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狼王のつがい  作者: 吉野
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兄と弟の始まり・後


「迷いびとはアリシアと同じ、黒髪に黒目の若い女性であった。

彼女がこの世界に「落ちて」きた時、そばにいた私の乳兄弟であり騎士のゲイルが彼女を保護し、2人はすぐに互いがなくてはならぬ存在であると気づいた。


彼女は…サラはゲイルのつがいだったのだ」


そう言いきったシルヴァンを、何か言いたげにリサが横目で見つめた。

けれどもシルヴァンはそんな視線など意に介さず続ける。



「しかし、迷いびとの件は王の知るところとなり、王はサラを差し出すようゲイルと私に迫った。


もちろんつがいを引き離すような事をすべきではないと王を説得した。

が、王は頑として聞き入れず、2人は王に引き裂かれる直前、神殿にて「契約」を交わし正式なつがいとなった。


神の御前で正式なつがいとなったにもかかわらず、玩具を取り上げられた子供のように怒り狂った王はサラを斬ろうとし、彼女を庇ったゲイルの右腕が斬り落とされた。

そして私もまた、王の命に従わなかったとして断罪されたが、重臣達の取りなしもあって片目を奪われるにとどまり、宰相の地位を剥奪され辺境伯としてこの地を守るよう言い渡されたのだ。


兄上は…今思えば、理由などどうでも良かったのだろうな。

私を排除できればそれで」



そして…今も。



俯くシルヴァンの表情は読めないものの、やり切れない気配が伝わってきて、アリシアは唇をかみしめた。




——私が、私の存在が。

国王に良いように利用され、シルヴァン様を苦しめるだなんて。


そんなの…悔しい。



先程訳がわからないと感じた国王の命も、シルヴァン様の話を聞いた後なら、何となくだけど理解できる。




——国王の目的が、子供っぽい嫌がらせだとしたら?


ううん、ありとあらゆる手を使ってシルヴァン様の大切なものを奪い、踏みにじり壊してやらなければ気が済まない。

そんな、執念にも似た思いだとしたら?



いや、それ以外にもまだ理由があるのかもしれないけれど、あながち間違いではない気がするのよね。



仮にそうだとしたら、国王の思い通りになんかさせない。

いや、させたくない。




「兄上のなさる事が単なる嫌がらせなのか、それとも何か他に秘めた目的があるのかはまだわからない。

けれどもつがい候補として召し上げられ、愛妾という形で側に侍る事になれば、そなたが帰る事は不可能となるであろう。


もちろん、私の側に居たとしても帰る方法が見つかるという保証はない。

けれども…少なくとも前回の迷いびと、サラは帰還を果たしたし、私もそなたが帰還を望むのであれば妨げるつもりはない。


何か手立てがある筈なのだ。

帰還のための手立てが、何か」



シルヴァンの言葉は一筋の光明のように、アリシアの心を照らした。



「もちろん簡単な事ではないだろう。

もしかしたら安易に希望を抱かせて、と後々恨まれるやもしれぬ。

だが、少しでも可能性があるのなら…」




——帰れるかもしれない。

それが儚い望みだとしても…。

実際にはかなり困難だとしても、希望はある。



でも……。


私がもし帰還を果たしたとして、その後シルヴァン様はどうなるのだろう。



知りたかった情報を得られて嬉しい筈なのに、アリシアの心の奥に自分でもわからない影のようなものが生まれ、手放しで喜ぶ事は出来なかった。


 *


何だか色々な事があり過ぎて、変に頭が冴えてしまったせいだろうか…。



「アリシア、起きてる?」


「おば様…」



布団に入ったものの寝返りを繰り返すだけだったアリシアの部屋の扉がそっと開き、レプスが入ってきたのは夜もふけた頃だった。



「あのね、シルヴァン様の事なんだけど」


ちょうど彼の事を考えていたアリシアは、その言葉にパッと跳ね起きた。

灯を片手に入ってきたレプスは、アリシアの寝台の傍にある台にそれを置き、寝台に腰を下ろした。



「彼からあなたに伝えて欲しいって言付かってきたの。

『獣人とってつがいは何よりも大切な存在だけど、それは自分の欲を満たすためだけではない。

あなたが元気で笑っていてさえくれれば、どこにいても構わない』

ですって」



薄明かりの中、真っ直ぐに目を見つめシルヴァンの「心」を伝えるレプスを、アリシアは複雑な思いでじっと見つめた。



「それで…本当にいいんですか?

もし私がいなくなったらシルヴァン様は…。

おば様ならどうですか?

おじ様が急に突然居なくなっても、平気なのですか?」


「平気では、ないわね」


はっきりと苦笑するレプスは、いつもよりも柔らかく微笑み、少し照れたような表情を浮かべていて。


「そんな簡単に割り切れるものではないのよ、獣の本能というものは」


「私…どうしたら?」



全てを受け入れる聖母のような微笑みを浮かべるレプスに、アリシアは思わず縋り付いた。

寄る方のない子供のように頼りなく心細げな顔をするアリシアに、思わず手を差し伸べ「全てを任せなさい」と言いたくなったレプスは、その思いをぐっと堪え


「それを決めるのは私ではない、あなたよ」


と諭す。



「私が何を言ってもあなたの代わりに決めても、それはあなたの決断ではない。

人は自分で下した決断にしか納得できないものでしょう?

私なら自分の事は自分で決めなければ、いつかきっと後悔する。

あの時違う決断をしていたら…人任せにしなければって」


「それは…そう、なんですけど」



口籠るアリシアの手を取ると


「自分の運命は自分で掴み取るものよ、アリシア。

他の誰かに委ねたり流されたりしてはダメ。

あなたがどんな決断を下したとしても、それがどんなに困難でもあなたが決めて選んだ事なら、私はそれを応援する。


でも、そうね…あなたの気持ちもわからなくはないから、シルヴァン様とよく話し合ってみる事をお勧めするわ。

特にあの方は、他人の気持ちや都合を優先してばかりで、ご自分の思いや希望を素直に言わない部分があるから…。


それに、あの方にとってつがいとは「幸せの象徴」であると同時に、非難や憎しみ、妬み恨みといった負の感情を向けられる源でもあったの。

だからもしかしたら…。

いえ、これは私の勝手な推察だから言わないでおくわ」


最後が気になりはしたものの、レプスの穏やかな声がストンとアリシアの中に落ちた。



「わかりました。ちゃんと自分で考えてそして、シルヴァン様とも話し合ってみます」


「そうね、その方がいいと思うわ」




こう言う素直な所が好ましくもあり…羨ましくもあるのだ、と目を細めレプスはアリシアの肩をポンと叩いた。


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