案内記11
「ふふふふふふ」
階段を降りながら、旧たおやかさんはご機嫌だ。
大黒様の像に無事たどり着いたから!
私がかたずをのんで見つめている中、旧たおやかさんは恵比寿様にお賽銭を入れると目を閉じた。
そして、迷いなく歩き出した。
あまりの迷いのなさに、逆に戸惑ったんだけど。
……こういうのって、結構慎重に歩くものじゃないっけ? と思いながら見ていた。
だけど、旧たおやかさんはすんなりと大黒様の像にたどり着いた。
とにもかくにもホッと息をつくと、目を開けた旧たおやかさんがにっこりと笑った。
「私の恋は成就するに決まっているわ! 精霊も導いてくれましたし」
ズルしてる!
……って突っ込みは、何とか飲み込んだ。
そして、平和は守られた。
と思ったら、次の瞬間、暴走系美女が叫んだ。
「これは何じゃ?」
暴走系美女が立つのは、お守りが並ぶ場所。
……いや、説明はできるよ。
説明だけはできるよ。
そこから、侍女さんにお土産として買ってあげたいと言い張る暴走系美女を引き離す説得に、少々手間取った。
代わりに、お土産になるように、写真を撮ってあげることにした。
それなら、スマホで写真を撮って、プリンタで印刷すればいいから、手持ちのお金は減らないから!
……私が4人を撮ってたら、他の人たちも一緒に撮ってたよ。
コスプレーヤーの撮影会じゃないんだけどね。
そうしてようやく、次のところに向かって移動開始したわけだ。
地下道にまた入って、さっきとは違う道を通る。
地下道の中に、上を走っているだろうサイレンの音が響く。普段平和な長崎にしては珍しく、1台だけじゃなさそうだ。
「れんげ殿、次はどこに行くのですか?」
濃い顔イケメンの質問に、私は思考を取り戻す。
「次は……川沿いを歩きましょう」
……もうちょっと奥まで行くと寺があるんだけど……寺巡りが趣味な人なら楽しんだろうけど。私は興味ないしね。
長崎の景色、って私が思っているところを見せるなら、中島川沿いにしばらく歩こうかな、と。
とりあえず、川沿いに行ってから、奥に進むつもりではいるけど。
路面電車の通る大通りから左に曲がって、川沿いまで突き進む。
「おお。この世界の橋も、石造りなのですね。我らの世界とそこは変わらないのか」
濃い顔イケメンの言葉に、目の前に出てきた橋を見て、なるほど、と思う。
中島川沿いに石造りの橋が多いらしいとは聞いていたけど、こんなところから石造りの橋だったんだ。
この辺りは歩いたことなかったから、知らなかった。
「えーっと、この川沿いには多いですけど、ここに多いだけで、普通の橋は石でできてません」
私の言葉に、濃い顔イケメンが目を見開く。
「では、一体何でできているんです?!」
「えーっと、鉄筋っていう……石よりも固い棒みたいなものとか、固まると石みたいに固くなるコンクリートってもので作られてるんじゃないかと……」
「……テッキン? コンクリート?」
首を傾げる濃い顔イケメンに、説明が難しいな、と思って上を見上げた時に気づく。
ああ、そうか。
「あの、この建物に使われているもので、石造りのものより固くなるはずなんです」
私が目の前にあったマンションを指さすと、濃い顔イケメンがマンションを見上げて口をぱかーんと開く。
「この建物は、石造りではないのか!?」
「絶対違います!」
日本で石造りの建物って、絶対壊れると思うんだけど!
……あれ、何でこのあたりの石造りの橋って壊れてないんだろう?
長崎、地震が少ないから、かな?
「……よくわからんが、行こう」
先を促す暴走系美女の言葉に、一つだけ理解した。
暴走系美女は、建築物系にはあまり興味がないらしい。
さっきのおすわさんの時にも、全然建物には食いついてなかったしね。
「ねえ、れんげ様。このあたりには、先ほどのような願いが叶う場所はないかしら?」
「ないです!」
旧たおやかさんに、私は即答した。
「……この水辺には、ドラゴンなどは住んでいないのか?」
……根暗美男子、またおびえてるの。
「この浅さでは、ドラゴンも住めはしまい。もっと深ければ住めようがな」
「この世界にはドラゴンはいません!」
あたかもありうるように答えた暴走系美女の言葉を、即座に否定する。
「そうか。それならばよい」
ホッと息をつく根暗美男子に、素朴な疑問が湧き上がる。
「そんなに怖がりで、よく魔王退治とか行ったよね」
根暗美男子はムッとした表情になって、私からふいと顔をそらす。
「そもそも、魔法が使えないから、魔物や魔王が出て来ても対抗しようがないだろう! ……それに、魔王退治に行きたくて行ったわけじゃない。……行くしかなかったんだ」
「……なるほど、魔法さえ使えれば大丈夫ってことね。なるほど、なるほど」
その怖がりっぷりは、魔法があっても変わらないんじゃないかなー、と思うんだけどね。ついつい、からかうように言ってしまう。
「魔素さえあれば、おびえたりはしない! クッソ、魔素を蓄えられる魔石を持ってくるんだった! れんげさんに目にもの見せてやるのに!」
いやいやいやいや。目にもの見せられたくはないよ!
「いや、なくて良かったよ。でもさー、その怖がりを凌駕するほどの力があるってこと……だよね。魔王倒したんだし、当然か。行きたくなくても勇者一行に選ばれたわけだしね」
皮肉だけは一丁前のビビりなやる気もなさそうな根暗美男子だけど、勇者一行に選ばれるってことは、それだけの実力があるってことだもんね。
だけど、根暗美男子は返事をしなかった。
不思議に思って顔を見ると、根暗美男子はそっぽを向いたままで、表情は見えなかった。
他の3人の表情を見ると、苦笑している。
うーん、何か気に障ったのかな?
「さて、れんげ、どこに行くのじゃ」
気を取り直すような暴走系美女の言葉に、どうやら根暗美男子は放置でOKらしいと理解する。
「この道をしばらく歩きましょう」
「……れんげ、この川の水は飲んで大丈夫じゃな?」
暴走系美女が川に降りる階段を見つけて私を振り向いた。
そうか、異世界では川から水を汲むのが普通か……。
「いや、ダメだ」
私が言う前に、根暗美男子がきっぱり言い切る。
「透明度がありながら毒の流れる川も異世界にはあるかもしれない」
……ないとは言い切れないけど、とりあえず、中島川はそれはないから!
「精霊は何も言っていないから大丈夫じゃないかしら?」
いや、精霊さんに聞いてもダメだから! 日本では基本的によほどの清流じゃない限り、川から水は飲みませんから!