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狼王のつがい  作者: 吉野
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千猿国からの使者


突然現れた千猿国王太子、ハクの登場によって張り詰めていた謁見の間の空気が僅かに緩んだ。


そして…そこからはハクの独壇場であった。




「お初にお目にかかります、神狼国の黒狼王。

千猿国王太子(ハク)と申します、以後お見知り置きを」



芝居がかった口調で朗々と口上を述べるハクに、ある者は戸惑い、ある者は気圧され…そしてコウは顔を強張らせ辺りを窺った。



「何をしに来たのだ、猿の王太子」



取り繕う余裕すら無くしたか、千猿国という正式名称を使わず呼び掛けたノワールに、ハクは片方の眉だけ器用に上げ、それでも


「私どものせいで、無実の罪で処刑されようとしている方がいらっしゃると聞き、お止めするため参りました」


慇懃に頭を下げた。



「無罪の罪、だと?」


唸り声を上げるノワールと、その後ろに隠れるように立つコウと、そして縛られたままのシルヴァンとを見比べ、ハクは大袈裟に目を見開いた。



「これは従弟(コウ)殿、このような所で何をしておる?」


「いや、これは深い訳が…」


口の中でモゴモゴと言い訳を重ねたコウが


「どさくさに紛れて我が国の機密を持ち出したばかりか、己の罪が露呈しそうになるや、よりにもよって他国の貴人に罪をなすり付けようとは。

我が国の恥である、黙れ!」


王太子の一喝で竦み上がる。

 


「…ハク」


「誰が口を開いて良いといった?」


氷の方がまだ温度を感じられるのでは、と言う眼差しにコウは口を噤む。



これで、今度こそシルヴァンを…と思っていたノワールにとって、隣国の王太子の突然の乱入。

しかも急に悪くなった旗色に、苛立ちを隠せなかった。



「と言う訳で黒狼王、大変ご迷惑をおかけし申し訳ございませんが、こちらの言い分自体が過ちであった以上、辺境伯様への処分は何卒ご寛恕を」


改めて向き直り、シルヴァンの捕縛を解くよう迫るハクにノワールはぎりりと歯を食いしばった。

隣国の王太子を睨みつけるばかりで口を開こうとしない夫に代わり、アンリエッタがシルヴァンの鎖を解くよう側に居た者に命じる。


そんな妻と、弟とを凄まじい形相で睨みつけてから、ノワールは不服そうにコウに指を突きつけた。


「しかし…元はと言えば、そちらが」


「それに関しては、私から説明させていただいます」



ノワールの声を遮るようによく通る女性の声が響き、ハクの後ろからウサギの耳がぴょこんとのぞいた。



「おば様!」


「レプス!」



レプス(弟の側近)の登場に、ノワールの纏う気が一層険しくなった。


 *


アンリエッタの采配で、縄を解かれたシルヴァンが身支度を整える間に別室が用意される事になった。


この1件は不特定多数の耳目に触れて良い問題ではないと、ノワールにアンリエッタ、ハク、コウ、リサ、レプス、結そしてシルヴァンの8名が用意された貴賓室にする直前、結の手に馴染みのある物が握らされた。


「メイアからの()()よ、お膳立てはするから最後はよろしく」


レプスから手渡されたスマホをドレスの隠しポケットに入れ、結は頷きを返した。




苦虫を噛み潰した顔のコウと、不貞腐れた顔をするノワール、そしてどこか引き攣った顔をするリサをしっかりと見据え、レプスの説明が進んでゆく。



・シルヴァンのつがいと、そして保護すべき存在と知りながらユイを襲わせた罪。


猿人(コウ)を国内に引き入れ、砦内の混乱に乗じてシルヴァンを殺害させようとした罪。


・ユイを襲わせ、失敗したゾットに全ての責任をなすりつけ殺害した罪。


・そしてコウと結託し、王都へ向かうシルヴァンの荷物の中から千猿国の機密—迷いびとの拳銃—が見つかったと、偽りの報告をした罪。


全ての罪が暴かれていった。




「何を根拠に」


「コレ、ですわね」


顔色を変え、凄んでみせるリサにレプスが淡々と突き付けた物。

それを目にした瞬間、コウの顔色が変わる。



レプスが手にしていたのは、リサとのやり取りを記した手紙の束だった。


「これによると赤の月、都合の悪い密談を聞かれたので娘を1人始末したと」


「こちらには、傭兵に紛れて最果ての砦に忍び込む段取りをリサがつけてくれたと」


「ゾットとアルバを紹介され、4人で詳細な打ち合わせをしたと」


「これには白の月、アリシアを襲う計画が事細かに記されています」



1つ1つ読み上げてゆくたび、コウの…そしてリサの顔色が失われてゆく。




「う、嘘だ!そんな事、私は知らない。

この者が勝手に…」



余裕を失い、それでもシラを切るリサをレプスは冷ややかに見つめる。

傍目にはそれが何よりの証拠と見えたが、リサも必死だった。



「では、彼に証言してもらいましょう」


レプスの合図で入ってきたのは、死んだと思われていたアルバだった。


「キサマ…何故、生きて」


「アルバは全てを証言する代わりに己と家族の安全を求め、こちらがそれに応じたのです。

アルバ、知っている事を話してくださいますね?」


鬼のような形相で睨むリサから目を逸らし、それでもしっかりとした口調でアルバは証言した。


「自分はゾットに金を借りていて、美味しい仕事があるから、それを成し遂げれば借金をチャラにしてやると言われ、手を貸す事にしたんです。

けれども失敗して、そうしたら今度は砦にいる家族を盾に脅され、逃げる事も正直に打ち明ける事もできずに…」



「それは誰の指示で、何の仕事でした?」


レプスの質問に、アルバは迷う事なくリサを指差し


「彼女の指示で、シルヴァン様のつがいを襲うように、という内容でした。

その現場には彼もいました」


続いて、コウを指した。



「キサマ…適当な事を抜かすな」


流石に凄腕の護衛だけあって、全身から放たれる殺気はシルヴァンにも匹敵する程であったが、グリスのそれに慣れているレプスは全く動じる事なく手にしていた紙束を掲げた。


「同様の事がこちらに詳細に記されています。

これを確かめていただければ、私の説明に偽り無い事がお分かりいただけるかと」


「それを寄越せ!」


立ち上がり手を伸ばすコウに、レプスは初めてニヤリと笑って見せた。



「お渡しするのは構いませんよ、元々そちらの物ですし。

あと、念のためこれに記されている事、神狼国と千猿国の文字でそれぞれ一字一句書き写した物を、王太子にもご確認いただいた上で、別の場所の保管しております」


レプスの言葉にリサはギリッと唇を噛み締め、コウは項垂れ崩れ落ちた。


「…盗っ人め」


「お前にだけは言われたくはないであろう」


悔しげに罵るコウにハクが冷たく吐き捨てる。



そんなコウを尻目に、リサはうっすらと涙を浮かべつつ


「なにかの…何かの間違いです、私は知りません」


なおも関与を否定し続けた。




「我がつがい・ユイを害そうとした事はないと、ゾットという者も知らぬというか」 


「…はい」



そこでリサがチラリと結を見た。


その視線の意味を正しく理解した結は、深く息を吸い込み


「皆さんに見ていただきたい物があります」


隠しポケットからスマホを取り出した。




そこには、リサとゾットの兄である狐族の若長との、アリシアを襲う計画とゾットの死をめぐるやり取りの一部始終が収められていた。

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