案内記30
「夜になると、精霊は全然いないんですか?」
皿を一緒にふきふきしながら、旧たおやかさんに問いかける。他の3人は、テレビを見ている。
3人とも、片づけを手伝ってくれると言ってくれたけど、この台所で怪我されても嫌だから、一人だけ、と旧たおやかさんを指名した。旧たおやかさんに聞きたいことがあったから。
「いえ。いるわ。精霊は自然のものに宿るものだから、自然がある以上は、精霊も消えることはないわ」
旧たおやかさんの答えに、そうだよね、と思う。
「夜になると、精霊とは話したりできないんですか?」
私の質問に、旧たおやかさんは、困ったように笑う。
「教祖様に、夜の精霊の言葉は聞いてはいけないって、言われているの。悪しきものが宿るから」
「……それって、本当なんですか?」
「本当だと、ずっと信じてきたんだけれど?」
「本当じゃないかもしれないのに?」
異世界の常識が、常識だとは私には思えなかった。
それは、私の世界の常識と違う、というところではなくて、立場の弱い者に対する悪意を感じるから。
「……そんなことを言われても、困るわ」
旧たおやかさんが肩をすくめる。
「そもそも、夜は出歩かないんですか?」
私の質問に、旧たおやかさんが目をぱちぱちと瞬かせる。
……変な質問、したんだろうか?
「日が暮れれば、眠るものじゃないかしら?」
あー、日が出てきたら起きて、日が沈んだら眠る、ね! ……原始の世界?
「えーっと、もしかして、そろそろ眠いんですか?」
私の質問に、旧たおやかさんは首を横に振る。
「異世界に来て興奮してるからかしら? 眠くはないですわ」
「……じゃ、早めに外に行きましょう!」
私の言葉に、旧たおやかさんが眉を寄せる。
「何をしに行くのかしら?」
何を?
……正直、夜景を見に戻るのは難しそうだし……、夜にこの世界だからやれること……か。
あ!
「花火! 花火しましょう!」
「ハナビ?」
首を傾げる旧たおやかさんに、私はにっこりと笑ってみせる。
「やってみたらわかりますから! 他の3人に、出かける用意するように言って下さい!」
私は拭き終わった皿を置くと、花火を取りに玄関の段ボールを積んだところに向かう。
花火は、去年のお盆にばあちゃんが買ってくれた花火がまだ残ってるから。ゴミにも出せないから、どうしようって思ってたところだったから、丁度いい。
長崎は、お盆に花火をする。
全国的な、夏に花火をする、とはちょっと違うんだよね。
お盆だから花火をするって言うのが、正しいかな。
もう大学生だって言うのに、ばあちゃんの中では私はまだ小さな子供だったみたいで、去年のお盆は、花火セットを2セットも買ってくれた。ひとセット使い切るのがせいぜいで、使えないまま、もうひとセットの花火は残ったままだった。
えーっと、バケツと、チャッカマンと、ろうそくがあればいいかな。
「れんげ、なにをするのじゃ?!」
ワクワクした表情の暴走系美女に、私もクスリと笑う。
「楽しいこと、です!」
……花火、湿気てないといいんだけど。
「れんげ殿、何かすることはありますか?」
「あ、これに水を……」
バケツを濃い顔イケメンに渡そうとして、私は止まる。
「れんげ? どうかしたんですか?」
根暗美男子の顔を見て、私は頬をポリポリとかいた。
「えーっと、今から移動して、花火をします!」
「れんげ、一体何を企んでおるのじゃ?!」
私に、暴走系美女は疑いの目を向ける。
……そんなに挙動不審だったかな?
確かに、濃い顔イケメンを見て思いついて、根暗美男子を見て、ダメかな、とは思ったけど。
「企んでるわけじゃないです! さあ、花火をしに出かけましょう!」
「夜ですよ?」
根暗美男子が、眉を寄せる。
「夜じゃないと、花火は綺麗に見えないの! それに、魔物も魔王も、この世界にはいないから」
たぶん。
イノシシが出てきたらゴメンナサイだけど。……とりあえず、出てきたことはないよ。
「ハナビっていうもので、悪しきものに影響された精霊たちが、怒り出したりしないかしら?」
旧たおやかさんは、まだ戸惑っている。
「少なくとも、花火をして変なことが起こったことは今までありませんから!」
むしろ、あったら困る!
「……カーシー様に誓えるかしら?」
普通、聖女なら精霊に誓うんじゃないのかな……。まあ、いいや。
「いくらでも誓います!」
その言葉だけで、旧たおやかさんは、覚悟を決めた表情になった。
……いや、花火をしに行くだけなんだけどな。
「れんげ、持っていくものは用意ができたか? 行くぞ!」
流石、暴走系美女。
行き先を知らないのに、先頭歩く気満々だなー。
「ところで、れんげ殿。どこに行くんでしょうか?」
濃い顔イケメンは、まさか自分の顔を見て、行き先を思いついたとは思ってもみないだろう。
「えーっと……私についてきてください!」
私は皆まで言わずして、連れていくことにした。
そうでなければ、絶対、根暗美男子が拒否するだろうから!