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狼王のつがい  作者: 吉野
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軟禁か服従か・後


ここでは間違いなく「ヒト」の私が最下層の底辺なんでしょうけれど、それでも知らずに地雷を踏むような事は避けたい。

その為にもどこに地雷が埋まっているのか、少しでも知っておきたくてこれを機に色々と尋ねてみる事にする。



「ところでゴルさん、シルヴァン様って何者なんですか?

この砦の中でも相当偉い方なのはわかるんですけど」


1番最初にお会いして以来、全くお見かけしないけれど、それが意図的に避けられているからなのか単に忙しいからなのか、それとも私に興味がないからなのかはわからない。


「僕の事はゴルでいいよ。

シルヴァン様の事については、僕が勝手に話す事はできないから、機会があったら本人に直接聞いてくれる?


ただし、これだけは忘れちゃダメだ。

シルヴァン様には決して逆らうな、偽るな。


今の君の立場はとても微妙なものだ。

君が何かしでかせば、それはシルヴァン様の監督不行届となる。

いいね、ここに居たければ目立たず大人しくしているんだ」





——何よ、それ。

ここに居たければ…って。



『別に、ここに居たくて居る訳じゃないんですけど』



本当は、そう言いたかった。


けれど、今ここで喧嘩を売るには勝ち目がなさすぎて。

お前の居場所なんてどこにもないんだと、言外に言われた気がして。



私だって木の股から生まれた訳じゃない。


元々この世界の住人ではないのなら、ここではないどこかで普通に暮らしていた…筈。

家族や友人…その人達の事も、自分自身の事も今は思い出せないけれど。

でも、こんな人質みたいな生活を強いられて、それを受け入れるしかできないなんて。




——悔しい。


今の状況に甘んじるしかない事もだけど。

それをひっくり返す事のできない無力な自分自身が。

何よりも、私自身の意思など誰も尊重してくれない現状がとても悔しい。



思わず俯き唇を噛みしめた私に、ゴルさんは慌てたように声をかける。


「泣いているのかい?」


「泣いてません!」


強がる私の声は明らかに湿っていたけれど、それでも彼に弱味を見せるという事を何故かしたくなかった。


両手をキツく握りしめ、瞬きで涙を散らしてから顔を上げると、意外にも優しい目をしたゴルさんと目があった。



「その気の強さ、嫌いじゃないな」


「……は?」


こんな時、何て答えれば良いのかわからなくて、ぶっきらぼうにそう言うとゴルさんはスッと目を細めて真顔になった。



「…なんですか?」 


「今のこの状況は、確かに君にとって不本意なものだろう。

居心地も良くないだろう。

だがそれを変えてゆくのは君自身だ。

リサは余計な事をするなと言ったが、だからと言って萎縮する必要はない。

思った事は口にすべきだし、出来る事はどんどんやってみればいいと思う」



思いもよらない言葉に、目から鱗が落ちた気がした。

いや…背中を押されたと言った方が正しいかもしれない。

ただし、全力で…突き飛ばす勢いで。



「あ、ありがとうございます」


「そういう素直な所も可愛いと思う」




——だから!どんな顔をすればいいのかわからないから!


キッと睨みつけた私の顔は、多分真っ赤に染まっていた筈で。

そんな私の視線など、何とも思っていない様子でゴルさんは平然と見つめ返してくる。



「…からかうのはやめて下さい」


「ごめんごめん」


ちっともそう思っていない顔で謝られても。


そう思いはしたものの、これ以上何を言っても面白がらせるだけだと唇を噛みしめる。



これがゴルさんなりの—かなり不器用ではあるものの—励ましなのだと気がついたのは、

彼が私の頭をポンと撫で部屋を出た後だった。


 *


怪我をしている間は治療という名目が立つ。

けれど完治した今、何故彼らが私を保護してくれるのか、その理由がわからなかった。


彼らの役に立つ情報、力、物、そのどれもを私が持っているとは思えない。


かといって強制労働やその他…有り体に言えば、助けた恩を身体で返せ的な事を強いられる訳でもない。


正直気味が悪いと思ってしまうのは、考えすぎ?


彼らにとって何の得にもならない私を生かしておいて、面倒を見る。

それって、ただの好意や人道的配慮…なのだろうか?


私は獣人ではないのに?

何の後ろ盾もない、ただのヒトなのに?



考えれば考えるほど、訳のわからない事だらけだ。


それでも、怪我が治るまでの2ヶ月で分かった事も少しだけある。


それは、ここでの生活は決して楽ではないという事。

彼らの言葉の端々から、そして窓の下から漏れ聞こえてくる会話などから、ここが王都ではなく辺境の地である事がわかった。

条件の厳しい土地であるここでは、限られた人員で畑を耕し食糧を賄う。


けれども彼らは兵士であって農民ではない。

作物が必ずしも上手く育つ訳ではないし、その他にも…色々と問題のありそうな感じがする。



そんな中で、今の私に何が出来るのか。


自由のない、全てを頼り切った生活から抜け出すにはどうしたら良いのか。



散々悩み考えた末、私はレプスさんに働きたいと相談してみた。

案の定というべきか、答えは芳しいものではなかったけれど。



「何もせず3食頂いてただ部屋にいるだけなんて、申し訳なくて…。

お願いです、私にも何か皆さんのお手伝いをさせてください。

人手が足りていないのは何となく分かります。

掃除でも洗濯でも皿洗いでも何でもしますから!」





——飼い殺しなんて耐えられない。


そんな内心などおくびにも出さず、しおらしく頭を下げる。



それに…一宿一飯の恩を感じているのも本当の事。

怪我を治療し、治るまで面倒を見てくれた彼らに、待遇面では不満があるものの少しでも報いたいという気持ちが、いつの間にか芽生えていた。



「そういえば、洗い場で人手が足りないんですよね?

何でもするって本人も言っているし、やらせてみたらどうですか?」


ゴルさんの援護射撃に、レプスさんは束の間迷い…


「シルヴァン様に相談してみるわ。

でもあまり期待しないでね」


部屋を出て行った。




そして次に戻ってきた時、シルヴァン様も一緒だった…驚いた事に。



「レプスから話は聞いた」


隻眼でも損なわれる事のない冷たい美貌に見合った温度の感じられない声。

ただ見つめられているだけなのに、丸裸にされるようなそんな気がしてくる。

いや、変な意味ではなくて。



「逃げようなんて事、考えるなよ?」


「もちろんです、今までお世話になったご恩を仇で返すような事はしません」


相変わらずの威圧感に竦みそうになる心を奮い立たせ、目を逸らす事なく言葉を返す。




どれくらい見つめあっていたのだろう。



ふい、と目を逸らしたシルヴァン様は


「好きにしろ」


と呟くと部屋を出て行った。



「良かったな、アリシア。

シルヴァン様のお墨付きが出たぞ」


ゴルさんに背中をバンと叩かれ、ようやく身体がカチカチに強張っていた事を自覚した。



「こ、腰が抜けた…」


足の力が抜け、ヘナヘナとその場に座り込む私を見て、ゴルさんとレプスさんは笑いを堪える顔になった。




——何はともあれ、これで軟禁生活とおさらばできるのだ!



ほんの少しだけ明るい未来が見えてきた事に浮かれていた私は、この先何が待ち受けているのか、まだ知る由もなかった。

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