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狼王のつがい  作者: 吉野
23/46

アリシア=結



 『〇〇!』



夢の中で何度も耳にしたその声が、読んでくれるその名が、確かな意味を持って耳朶を打つ。



 『ゆい!』





——どうして忘れていられたんだろう。


お父さんとお母さんの事。




「お父さん…お母さん」



必死に伸ばした手はいつも両親には届かない。


だけど、今回は



 『…〇〇〇〇』



大きくて温かい手が、手を握り返してくれた。

優しく頭を撫でてくれた。




——あぁ、この手は…。



「お父…さん?」



久しぶりの感触に頭を擦り寄せ、うっすらと目を開けると…。


憮然とした顔のシルヴァン様が、固まっていた。



「あ、れ…シルヴァン様?何で?

今、お父さんの夢を見たと…」



「お…とう、さん?」



握りしめられた手と頭を撫でてくれる心地よい手を辿った先には…ぎこちなく呟くシルヴァン様がいて。



「…え?」


「あ、いや、これは他意はない」



シルヴァン様が慌てて手を引っ込めたせいで、今まで感じていた温もりが失われ寂しいと思ってしまう。

これも先ほど見ていた夢のせい?


…それとも。




「アリシア、目が覚めたのね。

それとも違う名前で読んだ方が良いのかしら?」



シルヴァン様の後ろには、何故か笑いを堪えたレプスさんがいた。 


シルヴァン様がムッとした様子で睨んでいるけど、レプスさんは全くと言っていいほど気にしていない。




「……はい、ご心配をおかけしました」


答えるまでの微妙な間で察したのか、シルヴァン様が心配そうに覗き込んできた。



「思い出したのか」


「はい」



目が覚めてもハッキリと、夢に出てきた父と母の事を思い出せる。


自身の名も、自分が何者なのかもわかる。



私は…。




「私の名前は、#結__ゆい__#です」



あえて、フルネームではなく名前のみを伝えると、シルヴァン様は


「ユイ」


まるで宝物のように、優しく低く噛みしめるように囁いた。


 *


記憶を取り戻したのは、やはり#若長__使者__#から手渡されたスマホがきっかけだった。



「これが…?」


「えぇ、ここを押すと私の指紋に反応してロックが解除…えぇと、鍵が外れる仕組みになってます」


言葉で説明するより見た方が早いと思い、実際に起動させてみると…。


画面に映った写真を見てシルヴァン様も、レプスさんも息をのんだ。



「…っ!」


「こ、これは…」



目を見開き固まるレプスさんと、同じく言葉を失っているシルヴァン様の驚きように、疑念が確信に変わる。



「#父と母__・__#です」



前に聞いた帰還を果たした迷いびと…あれはやっぱりお母さんの事だったんだ。



「私は姫川沙羅と#颯__はやて__#の娘です」


「…ゲイルと、サラの」



懐かしさと寂しさの混じった顔をするシルヴァン様が、私を通して父の、そして母の面影を見ているのが伝わってくる。



「教えてくれ、ゲイルは…界を渡って、奴は幸せだったのか。


いや、これは愚問だな。

そなたを見ていればよくわかる。

素直で優しくてまっすぐで、愛されて育った娘の親が幸せでなかった筈がない。

だがヤツは今どうしている?サラは?」


シルヴァン様の言葉に父への信頼と、確かな絆が垣間見える。

同時に私の知らない父が、確かにこの世界にいたのだという不思議な感覚に、何だか落ち着かない気分になってしまう。



「父がこちらの者だったという事は、実は私も知りませんでした。

ゲイルという名も馴染みが正直ありません。

あちらでの名前は#颯__はやて__#と言い、疾風という意味だと聞いています」



そう、今の今まで私は父が獣人である事を知らなかった。


けど、今思えば納得のいく事も…ある。



「疾風…そうか。

ゲイルとは風という意味だから、そちらでもそのような名前を付けたのだな」



「父は私がこちらへ来る少し前に、病気で亡くなりました。

母は、私が5歳の時に。


記憶の中の母は、いつも優しく微笑んでいる人でした。

父はそんな母と私を見守ってくれていて…」



病弱で季節の変わり目には体調を崩しがちだった母だけど、いつも私のそばに居てくれた。


今思えば、残り少ない時間を少しでも私と父と過ごそうとしてくれていたのだろう。

入院してちゃんと治療を受ければ、もう少しは生きられたのかもしれない。

けれども母は、私達と少しでも長く一緒にいる事を選んだのだと思う。



生前母はよく言っていた。


『お父さんと出会って一緒に生きる事を決めて、決して離れないと約束したけれどそれはとても困難な道だった。

でもその時たくさんの人達が助けてくれて、結果的にお父さんは右腕を失ったけれど、こうして戻ってくる事ができた。


だから今こうして3人でいられる事は奇跡みたいなものだし、残りの人生は神様がくれたおまけのようなものだと思う。

本来ない筈のおまけなら楽しんだ者勝ち。

どんな事があっても笑っていよう』


と…。




後から知った事だけど、母は生まれつき心臓が弱く20歳まで生きられないと言われていたらしい。


それでも父と結ばれ私を身ごもった時、医者には散々止められたけれど、母は私もそして自分自身の命も諦めなかった。

父も母の選択を尊重し、文字通り命がけの出産を見守ったという。


私が無事生まれた時も、大量出血で母が意識を失った時も泣かなかった父だけど、母が一命を取り止め母子ともに退院したその日、自宅で母と私を抱きしめ大粒の涙を流したと、母から聞いた事がある。



「とても強くて優しくて愛情深くて不器用で、でも母と私を何よりも大切にしてくれた自慢の父でした」


「…そう、か」



一瞬、込み上げるものを堪えるかのように目を閉じたシルヴァン様の声は、わずかに湿っていた…気がした。



「そうか、ゲイル…いや、ハヤテは自慢の父であったか」



微かに潤んだ目で見つめられ、気恥ずかしさから目を逸らしそうになるけれど、頑張ってシルヴァン様と目を合わせたまま頷いてみせる。


そんな私の頭を撫でると、シルヴァン様は優しく目を細めた。


「そなたがゲイルの子であったとは…。

縁とは不思議なものだな」





——なんだろう。


つがいだと聞かされた時よりも、むしろ今のこの状況の方が親近感というか親密度、上がってない?



「あの、シルヴァン様。

父は狼族でしたか?」


なんだか妙に照れくさくなって、話題を変えてみる事にする。


「あぁ、そうだ。

暗い灰色の、誰よりも早く風のように駆ける事のできる狼だった」





——やっぱり。


あれはお父さんだったんだ。



遠い記憶の中でただ一度だけ、父が元の姿に戻った事がある。




あれは母が亡くなった日の晩。


泣いて泣いて、泣き疲れた私は、大きくて逞しい何かに包まれ、その温もりにやっと少しだけ落ち着きを取り戻した事という事があった。



今思えば、あの時大きな犬と勘違いした動物が父であったのがだろう。



『獣人が本来の姿を見せるのは、つがいと肉親の前のみ』


『悲しみや怒り、絶望。

激しすぎる感情が獣化をもたらす事もある。

つがいを失って我を忘れた時なんかは、特に』




——あの時、大好きだったお母さんを亡くして私が1番辛いと思い込んでいた。 

お父さんは男の人だから、強い大人だから悲しいのも辛いのも、私の方が…って。



でも、それは違った。



お父さんの方がもっとずっと…人の姿を保てなくなるくらい辛かったんだ。

それでも泣いている私をほっとけなくて…狼の姿で寄り添ってくれていた。





その時はわからなかった色々な事が繋がって、理解が追いついた瞬間だった。

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