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狼王のつがい  作者: 吉野
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一体何ができるというのか


働きたいという希望を聞き入れてもらったアリシアだが、ではいざ何ができるのかと聞かれると「これが出来る」「あれが得意」と明言できない事に落ち込んだ。


落胆するアリシアにレプスは


「とりあえず、手当たり次第に試してみたら?」


と勧めた。



それはアリシア自身を見極める為でもあったが、同時に自分達とは違う()()がどんな生活を送っていたのかという純粋な興味でもあった。


リサなどは、一度アリシアを肉体的にも含め徹底的に調べた方が良いと主張したが、彼女がヒトであるという事は、レプスの中では既に決定事項となっていた。




——医官である私がそう認めたんだから、間違いないっての!


シルヴァンについてゆく為、新たに医術を学び医官となったレプスには、その他にもアリシアをヒトと確信する理由があった。




ともあれ、アリシアはその日から様々な事を試してみる事となった。



まずは読み書き。


獣人達の話している言葉は概ね理解できるから、文字もわかるだろうとアリシアは思っていたのだが…。


いざ、彼らの書いた文字を目の当たりにすると、理解できない事がわかった。

記号のような難解な文字はまるで見覚えがなく、元から知らないのかそれとも記憶障害のせいなのかと、アリシアは困惑した。


耳から聞いた音は言語として認識し、理解もできる。

けれども視覚を通して得た情報は、文字として認識できない。


その事実にレプスはポツリと呟いた。



「やはり…迷いびとなのね」


何が「やはり」なのか確かめたかったが、あいにくアリシアにはその機会が与えられたのは随分後になってからだった。



そして、次に案内されたのは洗い場。


部屋から出るにあたり、アリシアには飾り気のないくるぶし丈のワンピースが支給された。

それは「城勤め」に支給されるお仕着せで、身分を保証する意味合いがあるのだという。



「それを着ている限り、身元不明の不審者ではなくなるわ。

ちなみにあなたは私の遠縁という事になっているので、保証人は私とグリスよ」


「それは…私が何かしでかしたら、レプスさんとグリスさんにご迷惑がかかるという事ですか?」


顔色を変えるアリシアを宥めるように、レプスはにこりと微笑んだ。


「そんな大したもんじゃないわよ。

いわばあなたの親代わりというだけ。

私は今からあなたのおばだから、人目の有る無しにかかわらず他人行儀な“レプスさん”はやめてね。

勿論グリスもよ」


「では…おば様とおじ様、で良いですか?」


親代わりとはいえ遠縁というのなら「おばさん」じゃ馴れ馴れし過ぎるかと、アリシアがそう尋ねると…レプスは不意にギュッと目を瞑った。


「あ…の、どうかされたんですか?」


「いえ、大丈夫よ。…おば様でいいわ」


何故か様子の変わったレプスにアリシアは首を傾げたが、それ以上踏み込む事もできず曖昧に頷いた。



「それと、ゴルから聞いたと思うけど、ここでは兎や栗鼠といった小動物が立場が1番弱いの。

あなたも私の遠縁という事にしてあるから、立場的にはかなり弱いわ。


ましてあなたは獣人ではない。

ヒトである事を隠すためにもこのスカーフをたえず頭に巻いて、誰にも頭部を見られないよう気をつけてるのよ」


獣の耳が生えていない事を隠すためのスカーフ。

そんなもので果たしていつまで誤魔化す事が出来るのかと、内心危ぶんだがそれ以上の策も見つからずアリシアは黙ってスカーフを受け取った。




ここにきて2ヶ月。

その間獣人達の桁外れた力を、強さを、頑丈さをアリシアは見てきた。


それはただのヒトである彼女にとって脅威と呼べるもので、彼らが本気を出せばたとえ子どもでもアリシアを害する事は容易いと思われた。



見た目だけの違いではない。

そこには確かに種の違いという物が存在していた。



「レプスさん、いえ、おば様、教えてください。

こちらの世界では何が常識なのか、何が禁忌なのか。

最低限知っておかなければ、身につけておかなければならない知識を」




レプスが語ったのはこの世界のほんの外縁。



この世界には、かつてヒトが君臨していた。


けれどもヒトの自分勝手な行いのせいで世界は滅びかけ、神はヒトを滅ぼす事を決断する。


ヒトのみが感染する病にて彼らが滅び、文明が失われたその後、神は獣達に次の世界の舵取りを任せた。


言葉と姿の統一化を図り、異なる種の獣であっても共存してゆく事を望んだ神が姿を消した後、その中でも特に統率力に優れた狼族が1つの国家を樹立した。


それが今の「神狼国」なのだと。


「元は獣とはいえ、神に世界を託された私達は法に則り礼儀を重んじる民。

相手を馬鹿にしたり罵ったり無闇に貶したりせず、敬意をもって接すれば大抵の事は何とかなるわ。

ただしあなたはまだ若くて立場的には弱者だから、できるだけ1人にならず物陰や暗がりに気をつける事ね。

ここには気の荒い兵士達も居るから」


「…はい」



何故かレプスの言葉には真に迫る響きがあって、アリシアはこくりと唾を飲み込んだ。


「それとあなたの本当の名前、真名は誰にも教えちゃダメよ。

私のレプスも他の皆の名前も、通名であって真名ではないの。

真名は本当に大切な相手とのみ交わす物。

いわば契約の証であり、あなた自身の本質・本性を表す物。


万が一、他人に真名を知られて悪用されでもしたら…そいつの支配からは逃れられなくなるの。

あなたの大切な人、思い、矜恃、信用や信頼、その他沢山の物を奪われてしまう事になる。


相手の真名を問う事は不躾で恥ずべき行為だけど、中にはあなたを利用する為に聞き出そうとする奴もいるかもしれない。

基本的に真名を聞き出そうとする奴は悪い奴、敵よ」



真剣に聞いているアリシアの顔を覗き込み、1つ頷いてからレプスは人差し指を立て


「だからね、いいこと。

あなたの真名は絶対に、たとえ私やシルヴァン様であっても教えちゃダメ。

あなたのつがいにだけ教えるのよ。


それさえ知っておけば、ここは辺境の砦。

王城なら身分差や種族間の軋轢、色々と面倒な事が沢山あるけれど、あまり畏る事も必要以上に恐れる事もないわ。

私やグリスも目を光らせているしね」


そう言って笑う顔が、何故か記憶にない母の面影と重なる気がして、アリシアはパチパチと瞬きをした。


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