案内記23
「れんげ! 見ろ、動きだしたぞ!」
子供のようにはしゃぐ暴走系美女に、私はうんうんと声を出して頷くだけにとどめる。
……静かにしてくれないかなー、という願いを込めて。
もう、何回も言ったからね!
5番系統蛍茶屋行きの路面電車は、始発の石橋から出発したところだ。
皿うどんを作るためには、私はスーパーに行かないといけなかった。だけど終点の蛍茶屋まで乗っちゃうと、店がファミリーマートしかないって哀しい状況。なので、結局、石橋にほど近いジョイフルサンに行くことにした。うちの周りは、本気でスーパーがない! だからいつもは、学校帰りかバイト帰りに買い物して帰ってくるのだ。
とりあえず、これも異世界体験になるだろうと店の中に4人を連れて入ったのを後悔した。買ったものは数個なのに、店を出てくるのに時間がかかったから!
そして、石橋の電停に止まっている蛍茶屋行の路面電車に乗って、座った、はずだった。
「れんげ、さっきの場所に近づいてくるぞ!」
次の電停は大浦天主堂で、さっき乗ろうとしていた場所だ。だから、間違ってはない。
ただ、まだ座席が埋まってないのに、立ってキョロキョロウロウロしている暴走系美女は、ただでさえ目立っているのに、さらに目立って仕方ない。
座ってても、3人の目立ち具合は半端ないって言うのに!
私は、言った。何度も、言った。
だけど、暴走系美女の興奮を抑えることは不可能だった。
「イザドラ様、お静かに」
一応注意はするけど、今のところ無駄な作業でしかない。……疲れる。
「カーシー様と乗りたかったですわ」
予想以上に、旧たおやかさんはこの電車に興味を持っているらしい。キョロキョロと電車の中を見回している。座ったままなのもありがたい。
「もうすぐ暗くなるんじゃないのか。大丈夫か?」
根暗美男子は窓から空を見上げて険しい顔をしている。
「5時45分なんで、まだまだ大丈夫です。長崎は日の入りが遅いから」
こっちに移住してきたのが、5年前の3月で、じいちゃんたちの家にたどり着いたのが夕方だったから、いつもならもう暗くなってる空が、6時過ぎてもまだ明るいのに驚いた記憶がある。
長崎って、本当に東京の西側にあるんだなー、って思ったのを、今でも覚えている。
「この電車にはどれくらい乗っているのですか?」
濃い顔イケメンの質問に、私はスマホを操って、『蛍茶屋、5番系統、時刻表』と入れて、かかる時間を調べる。すると、全部の系統の時間がわかるページがヒットした。
「えーっと、5番系統で……今が大浦天主堂だから、スムーズにいけば、22分で着くかな。そこからうちまで歩いて……15分? いや20分くらいかかるかな」
「れんげ様、日の入りは何時間後ですの?」
旧たおやかさんの質問に、私はもう一度日の入りの時間を調べる。
「あと1時間くらいあるから、大丈夫ですよ」
今日の日の入りの時刻は、6時55分だから、1時間はある計算になる。
とにもかくにも、暗くなったらダメらしいからなぁ。
なんでだったっけ?
「おお! あの建物は、行きで見た建物じゃな」
暴走系美女の弾む声に、窓の外を見るとみなとメディカルセンターが見えた。
そう言えば、5番系統の通るところは、全部今日寄ってきたところかも。
「これ、行きで寄ったところの近くを通る電車です」
私の言葉に、暴走系美女が目を見開く。
「この乗り物は坂も登れるのか?!」
「イザドラ様、ロメーンデーンシャは、坂は上れないと、れんげ殿が言っておられましたよ」
暴走系美女の勘違いは、濃い顔イケメンによってあっさりと訂正された。
濃い顔イケメン、いい仕事したな。
「坂は上れぬのか……」
しょんぼりとする暴走系美女に、私はクスリと笑う。本当に子どもみたいだ。
ふと視界に入ってきた景色に、私は慌てて左手側の外を指さす。
「あそこに見えるのが、出島と言って、昔貿易の要になった場所です!」
4人の視線が向いた時には、出島の建物はビルの影になって、新地中華街の電停にゆっくりと滑り込んだ。
「貿易と言ってましたが、海が近いようには見えなかったですね?」
流石剣士の濃い顔イケメン。動体視力はいいらしい。
「あの場所は、元々海の上だったんです。だけど、埋め立てられて、あのあたり一帯は地面になったんです」
「埋め立てる? 海を埋めたのか? なぜじゃ」
暴走系美女の疑問に、私ははたと止まる。
「多分、ですけど。長崎は平地が少なかったので、少しでも平地が欲しくて海を埋め立てたんじゃないかな、って」
「へー、意外に物知りですね、れんげ」
予想外に素直に感心する根暗美男子に、私は慌てる。
「適当に言ってるから。……でも、大体理由はそんなものだと思う」
出島があるって知ってたし、あのあたりがもともと海だったって知ってはいたけど、どうして埋め立てたかなんて考えたことなかったな。
「バスが近いぞ!」
路面電車の隣を、バスが並走していく。
ちょっとしたことで興奮する暴走系美女に、クスリと笑う。
路面電車は、西浜町からアーケードに向かって走っていく。
5番系統って、よく考えると結構短いんだよね。
だって、次がめがね橋で、次が公会堂……じゃなかった、市民会館前でしょ。で、諏訪神社だから、蛍茶屋まではあっという間だ。
ん?
何かスピードゆっくりになってない?
この辺でスピード落とすことってあるっけ?
『お客様にご案内いたします。この電車は15時過ぎに発生した3番系統の脱線事故の影響で、市民会館におきまして折り返し運転を行っております。ただいま、前の電車との時間調整を行っております。ご不便をおかけしますことお詫びいたします』
え?
どういうこと?! 15時くらいにこの辺り歩いてた気がするけど……救急車の音はしなかったよね? 乗ってた人は大丈夫で、線路から外れちゃっただけで済んだってこと?
「ねえ、れんげ様。この声は出発前に何度か聞きましたけれど、折り返すってどういうことですの?」
え?
うそ! 暴走系美女を止めるのに必死で聞き逃してた!
この電車、蛍茶屋まで行かないってことなんだけど!




