案内記25
「ついた!」
根暗美男子の手を振り切って階段の最後の段を登りきると、私は急いで家の鍵を開ける。
振り返ると、まだオレンジ色の空は残っていて、日の入りがまだであることを教えてくれた。
「どうぞ!」
私がガラスの引き戸を開けると、4人が段ボールの積まれた玄関になだれ込む。古い家だから、玄関のたたきは広くて、段差のある上がり框に、4人の体が倒れ込むスペースは十分にあった。
「無事に、日の入りまでに着きましたわ」
旧たおやかさんが、ホッと息をつく。
ホッとしているのは、他の3人も同様だ。
私だってホッとした。
……あれ、日の入りまでに戻らなきゃいけなかったのって、何でなんだっけ? えーっと、聞いた? いや、聞いた記憶はないような?
「ところで……日の入りまでに帰って来ないといけない理由って、何でしたっけ?」
私の疑問に、旧たおやかさんが目を見開く。
あれ? 私まずいこと聞いちゃった?
身構える私に、根暗美男子が肩をすくめた。
「精霊の力が悪しき力に影響されるからでしょう?」
えーっとね。当然のように言われましても、そんな常識は持ち合わせておりませんので!
「どうして、精霊が悪しき力に影響されるの?」
私の素朴な疑問に、4人とも、パチパチと瞬きを繰り返す。
そんなに変な質問だった?
いや、だって、知らないし。
「太陽の力を借りれないと、精霊は悪しき力に影響されて、癒しには使えないのじゃ」
「それって……夜になると、癒しの力は使えないってこと?」
首を傾げると、旧たおやかさんが大きく頷いた。
「ええ」
「それって……夜に怪我したり、死にそうになった時って、どうしようもないってこと?」
「そうです、れんげ殿。だから夜は、野宿する場合には、データス殿の魔法による守りが必要になるのです」
……え?
聖女最強ではないんだ。
夜使えないって……不便。だって、人って結構夜に急変したりするよね?
「でも、精霊って、そんなに悪い精霊になるの? 夜だって……月明りとかあるよね?」
「そう教えられましたもの」
旧たおやかさんが首を大きく振る。
「え? じゃあ、実際には試したことはないの?」
私の言葉に、4人が困惑した表情になる。
「……れんげ、何を言っているのじゃ?」
私、そんな変な話した? 試したことないんだ? って聞いただけだよね?
「え? だって……本当に使えないのか、確認したりしません?」
「それが私たちの世界の常識だもの」
旧たおやかさんが首を横にふる。
「でも、1回くらいは……」
「それで、悪しき力に影響されてしまっては困るもの。教会では、そういい聞かせられていたわ」
……そうなの……?
一人くらい試してみて本当にそうだった、って言うなら、納得いくけどな。
医療の世界なんて、10年たったら完全に一昔。昔の常識が非常識なんてこと、ざらにあるって言われるし。だから、根拠を考えようって、言われるんだけどな。
でも、夜に癒しの力が使えないだけだったら、急いで帰ってこなくても良くない?
「そもそもなんですけど、この世界には魔王も魔物もいないので、襲われることはないですから、夜に外歩いてたって、魔法なくても安全ですよ」
人間に襲われる可能性はゼロじゃないし、事故に巻き込まれる可能性もあるけど。
私の言葉に、4人が唖然とした表情になる。
「なぜそれを先に言わぬのじゃ!」
……いや、何でダメなのか聞く余地、どっかにあったっけ?
まず、疲れて帰ってきたところに、突然勇者一行(勇者抜き)が現れて、困惑してる間に、日が出ている間に、私が観光案内するよう押しきられたでしょう?
それで、帰りもまさかの脱線事故で時間がないって焦ってたから、何で日の入りまでに帰らなきゃいけないの? って素朴な疑問を挟む余地はなかった気がする。
そもそも、他に一杯突っ込みどころがありすぎて、思い至らなかったし!
それに……。
「えーっと、魔物がいないって、最初の方で言いましたよね?」
それは言った気がするよ。
「確かに……言われた気がしますね」
濃い顔イケメン、記憶力いいな!
他の3人、聞いてないよって顔するんじゃない!
「本当に、安全なのか?」
暴走系美女が疑わしそうに首をかしげる。
「そちらの世界よりは、安全だと思いますけど。そもそも、いつもなら私が帰ってくるの、もっと遅いですから」
学校のあとバイトがあるから、帰ってくるのはいつも夜遅い。終バスよりは早いけど。
今日と明日と明後日は、バイト休みにしてるから、こんな時間に家にいるけど。
「夜に外が安全な世界があるのですか?」
根暗美男子の視線が揺れる。
……異世界、よほど危険らしい。
「なんなら、後で外に出ます?」
私の提案に、4人は困惑した顔をした。
……夜大丈夫だってわかってたら、夜景でも見せたのにな。
一応、長崎の夜景って、世界三大夜景って言われてるんだけど。
でも、もう歩いてグラバー園の辺りまで戻りたくないしね。
「とりあえず、皿うどんつくって、腹ごなししてからにしましょう。しばらく歩きたくないですし」
あんなに猛スピードで歩くとか、私の人生ではあり得ないから。
勇者一行には当たり前でもね!
「れんげが作るのか?」
暴走系美女、不思議そうな顔してるけど、他に作る人いないよね?
「そうですけど?」
「作れるのか?」
根暗美男子、他に言うことはないかな?
「データス殿、旅の途中、我々は色んなものを口にしてきたではありませんか」
濃い顔イケメン! さらに失礼だぞ!
「れんげ様、私今は癒しの力は使えませんので」
旧たおやかさん!