案内記2
「なぁ。こやつ、もしかすると、我々がおるのも気づいておらんのじゃないか?」
「気づいてなかったら、我々を見て口をアホっぽく開けてないと思いますけど」
私を見ながら告げる美女の言葉を否定した根暗美男子に、私は慌てて口を閉じる。
確かに、口がぱかーん、と開ききっていたけどさ。
「ああ、反応した。どうやら、我々の言葉は通じているようですよ」
濃い顔イケメンが、ずい、と私に近寄って、膝をついた。
「我々は、ノーサム王国からやってきた勇者一行で、私はマイルズ=コネリーと申します。失礼ですが、お名前をうかがっても?」
勇者いないけど、勇者一行。
濃い顔イケメンは、膝をついてもなお、背が高かった。
私は濃い顔イケメンを見上げたまま、恐る恐る口を開いた。
「これって、夢?」
「いえ……」
「夢のわけがなかろう」
ずい、と私と濃い顔イケメンの間に体を滑り込ませてきた美女が、私に顔を寄せる。
「ほら、我らを案内するがよい。異世界人よ」
……この美女、ぐいぐい来るぅ。
「えーっと、あの……」
私が戸惑った声を出すと、美女を濃い顔イケメンが制してくれる。
「イザドラ殿、まだこの方へ説明が終わっておりません。観光に行くのは、それからです」
え?
私が観光案内するのは、決定事項なの?
「えーっと……それは」
「そうよね、私たち、24時間しか時間がないのだもの。場所を知っている人間の道案内が必要よ。カーシー様が恥ずかしがって来られなかった分、私が異世界の魅力を伝えられるように、素敵な場所に連れて行ってくれるのでしょう?」
断ろうとしたのを遮ったのは、ついさっきまで叫んでいたはずの旧たおやかさんだった。
……なんだろう。この人、まだ勇者から好かれてないって認めないんだ……。すごいなー。
私が現実逃避をしていると、また美女が私にずいと顔を近づけてきた。
いや、近い! 近い!
「礼なら用意してある。100ヤグラシカでどうだ?」
美女の言葉に、他の3人が息をのむ。
だけど、私は3人の反応よりも、美女の言った言葉に反応する。
えーっと、今、やぐらしか、って言った?
長崎弁だと「面倒くさい」とかそんな感じの意味だけど……それが通貨か何かの単位なのかな?
私がきょとんとしていると、美女が目を見開いた。
「それでは足りぬか!?」
「いや、それはないでしょう! だって、100ヤグラシカですよ! 大金も大金です!」
濃い顔イケメンが首を振る。
「えーっと……ごめんなさい。どんな価値があるのかわからないんですけど……」
私が告げると、美女が眉を寄せた。
「庶民にはわからぬか……。トレーシー! 礼をここに!」
いや、庶民だからってわけじゃないと思うけど!
……と言うか、トレーシーって名前の人っていたっけ?
私の疑問と同時に、その場がシーンと静まり返る。
「ん? トレーシー?」
きょろきょろと見回す美女に、濃い顔イケメンがポン、と美女の肩を叩く。
「イザドラ殿。この異世界旅行は勇者一行への褒美ですので、侍女はついてきておりません」
勇者いないけどな。
「そうじゃった! しまった! 礼は、トレーシーに預けておったんじゃ!」
頭を抱える美女は、どうやら侍女に用意したお金を持たせておいたらしい。
美女はドジっ子?
「トレーシー嬢が、何度もイザドラ嬢に何かを渡そうと声をかけてたのに、『餞別はいらぬ』だの『お土産は忘れずに買ってくる』だの言って受け取ろうとしなかっただけですけどね」
ボソボソと根暗美男子が真実を告げた。
うん。どうやら美女は、暴走系美女らしい。
「……誰かお金を持っているか」
気を取り直したらしい暴走系美女が、3人に尋ねる。
どうやら、暴走系美女は、今のところ一文無しらしい。
「一応、10バリくらいは持ってきましたけど?」
濃い顔イケメンが胸元から袋を取り出す。バリって「とても」って意味じゃないよね……。異世界のお金の単位が、そろいもそろって、長崎弁?
「私も同じですね」
根暗美男子が肩をすくめる。
「私、カーシー様と異世界でも暮らせるように家を買おうと思って10ヤグラシカ用意していたんだけれど……。今回は、それを使ってもらってもいいわ。カーシー様がいらっしゃらないなら、一緒に探す楽しみがありませんし」
旧たおやかさんが、また色々おかしいことを言っている。
でも、10ヤグラシカで家が買える金額って……100ヤグラシカって、どんだけ大金?!
旧たおやかさんが、ローブの中から出した袋から、金貨を取り出す。
「これじゃ、お礼として足りないかしら?」
手元に落とされた10枚の金貨は、それぞれが500円玉くらいの大きさなのに、1円玉くらいのとても軽いものだった。
……これ、たぶん私が知ってる純金の金貨とは違うと思う。
「……つまり皆さん、この世界のお金はお持ちでないんですね?」
私の言葉に暴走系美女が息をのむ。
「何!? 10ヤグラシカあっても、この国では足りぬのか!?」
「いえ。たとえ100ヤグラシカあったとしても、この国では役に立ちません」
私の言葉に、暴走系美女が目を見開いた。
「異世界人は親切だな。礼などなくとも案内してくれるのか!?」
がしっと暴走系美女が私の手を握る。
……ぱーどぅん?