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狼王のつがい  作者: 吉野
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結の決断


「私はこの国の民ではありません。

ならば王命とはいえ、従う義務はないはず。

この命令書には私が1人で王都へ赴くようにと書かれてます。

他の人達には一切の関与を認めない、とも。


という事は、私が1人で勝手にお断りしてもこちらの皆さんに罰は下されないという事ですよね?」



少々あざといかと思いつつ、ニッコリと微笑み小首を傾げながら問いかけた結に、#若長__使者__#はウッと声を詰まらせた。



「それは…不敬が過ぎるのでは?」


断られる事など考えもしなかったのであろう若長が、何とか言葉を絞り出すのに対し


「不敬と言われても、敬うべき相手かどうか…。

というよりも、どのようなお方かすら存じません。

なんせこちらの事情には疎いもので、申し訳ございません」


敬って欲しいのならそれなりの態度と誠意を示せと言外に言いつつも、表面上は申し訳なさそうに頭を下げる結。



その言葉に若長の顔色がはっきりと変わった。


「娘、王を侮辱するか?」


「とんでもございません、そのようなつもりは決して」


対等にやり合っているつもりだけど、内心は心臓バクバクの冷や汗もの…と結は隣で涼しい顔をしているシルヴァンに視線を向けた。


 *


辺境伯としてシルヴァンが内外に睨みを利かせているからこそ、絶妙なバランスが保たれているこの地において…。



仮にシルヴァンが砦を離れる事があれば、その隙に猿人達が攻め入ってくる事は明らかというのが、彼とグリスの見解であった。


かといってシルヴァンの保護無しに結を王都に送るなど、いや、そもそも離れる事などあり得ないとシルヴァンは主張した。



国王が何故結を手元に置きたがるのか、その真意は分からないものの、父と母の話を聞いてますます王のもとへ行きたいとは思えなくなった結も、1人きりで王都へ向かう事には難色を示した。



また仮に、王命に従いシルヴァンが結を伴う形で王都へ向かうとしても。


グリスを留守に残すか、それとも猿人に対して何か動くに動けないような策を弄するか。

最悪砦を放棄して…というのは、策としては下の下。

つまり、あり得ない。



議論するには圧倒的に時間と情報がたりず。

かといって有効な策も見当たらず、敵の思惑も国王の出方も掴みきれず。


結が目覚め、かつ記憶を取り戻したとあれば、事を早急に進めようとする使者との攻防がまた始まるだろう。



要は手詰まりの状態だった。




「国境の要として、シルヴァン様は動けない。

動けば猿人達に攻め込まれるだろうし、砦や付近に住む人たちを危険に晒す事になる。

かといって私1人、王の元へ送られるなんて事態は避けたい」


そこで一旦言葉を切り、考え込んだ結は



「ならば…国王の要求を跳ねつけ、むしろ挑発してここへ来るよう仕向けてはダメでしょうか?」


と恐る恐る切り出した。


レプスとシルヴァンの顔を交互に見つめる結に、ニヤリと笑いかけ


「お前なかなか賢いな」


とシルヴァンはその頭を撫でた。



「確かに私が砦を空ける事も離れ離れになる事もなく、時間が稼げる今のところ唯一の方法と言えるかもしれない」


「そう…ね、多少の時間は稼げるでしょう。 

まぁその場合、かなりお怒りになって乗り込んで来られるでしょうけれども。

王の顔色を窺い機嫌取りの為なら何でもする側近が跋扈し、こちらに分のない王都よりも、ここの方が何かと都合が良いのは事実。


後は、国王がこちらへ来ざるを得ない対外的な理由もあれば…まぁ」



レプスの同意もあり、基本的な方向性は決まった。



「千猿国とて一枚岩ではない筈。

綻びが必ず何処かにあるでしょう。

そこをうまく突けば、何らかの動きがある筈。


それに考えたくはありませんが、砦の内部にも裏切り者がいる可能性があります。


猿人を逃しゾットの口を封じた者が、国王にこの子の存在を知らせた者が、猿人と国王、どちらの側についているのか。

あるいは全く違う第三者の思惑や目的があるのか。


それを炙り出す為にも、ユイの力を貸して欲しい」


躊躇い、迷いながらの言葉に力強く頷いた結の隣で


「危険な目に合わせるのは却下だからな」


シルヴァンは渋い顔をする。




「私だって嫌です、あんなの…」


当時を思い出したのか顔を曇らせると、レプスは結をギュッと抱きしめた。


「だから、なるべくこの子に負担がかからず危険が及ばない策を考えます」



心配してくれるシルヴァンの、そしてレプスの気持ちが嬉しくて、結は頬を緩めるとレプスにそっと抱きついた。


その姿を微笑ましくも羨ましそうにシルヴァンが見ている事など気付かずに。





「ところで、ユイ、そなた歳はいくつだ?」


「22です」



下手くそな話題の変え方だと自覚はあったけれど、つがいが同性とはいえ他人にベタベタといつまでもくっついているのは…少々面白くない。

唐突な問いではあったが答えると、質問したシルヴァンの方が驚いた顔をしたので、結も首を傾げた。



「ゲイルの娘ですよ?妥当な年齢ではありませんか」


「いや、そうだが…」



…20も離れているのか。


という呟きに結はポカンと口を開けて、シルヴァンを見上げた。




——え…っと、20もって歳の話よね?


え?シルヴァン様、42?

嘘、マジ…?見えない。いっても30前半だと思ってたのに。



呆然とする結の視線をどう捉えたのか、シルヴァンは少し申し訳なさそうな顔をしながら


「すまんな、つがいがこんなに老けていては嫌か?」


と鼻の頭を掻いた。



「え?いや、老けているなんて全然!

30くらいと思っていたから驚いただけで」





——そうよね。


乳兄弟っていってたんだもん。

お父さんが45だったんだから、そんなに歳が離れている筈ないのに。



「30はサバ読みすぎですけどね」


「私がそうだと言った訳ではない」


珍しく茶々を入れるレプスから、鼻の頭にシワを寄せシルヴァンは結を引き剥がした。



「いつまでもひっついてるな」


焼き餅を焼いている事が丸わかりの言葉に、レプスは苦笑し結はさらに目を丸くする。


「え…?だって、おば様ですよ?」


「それでもだ」



…どうせ抱きつくなら私にしろ




憮然と言い放たれた言葉に、結も苦笑いを浮かべ…レプスは生温かく主人を見上げた。



けれど、いつまでも笑っていられる状況ではない。



「さて。

ではユイが直接使者に断りを入れ、私達はそれを助けるという事で、とりあえずはよろしいですか?」


「あぁ、そうだな。

とりあえずは時間が欲しい。

あと欲を言えば、信頼できる者があと何人か」



辺境伯とその側近という顔に戻った2人が声を潜めて話し込む間、結も若長になんと言えばより煽れるか考え始めた。

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