う。
言い返されるのがオチだから言わないけど!
「……れんげは、学校で何を学んでいるんです?」
黙りこくった空気に耐えかねたのか、根暗美男子が口を開いた。
「えーっと、看護学って言う……言ったらルースさんみたいに、人を癒すための勉強をしてる」
私の学科は看護学科。将来、看護師になるために勉強している。
「この世界にも、癒しの力があるんですか?」
「そんなのがあったらいいけど。この世界では、人の知恵を使って、人を癒すんだよね」
「それは……大変そうだな。れんげは、人を助けたい気持ちが強いんですね」
根暗イケメンの言葉に、苦笑するしかない。
「そんなものじゃないよ」
ばーちゃんが、手に職つけとけって、口を酸っぱくして言うから。
周りの同級生みたいな、崇高な目標なんて何もない。
ただ、これからのことを思ったら、この学部で助かったとは思ってる。
食いっぱぐれがないし、看護師ならそこそこの規模の病院は寮もあるから。
……本当に、人を助けたくて、選んだんじゃない。
「ルース嬢など、カーシーと他の人間に対しての癒しのスピードが全然違うんだ。あれは、聖女の風上にも置けない」
容易に想像できて、笑ってしまう。
聖女でもえこひいきはできるんだ。