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狼王のつがい  作者: 吉野
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愛する人へ〜結〜


私の掲げたスマホを目にし顔色を変えたリサさんは、言い逃れのできない証拠の動画を見終えた瞬間、膝から崩れ落ちた。




動けなくなってしまったコウとリサさんを、アンリエッタ様が近衛を呼んで拘束させる間も王は沈黙を保ったままだった。


その静けさを不気味に思いつつも、1つ息を吐いたハクさんに意識を向ける。



「では、ここからが本題です」




——シルヴァン様を助けるのが本題やったんちゃうんかーい!


テレビで見た芸人のように、ハリセン片手にツッコミたい衝動に駆られた私に、綺麗に片目を瞑って見せると、ハクさんは懐から紙の束を取りだした。


「既に皆様もご存知でしょう。

我が千猿国にも迷いびとが現れた事を」




——ご存知も何も。


シルヴァン様が陥れられる原因になった、拳銃の持ち主。



「その者、カズサという名の男性なのですが、先日亡くなりました。

これはその者が残した手記です」


しんと静まり返った貴賓室に、誰かの唾を飲み込む音が響く。



「私は知りたいのです、ここに何が書かれているのか。

今回の騒動の元となった武器や、ヒトの危険な知識が書かれているのか。

あるいはいないのか」


「そんなもの、読めばわかるであろう」


王の呆れたような声に、ハクさんは困ったように


「それが、わからぬのです。

書かれている文字が、こちらの物とも我が国の物とも違っておりまして」


私に見えるように掲げた。



ハクさんの手にしていた紙。

そこに書かれていたのは少し癖のある、そしてとても懐かしい“日本語”だった。


 *


「この手紙を書いたのは上総という若い警察官…こちらでいう騎士のような職業の方です。

街の治安と安全を守り、困っている人を助け、時に罪を犯した者を捕える。

そんな職務に当たっていた彼の書いたこの手紙は、全て奥さん…妻宛の個人的なモノという事になります」



要はあなた方の()()()は書かれていないと、そう伝えたにもかかわらず王はそれを目の前で読み上げるよう求めた。


そして…ハクさんもまた、都合の悪い事実を隠したとの言いがかりを避ける為に。



「本当に個人的な事しか書いてありませんからね。

何なら口述筆記していただいた後、無作為に選んだものと照らし合わせていただいても構いません」


全てに目を通した私の少し潤んだ目に、シルヴァン様が心配そうな顔をする。

それに対して大丈夫とアイコンタクトを送り、私はゆっくりと話し始めた。




「この手紙を書いた上総という人は、自ら命を絶ったのですね?」


「そうだ。

我が国へ落ちてきた時、彼は既に太腿に傷を負っていた。

その傷はジュウソウという、拳銃による傷だそうで彼の命をつなぐ為、我が国の医師達は3日3晩手を尽くし続けた。

その甲斐あって彼は一命を取り止めたが…」



「彼は生きる望みを失っていた」


ハクさんの言葉を引き取り、そう言うと彼は深々と息を吐き出し



「その通りだ」


苦く切なそうな顔をした。



「上総さんは、自分の警察官という仕事に誇りを持っていました。

街の安全と市民を守る、そんな志を胸に職務に励んだそうです。

仕事はとてもキツかったけれど、やりがいがあったと書かれています。


けれども、その分恨みを買いやすく…もちろん逆恨みですが、彼は逆恨みした人物に妻を殺害されてしまったそうです」



「彼は愛する妻を殺した犯人を恨みました。

最初は誰だかわからなかったそうですが、すぐに逆恨みによる犯行とわかり、ずいぶん犯人を探していたそうです」



「同時に、警察官として職務に誇りを持っている上総さんは、犯人を殺したいと思いつめてしまっている自分に戸惑いを感じていました。


愛する妻を殺された1人の男性として、妻の仇を打ちたい、犯人を無残に殺してやりたいと願う事は、そう特別変わった願いではないのかもしれません。


けれど一方で、私達には守るべき法があります。

人として、そして警察官として、どんな相手であれ法の裁きを受けされなければならない。

相手が殺したからといって、こちらも殺して良い訳ではないのです。

私たちの暮らしていた世界の法では」



「結果的に彼は犯人を追い詰め、そして自首…自ら罪を認め償うよう求めましたが、拒否され妻の侮辱するような事を言われ、犯人を射殺してしまったそうです」



「彼は何度も何度も自問し、また亡き妻にも問いかけました。

愛する妻の仇をうったのに、全然気が晴れないのは何故なのか。

あの時、犯人を射殺したのは自分の激情で、妻は自分が罪を犯す事を望んではいなかったのではないか。

警察官でありながら私情に駆られ職務を放棄してしまった自分は、警察官失格ではないか。

警察官である事に誇りを持ち、そんな自分を応援してくれていた妻を悲しませるような事をしてしまったのではないかと…」



「足の怪我はその時、犯人から返り討ちにあったもので、そのまま意識を失い気がついたらこちらへ…千猿国で医師の治療を受けていたとの事です。


最初は命を救われた事に苛立ち、勝手な事をしたと怒っていたそうです。

ですが、この世界の事を真剣に考えるその人と出会い、やがて上総さんは拳銃を持ち込んでしまった事を後悔するようになったと書かれています」



「…何故だ?」


突然割り込んだ声、それは心底不思議そうな王の物だった。



「自分の知っている知識を最大限高く売りつけ、こちらでも楽しめば良いではないか。

その者には拳銃とやらの知識があったのであろう?」



「…えぇ、実際最初はそう思ったそうです。

自分の知識を与える事で、この世界に救われた恩返しが出来ると。

けれどもそれは間違いだったと…彼は気づいたんです」



見た事もない異世界の道具に群がる人々。

惜しみなく与えられる賞賛と富。


一方で自分の与えた知識が、どのように使われるのか…。

それを求め騒ぎや争いが絶えなくなり、自分を救ってくれた人がその争いに巻き込まれ…彼は気づいたんです。



自分のしてきた事が過ちだったと。


 

「守るためといったところで、当たりどころが悪ければ簡単に人を殺せる道具です。

まして殺意を持って撃てばそれは殺人。

そして武器を手に入れた人は大体、より強い物を、大きい物をと、どんどん互いに武器を開発し、最後には互いをそれを試してみたくなると書かれています。

子供がお気に入りの玩具を振り回し、相手をやっつけたくなるのと同じように」



「…そんな物が必要ですか?この世界に」



「有益かどうか、必要か決めるのは私だ。

そなたではない」



頑なな声に、思わずため息が出る。



「たくさん流された血と涙は、やがて憎しみと争いの連鎖を生みます。

やられたからやり返して。

その続いた連鎖の先に何があったのか、あなた方も知っている筈です。


まして上総さんは、憎しみの果てに何があったか身をもって知っています。

だからこそ苦しみ、悩み、自ら命を絶ったのです。

自分が死んだらこの拳銃は処分してほしいと、これはこの世界には不要の物だからと…友に託して」



王、アンリエッタ様、ハクさん、そしてシルヴァン様、1人ずつ目を見つめ、静かに問いかける。



「人はその傲慢ゆえに滅んだというのに。

あなた方…あなたはその「人」になりたいのですか?

かつて人が持っていた知識、生活の知恵、世の中の仕組み、それを欲するのは何故ですか?」



「愛する人を、守るべきモノをたとえ失くしても、それは手に入れたい物ですか?」




「あぁ、たとえ何と引き換えにしても我が手に欲しい」



目だけがギラギラと光り、異様な気を放つ王が不意に立ち上がる。




その手には、千猿国側に返却された筈の拳銃が握られていた。

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