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狼王のつがい  作者: 吉野
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兄と弟の始まり・前


——アリシアの存在が猿人にも王にも筒抜け。

そして嫌がらせのような王命。


これは…一体どういう事なのだろう。




シルヴァンとアリシアが見つめあっている横で、レプスは冷静に考えていた。



アリシアの襲撃と、その裏に見え隠れする猿人の存在。

そして機を見ていたとしか思えないタイミングでの、王都からの使者。



これは…偶然?


それとも……。




「あり得ません!」


レプスの思考は、リサの金切り声で遮られた。


見ればリサがワナワナと身体を震わせ、敵意もあらわにアリシアを睨み付けていた。



「この者がシルヴァン様のつがいなど、ある訳がありません!」


「…何故だ?何故お前がそれを決める?」



氷よりも冷たい眼差しと声に一瞬リサは怯み、それでもなお言い募った。


「この者はヒトではありませんか。

こちらの者でもない。

そんな得体の知れぬ者がシルヴァン様のつがいの筈がない」


「条件としては満たしているがな。

同種ではない異性で、しかも若く美しい」

 


さらりとアリシアを褒めるシルヴァンを、グリスは思わずまじまじと見つめてしまう。

それはリサも同様だったようで、驚きのあまり目を見開いてシルヴァンを見つめている。



「だが、つがいだという事実は置いておいても、お前の言う通りアリシアはヒトだ、帰るべき場所のある。

だから契約を交わすつもりはない」



けれどもシルヴァンの視線はアリシアから逸れる事はなかった。



「そもそも、つがいだと告げるつもりも…無かった」


苦いものが潜む切ない声にアリシアは思わず胸を押さえた。



「そなたが帰りたいのなら…帰る事ができるのであれば、私の事は気にせず帰れるように。

そう思っていたのだ」



溢れんばかりの想いが込められた瞳から、目が逸らせない。



「しかし、状況が変わってしまった。

グリスの言う通り、確かに中途半端な対応ではまた迷いびとを危険に晒してしまう。

私も覚悟を決めねばならないのかも知れないな」




——覚悟って…なんの?

またって、何?




「少し長くなるが聞いてほしい、私と兄の間に何があったのか」


ゴクリと唾を飲み込んだアリシアに、シルヴァンが話したのは国王である兄ノワールと弟であるシルヴァンの、始まりの物語だった。




前王と前王妃の間に誕生した正式な後継。

それがシルヴァンの兄、ノワールであったという。


当時王にはつがいがおらず、有力種族の間から猫族の女性を正妃として迎えた。


政略によって結ばれた王と王妃の仲はそれなりではあるものの、決して悪くはなく良き父良き伴侶として、また良き王として共に同じ道を歩んでゆくものと思われた。



けれどもノワールが産まれて3年が過ぎた頃、王は出会ってしまった。


…運命のつがいと。




正妃とて獣人。


つがいの存在が獣人にとっていかに大切なものか、承知はしていた。

自分が夫のつがいではないと言う事も。



けれどつがいを得た国王は、それまでの良き父、良き夫から一変。

つがいを最優先し、つがいのみを求め、その間に出来た子を溺愛した。


そう、シルヴァンを。



それまで唯一の後継として、愛情を注ぎ優しく見守ってくれた父をノワールは失い、正妃もまた殆ど平民のような地位も教養もない娘に夫を奪われてしまった。



国内において最高位の女性である事。

そして後継である男児を産み国母となった事に何よりも誇りを感じていた正妃は、その矜持を踏み躙られたと感じた。


そして夫を、父を奪われた正妃とノワールの怒りと恨みの矛先は、つがいであり愛妾となった羊族の女性とシルヴァンに向いた。



「それでも兄上は父を立て、私にも表面上は優しく接してくれたのだ。

父が…生きている間は」



父王もノワールを後継とする事に異議はなく、王太子として育て上げた。

そしてシルヴァンはその補佐として、国と兄を守るよう育てられた。



正妃は確かな後ろ盾を持ち、能力も資質もある名実ともに王の隣に立つのが相応しい女性(ひと)だった。


王も公の場では王妃を立て、敬った。



けれども王妃が欲しいのは尊敬ではなかった。

いや、尊敬だけではなかったと言うべきか。



誰よりも近くにいて、共に歩むべき相手なのに、その心は決して自分のモノにはならない。




——頭では理解している。 


獣の本能には逆らえないのだと。



それでも、夫の全てが自分のものにならないと…自分は全てを捧げているのに夫はつがいのみを求めているのだと悟った王妃は、ゆっくりと壊れていったのだと思う。




「王妃に虐め抜かれた母もまた、ゆっくりと身体と心を蝕まれ、そして私を産んですぐに亡くなった」



昔を思い出しているのか、目を瞑ったシルヴァンの顔が深い苦悩に彩られる。

それがとても切なくて悲しくて、咄嗟にアリシアはシルヴァンの手を握った。


それに目元だけで微笑み、シルヴァンは話を続ける。



「王妃と兄に疎まれている事は薄々わかっていた。

それでも父の期待に応える為にも、兄を支える事に徹し、そのために必要な事を学んだ。

心を込めて尽くせば、いつかは兄もわかってくれる、そう信じて」



シルヴァンの話に、アリシアだけでなく当時を知らないゴールディも、リサも、グリスも、室内にいる全員が固唾を飲んで聞きいった。


唯一、その当時からシルヴァンの側近であったレプスを除いて。



「父が王位から退き兄が即位して、私は宰相となった。

父が生きている間は、兄弟仲は多少ギクシャクする事はあってもそこまで悪くはない。

そう思っていたんだが…」


そこで言葉を切り、シルヴァンは過去を振り返るようなそんな遠い目をした。



「父が亡くなった頃、迷いびとが現れて…その1件が決定的な亀裂の元となった」


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