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狼王のつがい  作者: 吉野
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裏切りの証〜結〜


「ケンジュウ…とは?

何の事をおっしゃっているのやら」


「とぼけるおつもりか?」



わざわざ何故、拳銃の事を持ち出して言いがかりをつけるのか、さっぱりわからない。


けれど、ハクさんとの会見は極秘…つまり狼の国にも猿の国にも内緒だっていう事は理解している。


だからだろう、すっとぼけたシルヴァン様にコウが詰め寄る。



「とぼけるも何も、知らぬものは知らぬ。

妙な言いがかりはよしてもらおう」


「では、これは何ですか?」



またしても、何処からともなく現れたリサさんの手に握られていたのは、例の拳銃だった。



「リサ、無事だったか。

…で、何だそれは」


眉間にシワを寄せてリサさんを凝視するシルヴァン様に


「あなたの荷物からこれが」


リサさんは感情の篭らない声で淡々と答えた。



「…っ!馬鹿な、そんな物知らん」


声を荒げるシルヴァン様を綺麗に無視して、リサさんはこちらに向き直った。


「お前はどうだ?

これが何か知っておるだろう」




——ここで知らないと答えたら、どんなひっかけが待っているやら。


嘘ではない、でも真実でもないギリギリのラインで何とか切り抜けないと。



それでなくともリサさんの狙いがわからない以上、余計な事は言わず必要最低限の情報で躱す必要がある。


「それが何か、という事でしたら人の世界の知識としては、知っています」


私の答えに、その場がざわりとした。



意味ありげに唇の端を歪めるコウ。


言質は取ったと言わんばかりに、勝ち誇った笑みを浮かべるリサさん。


そして驚愕の表情を浮かべるアンリエッタ様と、満足そうに頷く国王。



そんな中、シルヴァン様だけが無表情を貫いていた。


けれども心配そうに揺れる瞳が、私に“大丈夫か?“と伝えてくる。


それに対して僅かに頷きを返し


「知識があると言っただけです。

それが本当にシルヴァン様の荷物の中から見つかった物なのか、そもそも人の世にあった物が何故こちらの世界にあるのかという事に関してはわかりません」


と繰り返す。



「これは…ヒトの世では普通にあるものか?

誰でも手にできる…?」


意外と普通、なんて思っていた国王の目が爛々と輝き出した気がして、ヒヤリとするものを感じつつも


「いいえ、特別な人しか手にする事は出来ません。

まして、その人達でも特殊な状況下でないと持ち出す事も使用する事もできない筈です」


と聞かれた事のみ答える。



もっとも、これも「知識」として知っているだけ……要はドラマや小説の受け売りなんだけどね。



「そんな事…カズサは言ってはいなかった」


ボソリと呟いたコウの言葉—カズサ—という単語を心に刻む。


それが猿の国の迷いびとの名前なのだろうと当たりを付けて。



「ともあれ、身内に盗っ人などお恥ずかしい限り。

こいつを捕らえろ!」


妙に芝居がかった言い回しで王が合図するや否や、シルヴァン様を屈強な男達が取り囲む。



「私は何もしていない、濡れ衣だ!」


「黙れ、卑しい反逆者の分際で王に口答えするか」


吐き捨てるようにいう王も、コウも、そしてリサさんまでもがニヤリと嗤いながら、男達に押さえつけられたシルヴァン様を見下ろしている。




—-もしかして…嵌められた?


リサさんもまさか、最初からグルだったの⁈


そして馬車での襲撃自体が、あらかじめ仕組まれていたのだとしたら…。



咄嗟にアンリエッタ様に助けを求め、視線を送るが


「ここは我慢して。

機会を見て必ず何とかするから」


と囁かれ、両手をキツく握りしめる。



「ユイ、心配するな。

私は何もしていないし、ありもしない罪で罰せられるなど、神がお許しになる筈がない」


罪人のように鎖で戒められたシルヴァン様に近寄るのを、王もコウも最後の情けと言わんばかりに見守る。

そんな彼らの視線など気にも止めず、シルヴァン様の前に膝をつきその首に両腕を絡める。


「私は大丈夫です、心配しないで」



一瞬だけの、しかも一方的な抱擁。


だけど…心の奥底に、何かを感じた。



熱くて


激しくて


大きくて



そして哀しくなるほど優しい「想い」が灯るのを。



驚きのあまり目を見開いたまま固まるシルヴァンを安心させたくて、微笑んでみせる。


ちゃんと笑えているかは…わからないけど、でもここからは別々に戦わなくちゃいけないみたいだから。


 *


シルヴァン様が連れて行かれると、やや毒気を抜かれた様子で王が拳銃について尋ねてきた。



「聞かれた事に答えられる範囲でお答えしようとは思っています。

でもシルヴァン様に万が一怪我や、そうですね、不慮の事故などがあれば、その時は…」




——協力なんて1ミリもしないんだからね!


そんな思いを隠して、しれっとした顔で国王を見つめる。


「…面白い、国王を脅すか?小娘が」


何が面白いのか、クッと笑う王にせいぜい余裕ぶって微笑み返す。


「いいえ、そうならないよう願っているだけです」



でも、実際のところ、心臓はバクバクだし足もこっそり震えている。

手汗だってハンパないし、背中を伝って落ちる冷たい汗が気持ち悪い。


でも…ここで引き下がる訳には行かない。



同時にここで集められる情報は、なるべく多い方がいい。




——考えろ、私。


冷静に、この場を切り抜ける方法を。

そしてシルヴァン様を何とか助け出す方法を。


コウが、ハクさんが持っていたのと同じ銃でシルヴァン様を嵌めたのなら。

それが猿の国のやり方だとしたら…。



もう、誰を信じたらいいの?



「それが何か、どうやってどのように使われるものか知っています。

けれども詳しい構造や仕組みなどは分かりません」


「何故だ?ヒトなら誰でも知っている事ではないのか」




——そんな訳ない。


よほどのミリタリーオタクならいざ知らず、少なくとも私の常識には無いけどね。


拳銃の構造なんて物騒なものは、学校でも教えてもらわなかったし。



「王様は、こちらの一般的な料理、子羊の香草焼きを知っていますよね?

召し上がった事もある筈です。

ではその材料や調味料の分量、詳しい調理法を知っていますか?

誰にも聞かず、教わりもせずに1人で美味しく作れますか?」


「…なるほど」


質問に質問で返したけれど、こちらの意図は伝わったらしい。




その他にも色々と尋ねられたけど、答えられる事はあまりなかった。


逆にいうと王の望む知識や情報というものには偏りがあり…少なくともただの女子大生にとって一般的ではない物ばかりという事だ。



ある程度質問し、望む答えが得られなかったからか次第に王は不機嫌になり、穏やかそうに見えた表情は見下すようなそれに変わり始めた。



明らかに不機嫌な王と、隣でニヤニヤしながら様子を窺っているコウ。

席には着かず王の後ろで冷ややかに見つめてくるリサさん。


3人の無言の圧力に何とか耐えていたものの、次第にこの空間にいる事が苦痛になってきた頃…。




「もう良いでしょう?

この子もだいぶ疲れた様子ですもの。

疲れた客人に無粋な質問をぶつけ続けるのは、獣として重んじるべき礼節に反すると思いません?」



助け舟を出してくれたのは、微笑みをたたえたままその場に溶け込んでいたアンリエッタ様だった。

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