案内記28
「これが、皿うどんか」
「ええ。これが、皿うどんです。このソースをかけてどうぞ」
私はちゃぶ台の上に置いたウスターソースを指さす。
東京でかた焼きそばを食べるときには、酢をかけて食べるのが常識だった。
だけど、長崎の皿うどんには、ウスターソースが必ずついてくる。
移住してきた当初は、何だか抵抗感があったけど、5年もたつと、すっかりその味の方がしっくりくるようになった。
「ソース? どう使うのじゃ?」
目を輝かせた暴走系美女が、皿うどんを取り分けた汁椀を持って、前のめりに尋ねてくる。
ドレスについては、そこら辺におちてたガムテープで仮止めしておいた。異世界に戻ってトレーシーさんに直してもらえばいいってなだめて、何とか暴走系美女は泣き止んだ。
結局、料理を作るのはほとんど手伝ってもらえなかったけど、皿うどんのあんかけが完成に近づくにつれ「良い匂いじゃな」を連発してたから。
「こうやって、ちょっとかけます。かけすぎると、ダメです」
私は暴走系美女のお椀の中に、ウスターソースをささっと垂らした。
「……食べてよいのか?」
「どうぞ」
「れんげ殿、そのまま食べてはダメなのですか?」
濃い顔イケメンが、皿うどんの載ったご飯茶碗を手にしたまま、首を傾げる。
「そうですね。そのままでも、十分おいしいですよ。でも、ソース掛けると、更にご飯がすすみます」
「ゴハンとは何ですの?」
旧たおやかさんに、私は皿の上のおにぎりたちを指さす。
「これがご飯。おにぎりと言います」
具はない。塩むすび。でも、十分おいしいから許してほしい。
それと、炭水化物×炭水化物の組み合わせだけど、この家では普通だったから!
「……食べられるのか?」
根暗美男子め。まだ言うか!
「おなかがすいてなければ、別に食べなくてもいいですよ。でも、これからちょっと話をするつもりなので、食べといたほうがいいと思いますけど」
「美味じゃぞ!」
モグモグと美味しそうに頬張る暴走系美女の様子に、根暗美男子は恐る恐るマグカップの中の皿うどんに手を付けた。目を見開いたのは、美味しいってことかな?
ソースをつけない皿うどんを口に入れていた濃い顔イケメンが、口の中のものを飲み込んだ後に、口を開いた。
「れんげ殿、話、とは?」
私は口に入れたソース付き皿うどんを飲み込んで、取り皿用の小鉢を置くと、旧たおやかさん、濃い顔イケメン、根暗美男子の顔を見る。
「さっき、料理を作りながら、イザドラさんから異世界の話を聞いてたんですけど、勇者一行が使い捨てって、おかしくないですか?」
私の言葉に、濃い顔イケメンと旧たおやかさんが困惑した表情を浮かべる。
暴走系美女だって、困ったように眉を下げている。
ただ、根暗美男子だけは、真剣な顔で私をじっと見ていた。
「もしかして、データスは、そう思ってた?」
「……おかしい、と思ったことはある。だけど、自分の感覚が変なんじゃないかって」
「どうして? その感覚はおかしくないよ」
「だって……大人の言うことは全部正しいし……親に捨てられてしまうような子供だから……他に役に立つことはないって……」
瞬間的に怒りがわく。
「そんなのおかしいよ!」
だけど、暴走系美女も、旧たおやかさんも、濃い顔イケメンも、困惑した表情のままだった。
「おかしい……ですの?」
旧たおやかさんが、首をかしげる。その声には、やっぱり困惑しか乗っていなかった。
「どうして、おかしいって、感じないの?」
「当たり前のこと……じゃからな」
ポリポリと、暴走系美女が頬をかく。
「当たり前じゃない! 親から捨てられたからって、そんな風に扱われなきゃいけない理由なんてない!」
「ですが、親に捨てられた私たちは、国のお陰で生きていられた。国が我々を引き取って学院での生活ができなければ、早いうちに野垂れ死んでいたでしょう。だから、国のために、命を投げ出すのも、当然なのです」
濃い顔イケメンが首を横にふる。
「そうね。いくら聖女の力があったと言っても、教会にいられなければ、私も今まで生きていられたかどうか」
「そうじゃの」
うなずき合う旧たおやかさんと暴走系美女に、私は激しく首を横にふった。
「確かに、皆が生きてこれたのは、国のお陰かもしれない。でも、でも、自分達の命を、国のための捨て駒で当然だなんて思うのはおかしいよ!」
「れんげ殿、その気持ちは、大変ありがたいと思う。だが、れんげ殿が暮らしているこの世界と、我々の世界は、違うのです」
そんな哀しいことを言っているのに、濃い顔イケメンの表情は穏やかだ。
……きっと、それが当たり前のことだと、思っているからだ。
私はスマホに触れると、焦るようにキーワードを入れた。
『長崎 原爆』
国のために死ぬことが当然だって、思っている人がいた時代の話。
昔、原爆資料館に連れていかれて以来、私だって触れたくないと思っていた話題だ。
「これ、見てください。昔、この国も、今みたいに平和じゃない時があって、イザドラさんたちみたいに、国のために命を投げ出すのが当たり前の時があって、そのせいで、人が沢山死んで、こんな爆弾が落とされて、長崎の町は……景色が一変してしまったんです」
私が見せたのは、原子爆弾のきのこ雲、そして景色が一変した長崎の町の写真の一覧だった。
「あら……」
「これは……」
「なんじゃ。データスの魔法は、この世界にも存在するのか」
3人の顔は確かに驚いていたけれど、その口調は、私が望むものよりずっと軽いものだった。
……いや、魔法じゃないよ。
「この世界には魔素がないと思ってたけど……使える人間がいるんだな」
当の根暗美男子は否定しないんだけど、本当にこんな魔法が使えてしまうんだろうか?
いや、そんな話をしたいんじゃないんだって!
「これは、爆弾と言って、人間が作った道具です」
「「「「魔法じゃないのか」」」」
……シリアスな感じにならないのは、なんでだろう? アプローチ法を間違ったかもしれない。
こんな状況下のため、食事場面も悩みましたが、ファンタジーありのため、現実の現状については反映しておりません。