案内記18
「この道は、他の道と趣が違って、我が国の道のようですね」
濃い顔イケメンの言葉に、旧たおやかさんも頷く。
石畳のオランダ坂で、そんなことを言われたことがある人間は、きっと私くらいのものだろう。
あー、一応ヨーロッパの人なら言わないこともないかもしれない。
「案外、世界が違っても、同じようなものはあるんですのね」
「ここは、150年位昔の人たちが作った道をそのままにしているんです。だから、今のこの国の道路の作り方とは、ずいぶん違いますよ?」
「150年の間に、石畳ではなくなったのですか?」
濃い顔イケメンが目を丸くする。
「多分、その前にも、こんな風な石畳はあんまりなかったと思いますよ。この道はちょっと特別な道なんで」
私の言葉に、暴走系美女が目を輝かす。
「特別な道とな?! この道を登っていくと何があるのじゃ!?」
「学校?」
私の即答に、暴走系美女の瞳の輝きが消えた。
……あ、しまった。でも、この先に海星高校があるのは本当なんだけど。
「えーっと、150年前くらいに、外国の人たちのために、この道を整備して、そして外国の人たちが住みやすいように整備された場所なんです。でも、昔の家なので、ほら、あのあたりにある家とか、もっと先に残ってる家とか、数えるほどしか残ってなくて。あとは、学校とかにかわってます」
「そうか」
もはや、興味を失った様子の暴走系美女しか残ってない!
まあ、元々建物には興味なさそうだったしね。
あとの3人も。
キョロキョロはしてるけど、不思議そうな表情で見回しているくらいのものだ。
だけど、ある意味この場所に違和感のない4人組。
コスプレイヤーとして活躍中。
観光客と思われる人々に、写真を撮られている。そして、私と目が合うと、写真を撮ってる人々は目で訴えてくる。
”離れろ!”
……うん。私が邪魔なのはわかるんだけど、この4人、私が動くと動いちゃうから、どうしようもないんですよ。
時間ないから足止めしたくないしね。
それに、勝手に写真撮っておいて、目で文句だけ言わないでほしい!
……ちょっと図太くなってきた気がする。
「この道をずっと進むと学校があるだけですか?」
濃い顔イケメンが不思議そうに私を見る。
なるほど、学校がある場所に連れてきただけか、という問いだね?
「学校は通り過ぎるだけです。この道をずっと進んでいって、今日の一番の目的地に向かってるんです」
長崎らしい、と言えば、私はあの景色しかない。
オランダ坂はその途中にあったから通ってるだけなんだよね。一応観光地だから、4人の反応を見たかったのもあるけど、予想通り、反応は芳しくない。
「今日の一番の目的地は、カーシー様が喜ぶ場所なのですね?」
旧たおやかさんの圧がすごい!
「……たぶん。少なくとも、私は長崎で一番好きな景色ですよ」
断言なんてできるはずないし。
「れんげが勧めるくらいの景色じゃ、大したことないですね」
根暗美男子、さっき一瞬「へぇ」って顔したの、見逃してないからね!
「まあ、実際に見てから言ってよ」
「異世界に来てから、特に特筆するようなことはなかったですからね」
「路面電車に最初食いついてたでしょ。地下道怖がって行かないって言い張ってたし。あれで時間ロスしたんですけど! あと看板見て、魔物がいるって騒ぐし、中華街でも何か騒いでたよね?」
「……まあ、そう言うこともあったかな」
ふい、と顔をそらした根暗美男子の耳は、確実に赤かった。
してやったり!
そして、目的がここにないと理解した4人の足取りが速くなる。
いや、ここのんびりと歩くところなんだけどなぁ。
……30日近い徒歩での長旅などしたことのない私には、ちょっとついていくのが大変なんだけど。
でも、時間制限があることを考えると、速いことに越したことはないから仕方ないか。
「……れんげが遅い」
ぼそり、と根暗美男子が呟く。
すいませんね!
「れんげ、速いか?」
暴走系美女が振り返る。そういえば、この人こんな豪勢なドレス着てるのに、足さばき半端ないな!
「えーっと、ちょっと速いですね」
「じゃあ、スピードを緩めましょう」
濃い顔イケメンの声に、4人の足取りが少し落ちる。
「のろま」
バカにしたように根暗美男子に言われたけど。
……不思議と腹は立たなかった。
……えーっと、もしかして?
根暗美男子、私のために声上げてくれたりした?
……なんて、気のせいかな。
「この道はどっちに行くんですの?」
旧たおやかさんが、分かれ道で立ち止まる。
「えーっと、どっちでもいいんですけど」
どっちでも大通りには出る。
「近い方で」
暴走系美女、短気だな。
「じゃあ、こっちで」
私が指さす方に、4人が進んでいく。
大通りにたどり着くと、路面電車が止まっていた。
石橋行きって路面電車はいつも見るけど、終点まで来たことはなかった。蛍茶屋とは違って、とてもシンプルな終点。折り返し運転するだけの場所って感じ。石橋って、こんな感じなんだ。
「ここで路面電車に乗るのか?!」
暴走系美女が目を輝かす。
「それはまだです。道を渡ります!」
「とうとう、カーシー様へ語りつくすことのできない景色にたどり着くのですね!」
どうしよう。
旧たおやかさんの期待度が高すぎて半端ない。
「語りつくせないと、カーシー殿に説明できないのではありませんか」
うん。濃い顔イケメン、いい仕事した!
「それは困るわ! れんげ様、語ることができるギリギリのところで、素晴らしい景色を見せてくださいませ!」
……いや、それでも期待度高いから。
大丈夫、かな?




