案内記1
「ただいま」
私の声だけが、古びた廊下に響く。
家の中は静まり返っていた。
今日も、昨日も、その前も。
ずーっと、ずーっと、静まり返ったままだ。
ガラガラ、と立て付けの悪いガラスの扉をピシャン、と閉める。
そのあとは、静寂が広がるだけだ。
特に何かをしたわけでもないはずなのに、疲れているのか体がふらつく。
着なれない堅苦しい服が重く感じた。
積まれた段ボールに手をつきながら、体を引きずるように茶の間に行くと、いつもの定位置であるちゃぶ台の右側に座り込む。
そうしてようやく、私は息を吐いた。
そして、向かいの誰もいない場所を見る。
目の前に、ぼんやりとした影が現れる。
え?
何?!
疲れてるのかと思って、私は目をこする。
そしてまた前を見ると、なぜか、徐々に人影が現れてきた。
人影!? しかも、一人とかじゃない! 服装も普通じゃない!
私はぎょっとして、目を凝らす。
目の前に見える光景は薄まるどころか、濃くなっていき、今にも声が聞こえてきそうだ。
「ここはどこじゃ?!」
いや、聞こえたし!
現れた4人をじっと見つめる私を、一人の長い金色の髪の美しい女性の視線がとらえる。
……赤い目。
そんな目、見たことないんですけど?!
私が日本人だとかなんだとか関係なく、たぶん、全世界めぐっても、きっとこんな色の瞳はない!
それで、その赤い豪勢なドレスは、何ですか!?
「ちょうど人がおった。ここはどこじゃ!」
そして、どうやら第一声を発したのは、この美しい女性だったらしい。
……えーっと、これって現実?
「イザドラ様、ダメですわ。まずは異世界の方にご挨拶をしなければ」
しっとりとした声で告げたのは、美女の隣にいた、白いローブを着た女性。たおやかで艶やかって感じの人。黒目がちの瞳に、ちょっとだけホッとする。
……で、異世界って言った?
異世界?
ファンタジーなやつ?
「初めまして、私ルース=ミレンと申します。異世界から参りましたの。以後お見知りおきを」
たおやかさんが、ローブをつまむと、軽く膝を折って私に笑顔を向ける。
……えーっと?
「なんじゃ、ルースが挨拶をしても反応がないぞ。言葉が通じておらんのではないか?」
美女が険しい表情になる。
……いや、言葉は聞こえてるんですけどね?
この出来事が現実だとは思えないし、思いたくないんです!
「そんなはずはありません。大賢者様が異世界に行った時には、すぐに言葉が通じたと言っておられました!」
騎士っぽい恰好した濃い顔のイケメンが、二人に告げる。この人の目は、青いな。
「だから異世界に行くのは嫌だって言ったじゃないですか」
ぼそぼそとしゃべるのは、黒いローブをかぶった、ぱっと見根暗な感じの男性。でも、よくよく見ると、美男子……。何その美男子の無駄遣い。そして、私の心の声を拾ったのか、目が合う。……目が黄色い!
「何を言うかデータス。最終的にはおぬしも了解したではないか!」
美女が憤慨する。
「そうですわ、データス様。魔王討伐の褒美として5人で行くことに決めたではありませんか。私はカーシー様と2人きりの方が良かったんですけれど。婚前旅行ですもの……ね?」
ん? 5人? え? 魔王討伐?
混乱している私をよそに、たおやかさんが周りを見回して目を見開く。
「カーシー様がおられませんわ! なんでですの!」
ですよね。最初から4人でしたよ。
「本当じゃ!」
「あ、本当だ! 勇者殿がいません!」
美女と濃い顔イケメンも驚いている。
……勇者って何なの?
一人、表情を変えていない根暗美男子が口を開いた。
「俺一抜けた、って魔法陣から出ていきましたよ」
「なんですって! データス様、どうして引き留めて下さらなかったの! 私たちの婚前旅行でしたのよ!」
たおやかさんが、ヒステリックに叫ぶ。……さっきまでとイメージ違う。
「いや、婚前旅行でも何でもないでしょ……。だから勇者様に嫌われてるんじゃないかな……」
「データス殿! 本当のことだとしても、ここは婉曲に、勇者殿にはほかに好いたおなごがいると」
いや、どっちもアウトだろう。むしろ、濃い顔イケメンの方がヒドイかもしれない。
案の定、旧たおやかさんが、更にヒステリックに叫び始めた。
「まあ良い。勇者の一人や二人いないくらいで、異世界旅行に支障はないわ」
あの美女さんよ。勇者って二人とかいるもんなんだろうか??
……いやいや。そう言うことじゃない。
とりあえず、今までの情報をまとめると。
この4人(本当は5人)は、魔王討伐をして、その褒美で異世界旅行に来た、と。
……えーっと……なんで、うちに来た?
うち、別に観光地じゃないですけど!?
確かに長崎は観光地ですけどね? ここはフツーの民家ですけど?!
……そもそも、これって、現実?