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狼王のつがい  作者: 吉野
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王との対面


——普通。


…良くも悪くも。



王との面会で結が抱いた感想はそんな物だった。


がっしりした体はよく鍛え上げられ、年齢による緩みは全く見られないし、漆黒の髪を短く刈り込んだ精悍な顔立ちは、年齢より多少若く見える。



が…それだけ。


特に親しみやすくも、反対に恐ろしそうにも気難しそうにも見えない。

どちらかといえば穏やかな印象に結は若干…ほんの少しだけ拍子抜けした。


 *


シルヴァンと不仲の、しかも正当な理由なく母を斬ろうとし、庇った父の利き腕を切り落とした男と、いざ対面という段になって結はガチガチに緊張し震えが止まらなくなった。



『人質として会いに行く訳じゃないのよ。

胸を張って、堂々としてらっしゃい』



けれども王宮まで同じ馬車に乗り、何かと話を聞いてくれたアンリエッタの言葉を思い出し、結は努めて深呼吸を繰り返した。



「案ずるな、私もそばに居る」


頭をポンポンと軽く叩き、安心させるように顔を覗き込むシルヴァンに、結も強張った笑みを何とか返す。



「大丈夫です、王様だろうが何だろうがその辺の案山子と一緒…」


強がる結の言葉にシルヴァンがプッと吹き出す。


「国王を案山子呼ばわりとは。

さすが我がつがい、肝が座っておる」


ニヤニヤと揶揄うように頭を撫ぜるシルヴァンに、結は慌てた。


「違うんです、アンリ様の旦那様を案山子呼ばわりした訳じゃなくて!

あの…酷く緊張する相手と会う時、向こうでは緊張しないよう相手の事を野菜だと思えって言い方をするんです。

だから、そんなような事を言ったつもりで…」


「いいのよ、ユイ。

実際わからず屋の唐変木ですもの」


コロコロと笑うアンリエッタに、結もシルヴァンも微妙な顔をして黙り込んでしまった。




その後もアンリエッタは馬車の中で結と様々な話をし、試すような事もした。


その度に何か言いたげなシルヴァンの視線を感じたが、敢えて気がつかないふりをしてアンリエッタは自分なりに結という迷いびとを見極めようとした。


その意図を察したのか、シルヴァンは口出しはしなかったが…結の手を握り、何かあらば黙ってはいないと義姉を牽制していた。



見た目や出自はともかくとして。


極めて平凡な、特に秀でた所も見つからない代わりに、権力や強者に媚びへつらう事もない善良で裏表のない娘。

良くも悪くも素直で思った事が顔に出やすく、胸の内を笑顔で覆い隠して裏で画策するような事は苦手なようだ。

そして、自分の中に確固たる「譲れない物」を持っているらしく、意外と頑固な所もある。


というのが、アンリエッタが結と話して掴んだ人物像だった。



取り繕ったり飾らない人柄は好ましくもあるし、周囲や状況を見て判断する力を持っている所も、意外と度胸がある所も悪くはない。




狭い馬車の中は多少居心地の悪い空間ではあったが、その分収穫もあったと思い返しながら、アンリエッタは目の前でナチュラルにいちゃつく2人を生温く見つめた。




シルヴァンの方は彼女をつがいだとハッキリ自覚しているようだが、ユイはまだその段階には至ってはいないようだ。

それでも2人の様子を見ていると、惹かれあっているのは間違いないように見える。



つがいを得た獣人は強い。


滅多な事では2人を引き離す事はできないだろうし、前回同様の非道な行いを王妃として看過する訳にはいかないと、アンリエッタも気を引き締める。



「つがい」という神の定めた仕組みを、神よりこの世界を託された獣が覆すなど。


神に対する冒涜にも等しい行為だ。





——まして目の前にいるユイは、サラとゲイルの娘だというではないか。


言われてみればなるほど、ユイの背格好はサラとよく似ているし、意志の強そうな瞳はゲイルにそっくりだ。




あの時、諌めても泣いて懇願しても聞き入れられる事のなかった王の身勝手な振舞い。


王を…夫を止められなかった自分の不甲斐なさに、忸怩たる思いを今も抱いている自分にとって。




——この娘は…この国にとって試金石のような役割をもって神より遣わされたのかもしれない。




そんな事を考えながら2人を見守っていると、控室の扉がノックされる。



「お時間です」


迎えの騎士に案内され、3人は謁見の間に向かった。


 *


謁見というからどんな堅苦しいものかと戦々恐々していた結だったが。

色とりどりの花が咲き誇る庭園の片隅にある東屋に円卓が用意されていたのには驚いた。


アンリエッタが手ずから淹れた紅茶と数種類の菓子を勧められ、一見和やかな雰囲気の中行われた謁見という名の茶会が始まった。


「これは非公式の茶会だ。

ルールもマナーも無用の、気楽なものと心得よ」




——そう言われて「はいそうですか」と楽しめる程、肝が座っている訳じゃないよ。


そう思いながらも、せっかくの紅茶に口をつけないのも…と思い、結は唇を濡らす程度紅茶に口をつけた。



最果ての砦にて、国王の使者に取った不躾な態度を咎められる事もなく、怖いくらい穏やかな茶会の中。

その中で、結はノワールがシルヴァンの方を見ようともしない事に気がついた。


結の隣に座っているのに、一度も視線を合わせない。

むしろ意図的に目を逸らしているようにも見える。



この場に居ないものとして扱うのだとしたら…何のためにシルヴァンを呼んだのか。



その疑問に対する答えは、1人の男の登場によって明らかになった。




「千猿国の使者、コウと申す。

迷いびと様にはお見知り置きを」


どこから現れたのか、突如乱入してきたその男にシルヴァンは息を飲み…あらかじめ男との対面も仕組まれていたのかと、ノワールを睨みつけた。


ニヤリと笑うその男に、結は青ざめながらも歯を食いしばり、男をキッと睨みつける。



「あんたは…あの時の」


「一国の正式な使者にあんたなどと。

口を慎め、迷いびとよ」



ピシャリと言い放つノワールに、シルヴァンと結の乗った馬車が、王都につく直前この男の率いる一隊に襲われた事。

王妃の離宮に逃げ込み、シルヴァンが矢傷の手当てを受けた事を訴えるも


「証人は?確たる証拠はあるのか?」


と一蹴され、結は唇を噛みしめる。


そんな茶番にも似たやりとりを、アンリエッタは冷静に観察していた。



「私の怪我が矢傷でないと言うのなら、その者の目は節穴だろう。

それに証人なら、私達の護衛として砦より共にやってきたリサがいる。

彼女はどうした?」


シルヴァンの言葉に


「襲撃を受けたという報告は入ってはおらぬ」


とノワールは鼻で笑いながら、今日初めて弟の顔を正面から見つめた。




——昔は、この視線が恐ろしくもあり引け目を感じたものだが…。


嘲りと憎しみ、怒り、蔑みの入り混じった視線を平然と受け流し、シルヴァンは


「コウとやら、そなたには砦にて我がつがいを襲ったという罪もあるぞ。

知らぬとは言わせん、何よりも被害者であるユイが証人だ」


猿人に向け、最大限の殺気を放った。


すぐ隣から放たれる圧倒的な「気」に、結とアンリエッタは思わず息を飲む。



凄まじいまでの怒りにコウも、そしてノワールですら気押されたが、すぐに立て直し


「そんな事よりも我が国より奪われた、ヒトの遺物、返していただこう」


突拍子もない事を言い出した。



「ヒトの遺物と…。

奪われたとはなかなか穏やかではないが、何故それを私に?」


本気で首を傾げるシルヴァンに指を突きつけ


「盗っ人猛々しい!

こちらの迷いびとの所持していた拳銃、奪ったのはそちらであろう?」


喚くコウに、シルヴァンと結は顔を見合わせた。


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