案内記3
「では、まいるぞ!」
暴走系美女の言葉に、私はただ瞬きを繰り返した。
「イザドラ殿! まだ自己紹介が終わっておりません!」
濃い顔イケメンよ。安定の私案内役前提だな?
「まだ言っておらんかったか? 私は、イザドラ=ノーサム。ノーサム王国の王女にして、たぐいまれなき剣技を持つ魔法剣士じゃ!」
うそ。暴走系美女、王女? いやそれより、剣持って戦うの? ……暴走しすぎて大変そうだけど、魔王退治のとき大丈夫だった?
「ほら、データス殿、自己紹介を」
「データスだ。……世話にならなくてもいいんだが」
濃い顔イケメンに促されて、根暗美男子がぼそぼそと口を開いた。
あー。うん。期待を裏切らない感じが、何とも。
「じゃあ、行くぞ!」
「イザドラ殿! まだこの方の名前を聞いておりません!」
安定の暴走系美女と濃い顔イケメン。
「そなた、名をなんと申す」
暴走系美女の質問に、私は頬をポリポリとかく。
「もしかして、精霊と同じで真名を誰にでも明かせないのかしら?」
旧たおやかさんの言葉に、私は首を横に振る。
「いえ。そんなたいそうなものはないです」
「じゃあ、言えないほど恥ずかしい名前なんだな」
ぼそりと告げた根暗美男子に、私はムッとする。
「”れんげ”です。数見れんげ」
名前だけは気に入っているから。
「レンゲ? カズミ?」
暴走系美女が眉を寄せる。
「”れんげ”で」
苗字まで勢い込んで言わなきゃよかった。あんまり苗字は好きじゃないから。
「じゃあ、れんげ、行くぞ!」
いや、私行くって言ってない! それに! 今思ったけど、皆土足だな!
だけど歩き出した暴走系美女が、ぴたり、と止まる。
止める前に止まったんだけど、なんで?
「こ、ここは、ダンジョンか?!」
「まさか! 異世界にもダンジョンが?!」
暴走系美女の驚く声に、濃い顔イケメンが慌てる。
二人の視線の先を見て、何となく理解する。
それね、ふすま。
異世界にはないかもしれないけど、取っ手はないように見えるけど、扉と同じで開けられるから!
でも、とりあえず足止めにはなった。
ふすま、いい仕事した!
「データス! 魔法じゃ! 魔法でこじ開けるのじゃ!」
「ちょっとそれは!」
私はとっさに立ち上がる。魔法でこじ開けるとか、家壊す気ですか!
「できない」
ぼそりと呟いた根暗美男子に、私はホッとする。
どうやら、根暗美男子は常識を持ち合わせてたようだ。
「もしや、この家には魔法を封じる結界が?!」
いや、濃い顔イケメン。ここに結界とか張ってあるわけないから!
「いや、この世界には、魔素がない。今使おうとしたら魔法が使えなかった。面倒だな」
……あの、根暗美男子よ。それって、マソって奴があったら、壊す気だったってことかな?
根暗美男子が常識を持ってるとか、勘違いだったー!
「この世界では、我の素晴らしい攻撃魔法と剣技のコンビネーションを見せることができぬと言うことか?!」
「いや、それはやめて下さい!」
剣を持ってるだけで、銃刀法違反ですから!
私の制止に落ち着きを取り戻したのか、暴走系美女が息をつく。
「まあいい。剣技の素晴らしさだけでも見せられよう」
「剣技を見せるのもやめて下さい! つかまりますから!」
私も仲間だと思われたら困る! 必死な私に、暴走系美女が首を振った。
「つまらん」
「いや、つまるとかつまらないとかじゃなくて……」
そして、はた、と思う。
この豪勢なドレスを着た暴走系美女は、どう見たって剣など持っていない。
……濃い顔イケメンは、腰に剣がささってるけど……。焦る必要はなかったか。
「そもそも、振るうような剣を持ってはいませんよね?」
「ん? 何じゃ。やっぱり見たいのか。トレーシー、私の剣を」
うん。侍女さんいないから!
あー。ホッとした。
あ、ホッとしてる場合じゃないや。
「あの……もし、この家から外に出るのであれば、その服は着替えたほうがいいかなー、と思うんですけど?」
4人とも、そろいもそろって顔面偏差値高めの上にファンタジーな瞳の色をお持ちだし、その上、そのどうやったって目立つ格好してたら、私はおちおち案内などできそうにもないんですけど。
……いや、案内するの前提じゃないけどね!
かなり異質だから、職質とかされちゃいそうだし。……暴走系美女が安定の暴走っぷりで連行されてもかわいそうだしね……。
「この世界は、れんげ様が着ているような、黒いドレスを着なければならないのですか? ローブとあまり変わらないような気がするのですけれど?」
旧たおやかさんの言葉に、私は自分の恰好を思い出して首を横に振る。
「いえ、これはちょっと特殊な服なので……。それに、この国では、ローブは一般的ではありませんし、4月にローブ着てる人はいません。女性陣は私の服が入るかもしれないんですけど……、男性陣は流石に……」
女性陣も私よりは背が高いけど、スカートとかなら大丈夫かな?
だけど、濃い顔イケメンも根暗美男子も、明らかに身長が高くて、どうやっても、まだ残ってるじいちゃんの服が入りそうな気はしない。
……今月のバイト代が入るまで生活がカツカツで、男性陣に新しい服を買ってあげる余裕もなさそうなんだけど……。
「このローブは、カーシー様に褒めてもらったことがあるから、着替えたくはありませんわ! カーシー様がいないのなら、せめて!」
勇者ぁ!
「あの……きっとその恰好だと、悪い意味で注目の的になると思うんですよね。下手したら、つかまっちゃかもしれませんし……。観光は諦めてはどうでしょうか?」
「「「それはない」ぞ」わ」
3人のユニゾンに、根暗美男子が肩をすくめた。
「異世界、面倒だな」
いや、面倒なの、あなたたちですから!
「えーっと、夜まで待ったりできませんか?」
せめて暗闇に紛れたら……。
「夜などダメだ! 魔物が出たらどうする!?」
暴走系美女よ。安心してください。
「魔物は出ませんし、この世界では夜でも普通に出歩いています!」
「ダメ! 絶対ダメよ! 夜はダメなの!」
旧たおやかさんの完全拒否……。
「24時間しかありませんし、れんげ殿、行きましょう!」
そして、濃い顔イケメン……私まだ、行くって言ってない……。
私は天井を見上げてため息をついた。