なかなおりの花
昔ばなしみたいな、童話みたいな。そんなお話をつくってみたくなりました。
気軽に、電車の吊り広告でも眺める気分で見ていただければ幸いです。
お父さんとお母さんが喧嘩をした。初めてのことだった。あんなに声を荒げる二人を、リチェは今まで生きてきた八年間で一度も見たことがなかった。とても怖いのと同時に、このまま二人が、もとのやさしいお父さんとお母さんに戻らなかったらどうしよう、という不安に襲われた。
「どうにかしなくちゃ」
リチェは、何かいい解決法がないかと、一生懸命考えた。かんがえて考えて、ある特別な日のことを思い出した。それは『ミュゲの日』。村じゅうがやさしさと、いい香りで包まれる日。リチェは、これだ! と思った。ミュゲを取ってきて、二人にあげよう。そうすればきっともとに戻ってくれるはずだと考えた。リチェはさっそく、出かける準備をした。羊毛を詰めた厚手の上着に手袋、マフラー、帽子。外にある、自分の背丈と大差ない大きさの水桶の厚い氷を割り、水筒に水をくむ。旅支度は完璧だ。そして、
「メリー! いこう」
庭で寝ていた犬のメリーと一緒に、白銀色に染まる畑のわきを抜け、二人には内緒で、リチェはミュゲを探しに村を出た。
「ところでメリー、ミュゲってどこにあるんだろうね?」
彼も、わからないよ、というように喉を鳴らした。
「とにかく、町にいってみようか。町にはたくさんの人がいるだろうし、訪ねてみよう」
リチェとメリーは寒空の下、雪道に残る轍をたどるように、町へと歩いて行った。
冬ごもりの準備も終わっているのか、冬のまちは思いのほか静だった。
「もっとたくさんの人がいると思っていたよ。これじゃあミュゲのことが訊けないや」
困ったね、とリチェはメリーに話かける。
「ウワン」
と一言。メリーも、人出の少なさには期待外れのようだ。
しばらく町を歩いていると、道の向こう側に、お父さんとお母さんよりも少し若い、仲のよさそうな二人が歩いているのを見つけた。きっと、ミュゲを知っているはずだと思い、リチェは二人のところへかけていった。
「こんにちは」
「ワン」
こんにちは、とふたりは愛想よく返してくれた。リチェはふたりに、
「この町でミュゲを探しているんだけど、どこに行けば手に入るの?」
と尋ねた。すると男の人が、少し困ったような表情で、
「残念だけど、この時期はどこへ行っても見当たらないと思うよ」
と言った。
「どうして?」
リチェが訊くと
「冬だからさ。ミュゲは暖かくならないと、咲いてくれないんだ」
だから今は手に入らないよ、と教えてくれた。
「そうなんだ……」
リチェは、残念そうに言った。
「もし花が必要なら、町の真ん中あたりにある花屋に行くといいわよ。ミュゲはないけど、冬でもきれいな花はたくさんあるわ」
女の人が親切に教えてくれた。リチェ微笑みながら、お礼を言った。
「ありがとう、おしえてくれて」
「どういたしまして」
気を付けてね、と言って二人は去っていった。はぁ、と俯いたリチェの表情は微笑みから一転。曇った顔で
「どうしよう、ミュゲは冬が終わらないと手に入らないんだって」
とメリーに話しかける。季節が違うなら仕方がない。今すぐ冬を終わらせることが出来ない限り、ミュゲは手に入らないのだ。もうあきらめて帰ってしまおうという考えが、頭をよぎる。
その場に立ち尽くしていると、メリーがリチェの服の裾を噛んで引っ張り、先へ進もうと促した。あきらめずに探しに行こうといっているのだろう。
「そうだね、メリー。もう少しさがしてみよう。みんなが知らないだけで、もしかしたらどこかに咲いているかもしれないもの」
お父さんとお母さんをもとに戻すために、がんばらければ。
「ワウン!」
と、メリーが喝を入れるように大きく吠えた。リチェは気を取り直して、メリーと一緒に町を抜け、更に遠くへとミュゲを探し歩いた。
どのくらい進んだだろう。冬の空はすっかり暗くなってしまい、行く道も、来た道もあやふやになってしまった。寒さと疲労、空腹と不安感に押しつぶされそうになりながら、わずかに残る轍を頼りに歩き続けていた。すると、少し先に明かりが見えてきた。リチェとメリーはくたびれた足をおして、明かりの方へとかけていった。
明かりの正体は、こぢんまりとした一軒家だった。玄関の横には、冬の間の備蓄らしい大量の薪が積まれ、軒には野菜も吊るされてあった。リチェは、カランコロン、カランとドア鐘を鳴らし、
「こんばんわ」
と声をかけた。すると中から、長い白髪を後ろで束ねた、背の高い老人が出てきた。老人は二人を見て、
「おやおや」
と少し驚いたような表情を見せたが、すぐに
「寒いだろう。さあ、中へお入り」
と言って二人を招き入れてくれた。ベッドと机椅子、大小の戸棚が一つずつと、とても整然とした部屋だ。暖炉にはたくさんの薪がくべられていて、暖かさが体にしみわたる。そして、嗅ぎ覚えのある少し甘い、いい匂いがする。
「ヤギのミルクだ。体が温まる」
と言って、メリーの分も一緒に、温かい羊乳を出してくれた。しばらくして落ち着いたころ、老人が、
「子どもだけでこんなに暗くまで、何をしていたんだい」
と尋ねてきた。リチェは、両親の喧嘩をはじめて目撃したこと。ミュゲの日を思い出し、それを手に入れて喧嘩を解決しようと、自分の村を出てきたこと。でも冬はミュゲが咲かないらしいことを、順々に話していった。
「ミュゲがないと、お父さんとお母さんはもとに戻らないかもしれない……」
とリチェは老人に言った。
いつの間にかすっかり懐いているメリーを撫でながら、優しい顔で話を聞いてくれていた老人は、
「ちょっと待ちなさい」
と言って、大小あるうちの大きな戸棚を開け、何かを手の中に収めた。今度は、リチェの方に来て、しわしわの、でもしっかりとした手で、小さな両の手を取った。そして、
「君が探しているのは、これだろう?」
と言って、白い、小さな鈴が幾つも付いたような花を、リチェの手のひらに載せた。この家に入ったときに香った、覚えのある香りがリチェの鼻腔をくすぐる。
「どうして、どうしてミュゲを持っているの? なんで戸棚から出てきたの?」
手に入らないはずの花が渡され、嬉しさ以上に驚くリチェに、老人は
「優しい坊や、お父さんとお母さんはすごく心配しているよ。さあ、これをもって早くお家に帰ってあげなさい」
と優しい声で言った。もちろんリチェも、すぐにでも家にミュゲを持って帰りたかった。でもリチェは、町までの帰り道すらもわからなくなっていた。
「帰れないよ。暗いし、来た道もあやふやなんだ」
だから、朝まで待つことにする。と言うと老人は
「大丈夫。私を信じて、まっすぐまっすぐ歩きなさい。すぐにお家にたどり着く」
と、なぜか自信満々な表情で言った。信じられないようなことだけれど、この人の言うことは本当なんだろうと、リチェは思った。ついさっき、冬に咲かない花をくれた老人なのだ、『不思議なことが出来る人』なんだろうと、なぜかリチェは漠然と納得できてしまった。
「おじいさん、ほんとうにありがとう!」
リチェは老人にお礼を言って、メリーと一緒に暗い道をまっすぐに歩いて行った。老人は姿が見えなくなるまで、優しく微笑んで見送ってくれた。
リチェとメリーは、老人の言ったとおりに、何の目印もない雪道をまっすぐまっすぐ歩いて行った。すると突然メリーが走り出した。リチェも急いでそのあとを追いかけると、そこはもう、家のすぐ近くだった。知らないうちに、村まで帰ってきていたのだ。
「あのおじいさんは、魔法使いだったんだ……」
リチェは、この不思議な体験に心が躍った。そして、大事にだいじにミュゲを抱えて、家に帰った。
家に帰ると、二人は泣きつかれた顔になおも涙をながして、リチェとメリーを抱きしめた。あふれる二人の涙を、メリーが心配そうな顔で舐め拭っている。
「どこへ行っていたの……」
「あまり心配させないでくれ。」
「本当に無事で良かった」
と言う二人にリチェは話す。喧嘩をした二人にもとにもどってほしかったこと。そのために、ミュゲを探しに言ったこと。そして
「見つけたんだよ。これで元通りになるよね」
と言い、二人にミュゲを渡した。
二人はもう一度、リチェとメリーを抱きしめる。その二人はもう、もとの優しいお父さんとお母さんだった。
おしまい。
すずらんを大切な人に贈る習慣があるらしいというのを知って、それを題材にしてみました。昔ばなし風というか、童話風になっているのかは微妙なところです。
作者は、花を枯らすのが得意です……。きれいに咲かせるコツがどこかに落ちていないものでしょうか?